第11話 自分にとって大したことがなくても他人にとって重大なこともある
私は薄化粧をして王宮に向かった。
殴られた痕のある私を見て王宮で働いている人たちはギョッとしていた。それもそうだろう。蝶よ花よと大切に育てられる貴族令嬢は暴力や怪我とは無縁。だからこそ、ほんの少しの怪我でも大騒ぎするのだ。それなのに私の顔や腕には殴られた痕がくっきりとあった。
殴られた痕を印象付ける為に服はいつもよりも露出のあるものにしている。
私はギルメールと一緒に王宮の法務官の元へ向かった。法務官にお父様の横領と虐待を訴える為だ。
今の私を多くの人が目撃している。強い印象に残るだろう。その為に昨日、お父様を挑発して暴力を振るわせたのだ。
「それは何とも痛ましい」
案の定、法務官は私に同情的な目を向けてきた。
相手が人間である以上、自分に優位な印象を与えるのは必要なこと。
誰だって無能で高圧的な男よりもか弱い令嬢の味方をしたいものだ。法務官や周囲に今の私を印象付けることで裁判になったとしても私の味方になってくれるだろう。
「私は父に愛して欲しくて、ずっと暴力に耐えてきました。しかし、国王陛下よりお預かりした領地でまさか父が横領しているなんて」
そう言って私は涙ぐむ。
仕事をしながらも聞き耳を立てている法務部の人間の何人かは涙ぐんでいた。
「ラーク公爵は確か、中継ぎの当主でしたね」
「はい。私が成人するまでの間だけです。お父様にはそれが納得できなかったようで、ずっと私を疎んでいたんです。最近では従妹のアリエスを自分の娘のように可愛がり、しかも彼女を公爵家の養女にするようにと私に強要してきたんです。しかもアリエスはワーグナー殿下と婚約してラーク公爵家の当主になるつもりだったようで」
法務官は眉間に皴を寄せる。
「それは‥…不可能ではありませんが、彼女も一応ラーク家の分家なので。しかし現実問題、可能性はかなり低いですよね」
さすがは法務官。分かっていますね。
「はい。彼女の家は既に没落していますし、我が家に借金をしています。彼女よりも上位の分家は他にいますし、何よりもラーク家直系の私がいるので」
アリエスの言葉は私を排除して当主になると言っているだけではなく、他の分家も邪魔をするのなら排除すると明言しているようなものだ。
私は震える体を抱きしめるように両腕を掴む。
「アリエスは私の婚約者であったワーグナー殿下に近づき、私とワーグナー殿下の婚約破棄の原因になるほど親しくなっていたので彼女は本気でラーク家の当主になるつもりなんだと、怖くて夜も眠れませんわ」
「そうでしょうね」
法務官は痛ましそうに私を見る。
私は続いてヘルディン男爵家がラーク家に負った借金の証明書とお父様がアリエスにラーク家の横領したお金で贈ったドレスやら装飾品やらの請求書や帳簿を証拠として提出した。
「すぐに調査し、陛下に進言させていただきます」
「よろしくお願いします」
これから私が提出した証拠を元に法務官たちが厳選な調査を行うだろう。それに伴ってお父様に処分が下される。アリエスは難しいかもしれない。
彼女は実際、法に触れるようなことは何もしていないから。
自分が当主になるという分不相応な証言に関してせいぜい注意がいくぐらいかな。でも今はそれでいい。
「分家にアリエスが私を追い出してラーク家の当主になると言っていることを流しておいて」
私は法務室を出てすぐにギルメールに命令をした。
「畏まりました」
「スフィア」
私が来るのを待っていたのか、壁に寄りかかっていたヴァイス殿下が私に声をかけてきた。すぐに王族である彼に礼を取ろうとしたらそれよりも早く私の前に来た彼が殴られた痕のある私の頬に触れる。
「スフィア、誰にやられた?」
ぞくりとするほど低い声に体が強張った。
「昨日、俺が訪ねた時にはなかった。ならこれはその後に負ったものだな」
「‥‥‥」
「先ほど法務室から出て来たな。何をしていた?」
「ヴァイス殿下のお耳に入れるようなことは何も」
「スフィア、俺では頼りないか?」
「‥‥‥」
「君の力になりたい。言ったろ。君に好意を抱いていると」
顔の傷も腕の傷も全て必要なことだった。感情的なお父様を使用人の前で挑発したおかげでお父様は使用人の前で私に暴力を振るった。だから法務官の調査で使用人からの証言もとれるだろう。それにこの傷のおかげで法務官に同情してもらったから調査も優位に進むだろう。
なのになぜだろう。
なぜか自分が間違えたような気にさせる。
「これは必要な怪我です。ですので‥‥‥っ」
「ふぅん。そう。必要な怪我。つまりわざと怪我を?ふぅん。そう。そうか、そうか」
地を這うような声に震えが止まらない。怒っている?どうして。
「あ、あの」
「スフィア、必要な怪我なんてない。誰であろうと、君自身であろうとも怪我を負わせることは許さない。いいね」
どうしてヴァイス殿下にそんなことを言われないといけないのだろう。
それにこんな怪我、死ぬことに比べたら大したことないじゃない。必要とあれば同じ手を使うつもりだ。
「スフィア」
ヴァイス殿下の手が私の髪を撫で、そのまま顎に向かう。そして私の顎を持ち上げて真っすぐとヴァイス殿下を見つめさせる。
「いいね」
肯定以外は許さないと彼の目が言っていた。
私は無意識のうちに「はい」と答えていた。それを聞いてヴァイス殿下は満足そうに頷いた。
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