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人の顔も名前も覚えるのは苦手でも、初対面じゃない限り、会えば大抵思い出せるが此奴は、誰だ。


高校、大学と男女問わず外見が変わるのは理解出来るも、思い出せない所か、それっぽい奴すら浮かび上がらないのは何故だ。


「誰?」


迷った俺は、最悪の想定もしつつ、無難に対応出来る聞き方を行い、相手の出方に合わせようとしていた。


「誰って酷いなぁ〜私だよ、私!」


何だよそれッ新手の詐欺かよ!


「詐欺師ですか、そうですかすいせまん」


露骨に視線を逸らし、会話を終える素振りを見せると、女性の方から止めに入っていた。


「ぇえっ!本当に分からないの」


「あぁ分からない」


「もぉぉ仕方ないなぁぁ。この私が一肌脱ごうじゃないか」


全くもって分からないのに、乗り気な女性が羽織っていたカーディガンに手を掛け、物理的に一肌脱ごうとし始めた段階で、周りがそれを止めに入っていた。


ゆき、止めなさい」


 俺の目の前に居た女性が、声を掛けながら歩いて来た子の手を掴み止め、腰のあたりに手を下げさせて、落ち着かせていた。


「どうせこの人達は、地下牢に入るのですから」


「えっ!本暁お姉ちゃんに何したの!?」


 この姉にして妹と考えると、外見的にも内面も似て無く。雪という名前にすら覚えの無い俺は、酷く困惑していた。


「何もしてないけど、捕まるらしい」


「うっそだぁあ~、どうせ姉ちゃんの胸でも揉んだんでしょ」


「な訳あるかッ!」


 地下牢に入れられるという最悪の展開の前に、訳の分からない茶々を入れられ、俺を含めた全員が困惑していた。


「良い子だから、下がってて…」


「はぁ~い。じゃぁ、また後でねぇ~本暁~」


 嵐のように駆けた謎の子は立ち去り、場をかき乱した上に。『後で』という言葉を聞けただけで十分過ぎる。


「確かに、何も不祥事を起こしてないのに、地下牢というのは些か割に合いませんね」


「なにゅお言ってっ」


 微笑むと何を想像したのか、女性は両腕を胸の前で組み、背中を少し曲げながら後ろに下がっていた。


「今は脅迫されてるから従いますが、せめて罪状ぐらいあった方が良いですよ?」


「余計なお世話ですッ」


「はいはい。それじゃ牢屋に入れて下さい」 


「言われなくても、入れるわよ。武南連れてってッ」


 大分感情的になった女性が声を荒らげ、武南に俺達の誘導を命じ、牢屋が在るであろう方を腕を伸ばし指していた。


「行くぞお前ら」


 武南が俺達に聞こえる声の大きさで話し、俺はゆっくりと皆の方を振り向いていた。


「らしいから、みんな…」


≪ガッ……………≫


 振り向いた俺も含め、見える全ての人が動きを止め。その聴きたくないノイズから始まった音は、例え耳を塞ごうとも脳に響いていた。


 まさか此処で来るのかよ。


≪ワールドゲームがスプリットウルフ・ハーヒィングによって開始されました≫


 聴き間違う事も無く、その言葉は頭に入り込み。


 俺を含めた数名の者だけが、各々で気持ちを整理させていたのに対し、友宏以外の他の者は明らかに動揺が観られ、それは俺達を牢屋に入れると、息巻いていた女性からも見受けられていた。


≪対象は人種一万五千四百三十四人・血統ウルフ種一万二千三百三十頭≫

≪指定範囲・連鉱寺周辺の大森林全域≫

≪人種の勝利条件をハーヒィングの討伐とし≫

≪血統ウルフ種の勝利条件を人種の殲滅とします≫


 前と変わらない条件が提示され、断る事も逃げる事も出来ない地獄のゲームが、また始まろうとしていた。


≪零時に開始とします≫


 今なら確実に一部の人だけなら逃げられるが、この理不尽を体験していない者は、向こう同様にまだ混乱していた。


≪それでは双方共に頑張ってください≫


 どうせ死ぬんなら、どっちに対しても始まってから、死んでもらいたい。


「ねぇ、そっちは大丈夫なの?」


 逃げる選択肢を諦めた俺は、女性の方に向き直り。既に脳の処理が限界に近いのか、動きを止め親指の爪を噛んでいた女性に話し掛けていた。


「………」


 待てども返事は返って来ず、女性は殆ど反応していなかった。


「それにしても、これで二回目とは、俺達も運が無いよなっ皆」


 わざとらしく特定の単語で声を張り、ピクリと反応した女性が顔を上げ、上目遣いのまま俺を睨んでいた。


「それどういう事か、教えなさい」


「人の話は聞かないのに、教えろと暴論かよ」

 

「良いから早くっ――」


≪ガッ………≫


 かなり焦っているらしく、取り繕いが消えた女性が一歩前に近づき、俺に手を伸ばしたタイミングで、再度動きを止めざる終えなかった。


 何か言い忘れた、のか?


 前回同様報酬も勝手に確認しろとか言ってたが、そういえばあれから確認した記憶がねぇわ。


≪ワールドゲームがスケルトンキング・ヴァルアによって開始されました≫


 はぁ?今なんて…


≪対象は人種一万五千四百三十四人≫

≪ワールドゲームの重複を確認しました≫

≪これよりワールドゲームの統合を行います≫


 何を……


≪ハーヒィングによって開始されたワールドゲームを破棄≫

≪人種・血統ウルフ種・屍霊種によるワールドゲームを開始します≫

≪対象は人種一万五千四百三十四人・血統ウルフ種一万二千三百三十頭・屍霊種四万三千四百一個体≫

≪指定範囲・連鉱寺周辺の大森林に加えて北部墓地周辺≫

≪各種族から王と配下を選定し≫

≪勝利条件・他二種族の王の討伐≫

≪種の王が討伐されると配下は死に≫

≪配下が死んでも王は死なないものとします≫

≪一定条件を満たした配下は上記の条件外とします≫

≪明日の宵の口に開始致します≫


≪それでは各種族に存続あれ≫


 心にも思ってないだろう言葉を言われるも、流石に許容範囲を超えていた脳が、気に留めることは無かった。


≪血統ウルフ種の王にハーヒィングを選定≫

≪屍霊種の王にヴァルアを選定≫

≪人種の王に千田本暁を選定≫

≪各配下を選定しました・王はご確認下さい≫


 嘘だろ、

 選りにも選って俺かよ…


 

















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