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 視線の先に見える木々、その一本一本に、クロームウルフが隠れる形で身を潜め、陰から此方側を見つめていた。


「時葉さん、泉さんをお願いします」


「分かりました。任せて下さい」


 戦闘が始まる前に泉さんを下げ、依然敵との睨み合いが続くも、俺達がこれ以上進まなければ襲って来ないという保証も無く。


 数が多いからと引き下がれない俺達は、どう転んでも、一度戦闘を行ってから決めるしかない。


「俺は始まったら、自由に動いて良いんだよな?」


「それで大丈夫だ。大いに目立ってくれ」


 ゲームだとしても、自ら囮をかって出る者は少ないのに、それを命が懸かってる世界でやるんだから、ほんと良い奴だよ。


「俺の回転斬りで、一気に片付けてやる」


「それはちゃんと、スキルだよな?」


 スキルだと思っていた攻撃が、実は叫んだだけだった。なんて前例を持っている友宏には、確認するのが一番だ。


「勿論、根性だ」


「ぉ、おう。技術スキルも良いけど、過信はするなよ」


「心配するな、全部倒せば良いんだからよ」


 だから倒し切る前に、負傷するなと言ってるのに、友宏には関係ないみたいだ。


「望奈さんは、確実に数を減らしながら、援護をお願いします」


「了解だから、貴方は勝手に突っ込まないでね」


 了承した望奈さんが、弓を身に寄せ、もう片方の手で掴んでいた矢の鏃を俺に向け、念押していた。


「大丈夫ですって、誰と一緒にしてるんですか」


「ひでぇな、二人して俺の事言ってるだろ」


 否めないのが辛い所だが、文句を言うものの、笑い気味に言っており、緊張し過ぎた身体をいつも通り、和らげているのだろう。


「なら、大人しく戦うか?」


「冗談だろ?嫌だぜそんなん、俺は前に出て戦う」


「良いわね、前衛が居ると」


 素直に受け取ると褒めてるようにも聞こえるが、望奈さんの友宏を見ていない目は、別の意味を感じさせていた。


「でも望奈さん、後衛に敵が流れてるのに、行き過ぎる前衛程合わせずらいものはありませんよ」


「やっぱり少しは…」


 何かを言い掛けたものの、途中で言葉を切っては、何かに反応した猫の様に、顔を上げていた。


「何で彼奴ら、グルグル同じ所を回ってんだ」


 目で捉えた何匹ものクロームウルフは、その場でグルグルと回り始め、その行動を止める気配は無かった。


「なぁ、彼奴ら。段々イラついてねぇか?」


 回り始めたウルフを筆頭に、見るからに毛は逆立ち。口元を開いた事で、隠れていた鋭い歯さえも見えていた。


「怒ってるな」

「怒ってるわね」


「だからグルグルしてるんですよ。ワンちゃんが怒ってます」


「えっ、そうなの?」


「何呑気に、此処じゃ狭めぇ俺は前に出るぞッ」


 閉じ込めていた檻の扉が開いたかのように、その場を回っていたクローマウルフだけで無く、静止状態で此方を見ていたウルフまでもが一斉に走り出していた。それに合わせて飛び出した友宏は、木々の間隔が広い場所に向かっていた。


 左右を見ても怖気づかなかった者が飛び出、人と魔物の密集具合は、剣を振り回すには最適じゃ無くなる事は、直ぐに想像がついていた。


「ドクロン、当てずに一斉掃射しろ」


「アいヨッ」

 

 高い位置に生み出された矢が、人とクローマウルフの集団が衝突するよりも先に進み。戦闘の友宏が最初の一振を上げる所で、その矢は人だけを避け無数のクローマウルフを射抜いていた。


「いけいけぇえ、良い子良い子ぉお」


 バッグに入ったままのドクロンを泉さんが振り回し、無邪気にはしゃいでいた。


「助かった、後は守りを頼む」


「ちょっと、貴方は前に出ないでって、言ったでしょ」


 ドクロンの一撃で敵の勢いは衰え、衝突としては良い形では入れたものの、人と魔物に加え木が在る中を、人に当てず当てる自信が無い俺は飛び出ていた。


「マジックアロ―」


 誰とも戦闘をしていない、ただ走っているクローマウルフを仕留め、他を探そうと目を動かしても、中衛の位置から広がる視界には、人と魔物が動き回り戦闘する光景か、目を動かせば流れる様に観え続ける木々が視界を埋め尽くしていた。


「てか、どんなけ居るんだよ」


 戦闘前に見えていた数の、数倍以上のウルフが辺を駆け回り、今まで戦ったどの奴よりも、一段階速度が上がった個体がかなりの数を占めていた。


「望奈さん」


「何よッ」


 ちょっと怒りながらも無愛想に返事をしてくれ。その声は想像以上に近く、何だかんだ付いて来てくれていた。


「友宏が一番前ですので、それよりも向こう側に攻撃、出来ますか?!」


「貴方、私をドクロンか、何かだと思ってる?」


「いえっ」


「良いわよ、殺るわよ。後できっちり耳揃えて、対価は払って貰うんだからね」


 何かに張り合った望奈さんのスイッチが、変な方向で入り。俺が了承する間も無く、弓を上に向けて構えた望奈さんは、手首を一度スナップさせ、指と指の間に無数の矢を挟み締めていた。


雨矢ディナティヴェロス


「ソレ、そんな同時に出来るん?」


 一本で放っていた記憶がある俺は、同時に五本も重ね弓を引く望奈さんに驚くも、頭上を覆う葉の更に上には、光源と呼ぶに値する量の光る矢が浮かび。


 望奈さんが手に持つ矢を放った途端、列の先頭を担った矢が、他の矢を引き連れ、空高く飛んで行った…


 












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