翌朝、マンション前の地面に倒れ込む女性の遺体が発見された。七階にある被害者の部屋の窓が開いていたことから、何らかの理由で窓から転落したものと思われた。警察は事件と事故、両方から捜査を進める方針だ。ただし、今のところ遺書は見つかっていない。

 鑑識によるつぶさな現場検証を終えた被害者の部屋に、二人の刑事が足を踏み入れる。

「目撃証言によると、ガイシャが自ら窓を開けて落っこちてった、ってのは間違いないんだな?」

 はあ、と部下は煮え切らない態度で頷く。

「証言といっても、目撃者は酔っ払いで当時かなり酔っていたため、信憑性は怪しいものですが……」

「目撃者には変わりないさ。しかし、なんだ」刑事は室内をぐるりと見回し、呟く。「若い娘さんの部屋にしては、随分と殺風景な部屋で物が少ないな。物に拘らないタイプだったのかね」

 室内にある娯楽品になりそうな物はといえば、ノートパソコンくらいだ。亡くなる直前まで触っていたのか、ゲームのログイン画面のまま放置されていた。ゲームのタイトルは『アナザーゲート』。世界中で人気のオンラインRPGゲームだ。

 部下は手帳をパラパラと捲りながら答える。

「それが、被害者はいわゆるブラック企業に勤めていたらしく、大家や近隣住民によると帰りも毎日深夜を回っていたようで……もしかすると、何か買う余裕すらなかったのかもしれませんね」

「なるほどね……自殺なら、そのあたりに動機がありそうだな。少し当たってみるぞ」

「はいっ」

 更なる聞き込みの結果、被害者は亡くなる直前まで睡眠薬と向精神薬剤に加え、アルコールや多数のメーカーの栄養ドリンク剤を大量に摂取していたことが判った。薬を詳しく調べたところ、服用していた睡眠薬はアルコールと反応し、副作用として幻覚作用を引き起こす可能性のあるものだった。

「考え得る可能性としては――被害者は仕事のストレスから日常的に睡眠薬を大量に摂取しており、事件当日、飲酒したことで副作用を引き起こしてしまった。そして、窓から誤って転落した――。そんなとこスかね」

「彼女はいったい、どんな幻覚を窓の外に見たんだろうな。まるでマッチ売りの少女じゃないか」

 刑事二人は、やり切れない溜息を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る