第13話 キ メ ラ
「奥様、しっかりとなさってください」
辰巳さんは慣れた手つきで、彼女の背をさすってやると、彼女は取り乱して辰巳さんの腕にしがみつき、唸り声のような声を出した。その顔にはとても似合わない腹の底から、獣のような唸り声を上げているのだ。
「大丈夫ですか? どうしました?」
狼狽したが、どうしていいか分からなかった。手を差し伸べるのも何だか変な気がして、見守るしかなかった。
「……二階へ。……二階へ。あの子の部屋へ……」
段柳の母は辰巳さんの腕の中に顔を埋めて、わなわな震える唇の間から、なんとか言葉を発した。
確かに、この声かも知れない。
電話の声はやはり段柳の母だったのかもしれない。
僕はこの異様な状況で、もう電話の一件を伝えようと思えなくなっていた。事態はまったく、思ってもみないような最悪な状況であると直感的に分かった。想像を絶する恐怖が待っている。そんな気がする。
「二階ですか? 祐介君はやっぱり二階の部屋に居るのですね?」
「……なんということでしょう……。……あの子が……。あの部屋に……。……悪魔が……いえ、あれはキメラという……。あれは、化け物……キメラ……」
言葉が雷鳴に呑まれて聞こえなくなったが、確かに「悪魔」という語が、続いて「キメラ」という語が聞こえた。それで、ぞっとした。背筋が凍るような、身震いさえ起こすほどぞっとした。それは荒天のために急に気温が下がったためもある。しかし、僕はこれほど血の気がひいたのははじめてだ。鳥肌が全身を埋め尽くし、しばしおさまらない。
段柳の母も辰巳さんもそのまま何も言わなくなった。
僕は、躊躇いながらもここまで来た以上は、それが自分の役目なのだと決意して、二人に言った。
「では、僕は二階へ行きます。段柳君に会いたいので、よろしいですか?」
「……」
「お願いします」
そう言って答えたのは辰巳さんだった。
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