128.これで良い訳が無い
目を開ける前に左腕と右手から温かさを感じ。
ボヤける視界がゆっくりと鮮明に変わっていき、頬に髪を流した望奈さんの寝顔が目の前に見えていた。
「おはよう」
起こすつもりの無い小声で呟き。
「アンちゃんもぉ起きタんヵ」
独り言に対して返事が返ってきた来た事に驚き、寝転がったまま上を見上げる様に首を反らした先で、微かに揺れる様にバッグが動いていた。
「おぅドクロンか、快眠だったぞ。身体はともかく心は回復した筈だ」
「ホんトヵ?アンちゃん気を張りすぎだ。まだ三時間も経ってねぇよ。見てみろまだ外もくれょ」
外と言われ、一番テントの布が薄い入り口の方に目を向けても、確かに外はまだ暗く。腕時計を見ようにも左手は、望奈さんの反対側にありとても見れる状況に無い。
「まぁ始発電車で行って終電で帰る様なもんだ」
「ナんジャそりャ」
伝わると思って言ったのか、自然に出た言葉がドクロンに伝わらず、現実に引き戻される感覚を味わい、残っていた眠気も消え去ってしまった。
「平たく説明しても、寝る時間が無かった地獄の生活だし。ゲームでも寝る時間を惜しんでたからな、短時間でも寝れるだけましってもんだ」
「ダヵらっテよ。ドうスるんダよ」
「どうするって何が」
「起きテタっテひまダァっろ…アンちゃんは、外にモ行けナいモんナ」
バッグの中に居るドクロンが、何処まで見えてるのかは分からないが。確かに、俺は動いて外に行くことは不可能な状態だった。
俺の左腕は枕と化し。俺と望奈さんの右手と右手は互いに握り合ったまま、望奈さんの左手が俺の右腕を掴み。器用に重ねられた足が俺の動きを封じていた。
「とういか首しか動かせんな」
「ハハッはッ、アンちゃんも、ヤりスぎっテ事ダナッ」
「うるさいぞ、起きたらどうすんだよ。寝かせといてやれ」
小声で話していたのに、抑え切れないドクロンのこもった笑い声がバッグの中から聞こえるが、バッグの中で良かったかもしれない。
「ワりぃナァ、ソシても、起きてタラドォすんダよ」
心臓が跳ね上がる様な事を言われ、望奈さんに目を向けるもその瞳に見えず、外見上はまだ寝ていた。
「怖い事いうなよ、焦ったろ」
「あリャ、起きタラまずイヵ?」
「どうだろうな…」
別に起きてくれても良いが、望奈さんが居るなら暗い内に外に行く事も無いだろう。恐らくは何か話すか、この落ち着きを二人で存分に過ごすと思う。
「寝てる人間には悪戯出来ないけど、起きてるならしたくなるだろ?実は、ドクロンと出会う前に、のりとか勢い、って変わらないけど馬鹿とかアホと言われたり。謎にビンタされた事を俺は忘れてない」
「つまリ、起きてタラアウト、ナわけダ?」
「おぉ、最初は割りと放り投げようとか、思ったりもしたんだけどな。今思い返せば途中から考えて無かったよ」
「色々アっタんヵラダろ。黒くナっタとカ」
「止めてくれ」
笑い気味にドクロンを止め、
「ワりィぃ」
ドクロンが素直に言うのを止めたが、正直分からない。
時間が無かったからと言い訳をすれば、話していなかった事も納得出来るとは思うが、そもそも話す気が有ったのかが重要だろう。
でも俺にその気は無い。
時葉さん辺りに事後処理の話しの段階で、不可解な事が有ったのか聞いていないのが、俺の意思を表してる様なものだ。そして心の何処かではあの二人の居ない陸自なら、発見しないか。しても悪い意味で徹底的に隠蔽すると考えていた。
「寝るわ」
「オゥっ」
寝るという都合の良い言葉を放ち、ドクロンが快諾した事で俺は独りで考える時間が作られたが、やはり眠たかったのか、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。
―
―
そして本日二度目の目覚めをした俺は、左腕と右手から伝わって来る感触は変わって無い事に気づくも、寝る前には無かった筈の温かさが背中にも有ったのだ。
「おはよぅ」
そう声を掛けられた俺が目を開けると、想像以上に近くなっていた望奈さんの瞳が、大きく見えていた。
「んぅ…」
相槌で返し目を合わせていると、
「おはようございます」
そう何故か後ろから囁かれ、その声に驚いていた。
訳が分からない、一歩も譲らなくても時葉さんが居るなら理解出来たであろうに。何故、居るのは小村さんなんだ。
しかも必要以上に密着してるから温かいけどさ、動けないんだよッ!
前も後ろも近いし望奈さんの表情から読み取れる感情が無いから、怒ってるのかすらも分からないし、後ろに居る小村さんは囁いた声的に楽しそうだけど、それなら何でその状況を望奈さんは許してるんだよッ
(マジで訳が分からん)
二人は俺が起きてる事を知っても動く事は無く、それどころか何方かが近づけば更に距離を詰め、互いに謎のプライドを持っていた事が、俺を更に苦悩させていた。
だから何で、小村さんが居るんだよ。
(まぁ小村さんなら背中からグサリも無いだろうし良いか、もっかい寝よ…これは夢だ)
現実逃避する様に三度寝を強行しようと瞼を閉じるも、視覚からの情報が減った事で他の五感が際立ち、甘い匂いや微かな呼吸音に、伝わって来る人の温もりが有っては、独りで寝るを繰り返す様に意識を落とす事は出来なかった。
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