59.人の限界とて尋常
「あいつッ…」
小村がゴブリンを鋭く睨み、殺気を込めた声を呟く様に吐き捨てていた。
「行くなよ」
「分かってる…私が行っても、勝てない事は。大丈夫、まだ冷静だから」
まだ、か…
話しながらもその視線はゴブリンを射抜いており、倒し切るまで一時も離さ無いと思わされる程に、異常な集中力で見据えていた。
それに頼りになる前衛の二人が俺らと離れ、残された方には怪我人が居て、移動は困難と来たか。
「全員聞いてくれ。手短に話すと、前の二人を見捨てて下がるか、怪我人を抱えたまま前に突撃するしか選択肢が無いが、勿論」
「突っ込む」
「行くに決まってます」
「それじゃぁ、行きましょうか」
白浜と小村の二人が間髪入れずに答え、望奈さんが合わせるように答えた事で、一人を除いて、全員がそれに応えるように頷いた。
「皆私は置いてって良いよ。もぉ走れないしさ、これじゃあ足でまといじゃん、それは嫌、だから…」
「ねぇ、何を言ってるの?ねぇ華憐、頭おかしくなっちゃったの?」
前澤が話してる所に、小村が無理やり割り込み、有無を言わせない雰囲気で前澤さんに言葉を当てていた。
「だって、その方が助かるじゃん…」
「今更そんな事言ったって、誰が従うと思ってるの?時間の無駄だよ無駄。明宏、華轔担いじゃって良いよ、あっうじうじ騒いでたら何処触っちゃっても良いからね!私が許す」
「勝手に許すな!触ったら引っ叩くんからなッ!」
「担がれるのは、良いんだ。ふぅ〜ん」
「だって…走れないし……」
正直そんなのどっちでも良いが、ゴブリンが向かって来てる現状、前の二人と距離が離れつつある事を忘れてないだろうか。
「でも千田さん、あの数のゴブリンを相手に 普通に行けば死にません?」
至って平然と、起こるだろう結果を口に出して言う鈴木の声は周りが騒がしくとも、全員がその言葉を耳にした。
「まぁ、勝てないだろうな。普通にやれば」
「それはどういう…」
ステータスに疑問を持たれるだろうが、俺以外の誰かが敵の頭を倒さない限り、遅くともこの戦いが終われば確実に疑問を持たれてしまう。
それなら白浜さん達が生きてる内に、余り隠さずに戦い、誰も死なない方が良い筈なんだ。
「俺の後に黙って付いて来て下さい。前に出たり離れた場合は見捨てます」
冷たく言い放った言葉に、一瞬だけ反応をしめす者も居たが、声に出して何かを言ってくる者は居なかった。
それで良い、別に嫌われようが好かれようが、最後に。この戦いが終わった時に一部の人が生きていればそれで良い、あくまで他は助けたい人の友人だからという理由しか無いのだから。
「マジック・アロー…‥」
数歩歩みを進め、俺だけが集団から飛び出る形に成った所で立ち止まり、右手をゆっくりと肩より少し高い位置まで上げて止める。
前にかざした手を起点に、左右にそれぞれ二本の矢が一瞬にして現れ、宙に浮かびピタリと止まっていた。
俺も、固定概念に縛られてたって事か。情けない話だな、こんなの幾度も途中で試す事だったろう‥ぃたッ、予想以上に頭痛が来るな、だが、使えると分かったのなら痛みなど関係ない、ゴブリンに殺られない為なら、結局は耐えるしか無いのだから。
「‥テトラ」
右手首を仰け反らせ、素早く前に倒す。
宙に停止してた矢は、手首が振り倒された途端に動き出し、瞬く間に左右のゴブリン達を貫き、衰える気配の無い矢は一直線に何匹もゴブリンを貫き、矢が通った道には、身体の何処かを欠損したゴブリンの死体だけが転がっていた。
「有り得ない。こんなの、貴方のLvが成せる枠から、大きく逸脱してるじゃないですか…」
目の前で起きた現象を目にしたまま、誰に語り掛ける訳でも無い声が九藤さんから発せられ、矢を放った俺と望奈さん以外は、開きそうな口を噤み、只々その光景を眺めていた。
「ささっ、そろそろ行きましょうか。風通しも少しは良くなったみたいだし」
望奈さんが平然と横に並び声を掛けて来る。
「少しって、これでも頑張って良くした方なんですよ?」
「はい、これで少しは変わったかしらね」
「どうでしょう、でも間隔が少しでも出来た事はあの二人からすれば、有り難い筈ですよ」
数十メートル先で戦う二人の姿を見ながら、俺はそう考えていた。
「そうね、って貴方達何やってるの、まだ戦闘中よ?」
「え、あっ、はい。すいませんっ、明宏も華憐の事担いでッ」
「あ、あぁ」
「ちょ、わぁぁ..待っ…て‥」
戦闘中で味方が戦っている状況下で、何をやってるんだと言いたいが、俺がとやかく言うのは違う、第一それを言うとしたら、前衛の二人の事が心配な奴だろう。
「ねぇ、もう一発射ってくれない?戻りつつあるし」
望奈さんに言われ前を見ると、確かにさっきまであったゴブリン
「分かりました..」
「なんか嫌そうね、私が言ったからかしら?」
「そんな事は無いですよ」
「ただ、」
いや違うな、もぉ気にしなくて良いんだ。
「何でもありません」
「気になるわね、後で教えてね」
「終わった後でなら」
望奈さんは何も言わずに前を向き、その横顔は少し微笑んでいる様にも感じられた。
「アロ…‥
そう。どうせなら、無理をしてでも一本増やし、あの嘲笑ってる杖持ちのゴブリンにも御見舞いしてやろうじゃないか。
「‥ペンデ」
先程と同じ様に矢が一瞬にして宙に現れる、違うとすれば増えた一本の矢は一回り異常大きく、前方にかざしている手の真上から程近い位置に現れ、それは見る角度によっては、触れていると言って良い程の距離だった。
やげて矢は物凄い勢いで飛んで行き、忽ち左右には四本の道が新たに作られ、正面には大きな道が真っ直ぐに、無透明の壁を隔てた杖持ちのゴブリンまで伸びていた。
「死なないよなぁ、流石に‥」
今の一発は全力で射ったのに、INT70程度じゃどうも足りないみたいだな、どうやって倒そう。あの二人に追いついたとしても、壁を破れなければ意味が無い。
そもそも、あの壁は。‥‥まじか、そりゃ無いぜゴブリンさんよ。
再び攻撃された杖持ちのゴブリンが、二度も矢で攻撃したからそのやり返しなのか、上に掲げた杖の周囲に無数の矢が次々に現れ始めていた。
「貴方が余計なちょっかい出すからよ」
「俺は風通しを‥」
次々に現れ始めた矢は今も増え続け、目視で確認出来るだけでも十数本はあり、更に増え続けていた。
「俺の後ろに、なるべく狭く入れ、急げッ」
増え続ける矢を目にし、硬直していた白浜さん達に叫び、急いで背後に縮こまってもらう。
「マジックバリアッ」
前方に一枚の薄く広い無透明の壁が出来、その後ろに連なる様に大きさを小さくしたバリアが次々に形成されていく。
壁をあの強度で出す奴のマジックアローなんて、どう頑張っても俺のマジックバリアだけで塞げるもんじゃない、完全に疑われようが構わない、防がないとカバンのこいつ以外は間違いなく死ぬ。
「全力で」
周りから見れば独り言だが、ハッキリとドクロンに向けたつもりで俺は強く言い放った。
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