第17話 暗躍

Cランクダンジョンのある街ザンバー。

その街は交通の便が良く、それを強みに王国でも有数の豊かな街として成長を続けている。

今日は嵐にもかかわらず、商人や観光客、冒険者など種々雑多な人々が出入りしている。

その中には指名手配されている犯罪組織『クリムゾン・ジャック』のメンバーの姿もあった。


~ ~ ~


薄暗い部屋で大柄の男が指でトントンとテーブルを叩いている。


部屋のレイアウトは役員室そのものであり、この部屋で最も重厚感・高級感のあるテーブルとチェアを使っているこの男が部屋の主であると分かる。

部屋の中にいるもう1人、細身の男は来客用のソファーに座り、上司である男が口を開くのを待っている。


上司が苦い顔で話し始めた。


「近日、1級冒険者が王国からの要請で、この街の抜き打ち調査に来ると情報が入った。いかに強くとも、やり方を問わなければ殺っちまうのは簡単だ。……が、それで王国と敵対するんじゃ面白くねえ。せっかくこの街に根を張って、これからって時期なんだ。慎重にいく」

「ボスは顔を変えられますから問題ないですが、私はそうもいかないですからね。じゃあ、その冒険者が帰るまで潜ってます」

「いや、お前にはネルンでやってもらいたいことがある。それは―――」

「なるほど。確かにそれは私向きの仕事ですね」

「そういうことだ。分かったら、―――」


コンコン、と扉を開く音がして数瞬後、女性の声がする。


「ギルド長~、ちょっといいですか?」

「……ああ、入っていいよ」


ボスであり、ギルド長である男は、先ほどまでの野太い声と粗野なしゃべり方ではなく、優しい印象を与える声と口調で返す。


「失礼します」


女性が室内に入ってくる。

すぐに薄暗い部屋に気付いて、入り口付近にある照明のスイッチを入れる。


「もう!目を悪くしますよ?」


ギルド長は苦笑いをして言葉を返した。


「気を付けるよ」


女性は部屋の中を見回して疑問を口にした。


「あれ?誰かと話してませんでした?」

「いや、ずっと一人だったよ」


部屋の中に細身の男の姿はなかった。




◇ ◇ ◇




昨日のことを思い返してみたが―――あのとき、オレは棒の重さから解放されたことに安心して、あまり考えずに返事をしてしまった。

だが、スランジに言ったように、4級冒険者への近道になることは確かだ。

―――結果オーライってやつだな!


サイラスとの待ち合わせまで時間を潰す必要があるが、何をするか―――

そうだな。昼飯を買いに行こう。


~ ~ ~


ギルド内の酒場は開店前だが、気にせず入店する。

この時間、マスターは仕込みをしているんだ。


「マスター、おはようございます!サンドイッチもらえますか?」

「また来たのかよ!まだ開店してねぇし、ここは軽食店じゃねえんだけどなぁ!?」

「マスターのサンドイッチ美味しいから」


文句を言いつつ、作り始めるマスター。相変わらずチョロ…優しいぜ。


ただ待っているのもなんだな。壁掛けの時計でも磨いてやろう。

ひょい、と壁から時計を外し、従業員用の棚から取り出したウェスで拭く。

シンプルだけど、大きくて見やすいし、カチッカチッという音はいつまでも聞いていられる。

この音がする限り、酒場の時間も進み続けるのだ。


カチッカチッカチッ…………。

……そろそろ時計を磨くのも十分だろうし、壁に戻してやろう。


『酒場の時間止まっちゃったよ!?』

これは―――酒場にいる間は客に時間を忘れて楽しんでほしい、という気持ちの表れなんだよ。


戻した時計を改めて見る。うん―――


「アリ寄りのアリだ」

「ナシ寄りのナシだよ、馬鹿野郎!」


背後から聞こえるドスの聞いた声に震えながら振り返る。


「マ、マスター…厚意で時計を磨いていたんですが、えー、おそらく魔石が寿命だったのでしょう……止まりました」

「お前、オレを怒らせにきたんじゃねぇだろうな!?余計なことはしないで座ってろ!」


~ ~ ~


しばらくして落ち着いたマスターは口を開いた。


「まあ時計は許してやるよ。そろそろ変えてもいいと思ってたからな。それより、ヒョウ、あの話聞いたか?」

「なにをですか?」

「このギルド内にある武具店に物盗りが出たって話だ」

「―――な、なんだと!?」


あまりの驚きについ立ち上がって叫んでしまった。

なんて羨ましいことをしやがるんだ!?

オレだって考えなかったわけじゃないが、あそこのセキュリティは素人にどうにかなるほど甘くない。


『!?』


「ショーケースの中の武器がごっそり盗られたそうだ」

「そんな馬鹿な!?あの……オレが店員だった頃でも触れさせてすらもらえなかった武器が!?目ん玉飛び出るくらい高いあの!?」


ショックで涙が出そう。


「いや、そこまでは知らねえけど」

「そうですか。犯人の人相は分かってるんですか?」

「ああ。武具店の店長さんがこの辺一帯に配ってるみたいだな。ほら、これだ」


どれどれ……。


髪をオールバックにしていて、翁の面が顔を隠している。

長身にほっそりした体躯、背中にリュックサックを背負っている。

このリュックサックは収納袋だ。オレにはとても買えないような高額だ。うらやましいぜ。


よし。覚えたぞ!こいつを捕まえれば―――


『捕まえても武器はヒョウのものにはならないよ!?』


人聞きの悪いこと言うなよ。そんなことしない。

ただ、店長に返すためにはオレが持って行かないといけないだろ?

その過程で触ってしまうのは当然不可抗力ってやつだぜ?……仮に、万が一壊れても……犯人がやったってことに―――


『!?ならないよ!?』


「ほらよ。サンドイッチできたぞ」

「ありがとうございます!これで今日の昼からも頑張れます!」


お金を渡し、サンドイッチを受け取る。


「ああ。冒険者なんて頑張れないやつは続かねえ。頑張ってこい!」

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