16:事実

 俺の学校では毎月第三水曜日は自習時間が設けられている。

 通常は六時間目で終わるのだが、この日だけは七時間目まで拘束されてしまう。

 名称は自習時間となっているが、実際は先生からプリントが配られてその問題を解くというものだった。


 俺と瞳ちゃんはこの時間で俺たちの身の潔白を証明しよう決めていた。

 証拠を十分に集めるために、すぐに実行に移さずに二ヶ月間の間を人の悪意に晒されながら生きてきた。

 無理だと思いつつも、念の為担任にも改めて相談をした。

 しかし、結果は安定のスルー。

 それどころか「お前たちが悪いんじゃないのか? お前たち浮気してたんだろ?」と言い出す始末だった。


 俺は瞳ちゃんまで巻き込んでしまい心苦しい気持ちになったが、「大丈夫。鼓太郎くんがいてくれるから私は大丈夫だよ」と声をかけてくれる。

 自分も苦しいはずなのに、俺のことを優先して考えてくれるこの子は本当に優しい人間だった。

 俺と瞳ちゃんは学校はもちろん、お互いのバイトや塾がない日は遅くなるまで一緒にいたし、バイトがある日は夜遅くまでメッセージや電話をして励まし合っていた。

 そうしているうちに、俺も瞳ちゃんに依存していくのが分かった。

 俺はもう瞳ちゃんがいないと学校生活を送れないかもしれない。

 そこまで思ってしまったのだ。

 そして、それは決して俺だけではなく、瞳ちゃんも同じだった。



「私もうダメだよ。鼓太郎くんがいないと学校に行く勇気が出ない」



 不安になると抱き締めあってお互いの温もりを感じるようになった。

 俺たちはキスもエッチもまだしていない。

 だけど、俺も瞳ちゃんもお互いがいなくてはもう精神的に駄目になっていた。

 瞳ちゃんを愛しているのか、今俺が瞳ちゃんに抱いている感情が何なのかは良く分からない。

 だけど、もう瞳ちゃんじゃないと俺はダメだった。

 だからこの復讐が終わったら俺からちゃんというから待っててほしいと先日伝えたのだ。

 瞳ちゃんは「うん。嬉しい。待ってるね」と優しく微笑んでくれた。



 ついに復讐当日になった。

 二ヶ月間の間で俺の机に悪戯書きをしたり、物を盗んで隠した人間は全て把握している。

 さらにそれ以上の情報まで入手してしまった。

 これを武器に俺は自習時間が始まると席を立ち上がり、教壇の方へ向かって歩いて行く。

 そして、俺の隣には瞳ちゃんも立っていた。


 教室からは、「クズが何してるんだよ」「さっさと引っ込め」などの罵声が飛んでくる。

 そんな彼らを無視して俺は教室をグルリと見渡すと、最後に瞳ちゃんの顔を見て頷いた。

 瞳ちゃんも覚悟を決めたように頷き返してくる。

 そして、ミチルと弥生の顔を交互に見た後で、クラス全員に聞こえるように声を出した。



「これから俺たちが浮気をしていないことを証明する」



 俺がそういうと、クラスから「は?」「言い訳すんなよ、クズ」など先ほどよりも大きな罵声が飛んできた。

 ミチルの顔を見ると、何やら焦った顔をしており、弥生に関しては意味が分からないというようなポカンとした表情を浮かべている。


 あぁ、そうだったね。

 弥生は自分でよく分からないことがあると、口を半開きにしてポカンとする癖があったよね。

 昔はそんな弥生がとても愛おしいと感じていたよ。

 だけど、君は俺たちを裏切ってしまったんだね。

 きっかけは騙されてたとしても……。


 俺はそんなことを考えながら、家から持ってきたノートパソコンと電気店で購入した小型のプロジェクターを取り出した。

 その間に瞳ちゃんはカーテンをしめて、最後の部屋の電気を暗くした。

 黒板には俺が今日のために作成したパワーポイントの資料が映し出されている。



「お、おい! そんなんで何をしようっていうんだ!?」



 そう声を荒げたのは、諸悪の根源である佐久間ミチルだった。



「だから言っただろ? 俺たちが浮気をしていない事実を証明するんだよ」


「何巫山戯たことを言ってやがるんだ! さっさと席につけ」



 ミチルが大声を張り上げていたが、「ミチル良いじゃねぇか。お前は悪くないんだろ? だったらあいつらの話を聞いてやろうじゃねぇか」とミチルを静止したのは幼馴染の森下琢磨だった。

 周りも「そうだよ。あいつらの言い訳を聞いてやろうぜ」と楽しそうに言っている。

 あいつらにとっては退屈な自習時間が、面白そうなエンタメの時間に変わったんだもんな。

 そりゃ高みの見物でもしたくなるだろうよ。



「じゃあ、始めるぞ」



 そう言って俺は、次のページにスライドした。

 そこに映し出されたのは、俺と瞳がラブホテルに入る写真だった。



「やっぱり浮気してるんじゃねぇか!」



 そんな野次が教室から湧いてくるが、「まぁ、次があるから待ってくれ」と言いって静止する。



「確かにこれは俺と山根さんがラブホに入っている写真のように見えると思う。だけど、実際には俺と山根さんはラブホになんて一度も行ったことがない。それどころか、男女の関係になったことなんて一度もない」



 俺がハッキリと言うと、「だったらその写真はなんだって言うんだよ!」と言う声が聞こえてくる。

 その声に応えるように俺は次のスライドに映った。

 そこには俺と瞳ちゃんがラブホに入る写真と同じだけど、顔を見たら別人の写真が映っていた。



「見て分かるか? 俺たちがラブホに入ったって言われた写真は、元になる写真があったんだよ」



 俺がそう言うと教室からは「は?」「どう言うことだよ?」「まさかコラ?」などと声が聞こえてくる。



「誰かが今コラって言ったよな? その通りだよ。俺たちの写真はコラ画像だ」


「適当なことを言ってるんじゃねぇ!!!」



 俺がコラ画像だと断言すると、ミチルが大声を上げて遮ってきた。



「俺がコラ画像を使って騙したとでも言うのか? お前が自分で別人の顔をコラしただけじゃねぇのかよ!?」


「まぁ、待てよ。その前に他にもたくさん写真があっただろ?」



 そう言って、次のスライド、また次のスライドと移動していく。

 それら全てのスライドには、俺たちの顔が嵌め込まれた画像の隣に元の画像が貼ってあった。



「だからそれ全部お前がコラしたんだろ!?」


「お前の言い分はそれだけでいいか? つか、考えたら分かるだろ。なんで俺が元画像を持ってるかくらいよ」



 そう言うと、俺はテザリングを使ってネットに繋ぐと、あるサイトを開いた。

 それは画像購入サイトだ。

 そのサイトで俺たちのコラ画像を作った元画像をお気に入り登録していたので、それを全て見せてやった。

 教室からは「おい。マジじゃねぇか」「え? 本当は浮気なんてしてなかったってこと?」と騒がしくなる。


 ガタリと席を立つ音がしたと思ったら、森下琢磨がミチルの元へ歩み寄り「お前どう言うことだよ!」と胸ぐらを掴んで問い詰めるところだった。

 ミチルは顔を真っ青にして、森下にガクガクと揺さぶられている。

 弥生は瞬きもせずプロジェクターに映し出された写真を眺めていた。


 騙されていたことを知った弥生は今どんな気持ちなんだろうな?

 俺は数ヶ月前まで誰よりも愛していた女の子が絶望する瞬間を教壇から見つめていた。

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