第17話 波乱のお披露目会
深緑のマーメイドドレス。胸元には琥珀の宝石がつけられている。少し露出度が高いので薄緑のレースで作られたカーディガンを羽織る。
短くなった髪にカスミソウの髪飾りをつける。
今日は私の公爵位を陛下から授与される日。
「お嬢様、とても美しいですわ」
私にお化粧を施してくれたセレーナは鏡に映る私をうっとりと見つめる。
「今日のような目出たい日に相応しい装いですね。きっとみんながお嬢様に見惚れますよ」
リリーはまるで自分のことのように自慢げに言う。
公爵位の授与式、その後の新公爵お披露目会が終われば私はこの邸には帰らず、そのまま自分の邸へ帰る。だからこの二人とは今日でお別れだ。そのことを寂しく思う。
だからって連れて行くわけにはいかない。
二人はヴァイス殿下の使用人だし、私が行こうとしている道に付き合わせたくはないのだ。
「セレーナ、リリー、今までありがとう。二人のおかげでとても楽しい日々を過ごすことができたわ」
「勿体ないお言葉です。お嬢様が心安らかに過ごせることが私どもの喜びにございます。お嬢様のお世話ができ、光栄でした」
「とても寂しいです。でも、お嬢様と旦那様が結婚したらまた私たちでお世話ができます。その日まで我慢します」
リリーの言葉に苦笑した。
二人に別れの挨拶をしているとドアがノックされた。
セレーナが部屋の中に通したのはヴァイス殿下だった。彼は私を見た後なぜか動きを止めてしまった。似合わなかっただろうか?と不安になっているとセレーナが肘でヴァイス殿下の腹部を小突いた。
はっとなったヴァイス殿下は咳ばらいをした後失神してしまいそうなほどの美しい笑みを浮かべた。
「とても美しい。まるで女神が降臨したのかと思ってしまったよ」
「まぁ、ありがとうございます」
今までずっとワーグナー殿下の相手をしていたから忘れていたけど淑女を褒めるのは紳士の最低限のマナーだ。この程度でときめいては駄目だ。
と、自分に言い聞かせるのはヴァイス殿下の言葉を思わず真に受けてしまいそうになったからだ。どうやら私には少しリハビリがいるようだ。
そう考えているといつの間にかヴァイス殿下が私の前に立っていた。
ヴァイス殿下は短い私の髪を少し持ち上げる。するとちゅっと髪にキスをした。
「マナーとして褒めたわけじゃない。本心だ」
「‥…えっ、あ、あの、えっと」
「分かった?」
動作は優雅で思わず赤面してしまったけど、最後の念を押すような言葉には有無を言わせない圧力があった。それで一瞬のうちに沸騰しそうなほど熱かった血管が一気に冷えた。
「はい」と答えた私を誰か褒めて欲しい。
これで絶対にそれ以外の答えを言ったらダメな奴だ。命の危険すら感じてしまった。
後ろに控えているセレーナとリリーを見ると二人から視線を逸らされてしまった。
「そろそろ時間だ。行こうか、スフィア」
「はい」
◇◇◇
父親を告発してその地位についた女公爵。
そんな私に好奇心の目を向ける者、女だからという理由で見下す者。様々な視線を受けながら私は陛下より公爵位を賜った。
そのまま、新公爵の披露目会となる。
私は公爵として多くの人に挨拶をしないといけないし、人脈も作らないといけない。侮れないように威厳も見せないといけない。
私に婚約者はいない。だから息子のいる家は私と婚約できないかと画策している。公爵家と婚約するには辺境伯爵から上の階級が必要になる。もちろん、場合によっては下級貴族と婚約することもあるがそれば何らかの利益があると見込めた場合のみだ。
「女公爵も若いうちに後継ぎが必要でしょう」
目の前の肥え太った豚と子豚が男爵の位でありがなら自分たちがもらってやるとばかりに婚約の話をしてくるのは彼らよりも上の階級の人間よりも自分たちが上なのだと行動で示しているようなもの。
「あなたが気にすることではありませんわ、男爵」
「私は親切心で言っているのですぞ」
「そうだよ、この僕が傷物であるお前をわざわざ貰ってやるって言ってるんだ。有難く思え」
「遠慮させていただきます」
「後悔するぞ」と子豚。
「意地を張るものではないぞ、女公爵。そなたのような傷物の令嬢を好き好んで貰ってくれる人などいないのだから。私が親切にしているうちに頷くべきだ」と豚。
「男爵家が施せる教育水準で公爵の夫となれるほど安い椅子ではありません」
「我らを愚弄するか」
「事実を述べたまでです。身分階級も理解できず、陛下が与えてくださった公爵という地位を軽んじるその言動で優れた教育を受けたと解釈してくれる酔狂な人間は残念ながらこの国にはいませんよ。」
「その通りだ、男爵」
そう言って私の隣に立ったヴァイス殿下はさり気なく私の腰を抱き寄せる。それを見た周囲がざわつく。
「俺が口説いている途中なんだ。お前如きが横やりを入れて奪おうとするなど身の程を知れ」
今、その一言で完全に外堀を埋められた気がする。
挨拶の時に離れてくれたから一緒に回らずにすんでほっとしていたのに。
男爵ともめていた時に珍しく出てこないなと安堵していたのに。
最後にとんでもない爆弾を落としてきた。この機会を狙っていたな。完全に油断した。
「ヴァイス殿下、何かの冗談でしょう。この女は傷物ですぞ。高貴なあなた様に相応しくはありません」
勇者だな、豚。
今にも凶器を持ち出しそうな勢いのヴァイス殿下に真っ向から反論するなんて。
私には到底無理だ。命が惜しいから。
「俺の方こそ貴様に対して何の冗談だと言いたいな。何が相応しいかは俺が決める。男爵が決めることではない。下がれ。愚弟のせいで彼女の心は確かに傷ついただろう。ああ、この最も輝かしい女公爵のお披露目という素晴らしい夜会を汚している貴様らのせいで先ほどから彼女の心はズタボロに傷ついているな」
いや、そこまで傷ついてはいませんよ。
「どうしてくれる?」
「ひっ」
「あっ」
豚はヴァイス殿下の殺気に当てられ泡を吹きながら失神。子豚も同じく。子豚の方は最悪なことに失禁している。
「さっさと片付けろ」
近くにいた護衛にヴァイス殿下は冷たく命じた。
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