ハイタッチ

たげん

犬猿の仲

「ダブルスはお前ら二人で組んでもらう」

『はぁあああーーーーーー!』

暖かい春風が吹くと桜の花が散り、テニスコートの前にひらひらと舞い落ちる。

 そんなテニスコートの前には、監督と二人の生徒が立っている。 

「おい! 足引っ張るなよ! 俺はこの大会優勝狙ってんだ!」

 そう話すこの生徒の名前は自尊 努(じそん つとむ)。白越(はくえつ)高校、硬式テニス部の二年。身長は185センチ、髪は短髪でアップバング。目つきが悪く、行動一つ一つに威圧を感じる。

「それは僕のセリフだ!」

 そんな努に言い返す生徒がいる。その名前は一途 夢(いちず ゆめ)。同じく白越高校二年。身長は160センチと小柄で、童顔で幼い雰囲気だ。黒髪マッシュの髪は風に吹かれると爽やかに薄いツープロックが見え隠れする。

 いがみあう二人は、誰が見ても相性最悪である。

 特に努は夢のことが嫌いであった。

 努と夢は幼馴染で、小学生のころから一緒にいる事が多かった。夢はいつも努の後ろにくっついて回っているような弱気な少年。けれど、中学校で同じテニス部に入ってから大きく変わった。努をライバル視して、対抗し練習を重ねるうちに実力と自信をつけていった。

 物心ついた時からテニスをしている努にはそんな夢が鬱陶しかった。

 夢が練習する分、努も練習する。夢が上手くなる分、努もさらに上手くなる。

追いつけるはずがない。絶対に届かない。なのになぜ? 努はそう思っていた。


そんな相性最悪な二人は、試合当日を迎えた。一回戦の相手は黒壁(くろかべ)高校と言って県大会決勝常連の高校だった。 

「ワンセットマッチ、白越高校トゥーサーブ、プレイ!」

 その声とともに試合が始まった。今大会初戦のルールは六ゲーム先取である。

まずは努のサーブからだった。努の身長から繰り出されるサーブはとても早く触ることさえ容易ではない。

 努は相手に一切ボールを触らせる事なくこのゲームを取った。

「ゲームウォンバイ白越高校。ゲームカウント1−0」

 審判の声がコートに響く。

 ──今日は肩の調子がいい。

 努は相手にボールを渡しながらそう思った。

 しかし、すぐに状況は変わった。

それは相手が山なりのチャンスボールを上げた時だった。

努はラケットを構え打とうとした時、同じくチャンスボールを打とうとしていた夢と激突してしまった。

「俺の邪魔をするな!」

「今のは僕の方が近かったじゃないか!」 

努と夢との動きが全く噛み合わない。

「お前はネット前から動くな! 正面に来たボールを打ち返していろ!」

 努はイライラしながら夢に言い放つが、夢も負けじと言い返す。

「待ってよ! 僕だってもっと動きたい! 努が上手いのは知ってるけど、僕の試合でもあるんだからもっとやらせて!」

 そう言って夢が勝手な動きをする。

「でしゃばるな! お前には無理だ!」

「挑戦しなきゃ、出来ないままじゃないか!」

 そんなやりとりが続きどんどんポイントを取られていく。

「ゲームウォンバイ黒壁高校。ゲームカウント1−1」

あっという間に一ゲーム取り返された。

その後も努と夢は全く噛み合わなかった。

「違う! 今のは無理に打たずに、俺に任せる所だろ!」

「次はミスしないから!」

「違う! そこは強く打たず、確実に返すとこだ!」

「次こそは!」

「違う! 違う! 違う!」

 努の怒声がコートに響き渡ると同時に、審判のカウントも聞こえる。

「ゲームウォンバイ黒壁高校。ゲームカウント1―2」

 あっという間に逆転されてしまった。

 夢が余計に動き、ミスをして点を取られる。努が決めても、その分夢がミスをする。

 ──このままだと負けてしまう。

 そう思ったのが夢にも伝わったのか夢が何か言おうとする。

「ごめん! でも……」

しかし、努は夢の言葉を遮って言った。

「もう言い訳はいい! やる気だけじゃ試合には勝てないんだよ! 俺の足を引っ張るのはやめろ!」

 努の言葉に夢は少し俯く。

「この後三ゲーム俺の指示に従え。一ゲームでも取られたら好きにしていい」

 その努の言葉に夢は小さく頷いた。

 実際、そこからは驚くほど順調になった。

夢はネット前の自分のところに来たボールだけを決める。それ以外は努がカバーして決めるという、とてもシンプルなものだった。

「ゲームウォンバイ白越高校。ゲームカウント3−2」

 あっという間の逆転。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 さっきまでと同様に努が左右に走り回っていると、急に努の足が止まった。

「あ、足が……動かない……」

 それは当然の事であった。本来二人でカバーし合うところを一人で走り回る。それがどれほど足に負担を掛けることかを、努は理解仕切れていなかった。結果、試合が終わるより先に努の体が悲鳴を上げた。

「動け! こんなところで負ける事は許されない!」

 努は自分の右足をラケットで叩く。

 ──なぜだ! 

努は普段から体幹トレーニングは怠らず、練習だって一日たりとも休んだことはない。

それに努にはここにいる誰よりも練習している自負があった。

そんな努に夢は声をかける。

「努、僕が後ろで動くから少し……」

「うるさい! まだこのゲームは取られてない。一ゲーム取られたら好きにしろと言ったはずだ!」

 夢に怒鳴り散らす努。けれどやはり足の動かない努ではポイントを奪うことはできなかった。

「ゲームウォンバイ黒壁高校。ゲームカウント3−3」

 そこからは先ほどまでの夢と努の立場が逆転した。足の動かない努がネット前のボールを打ち返すだけで、夢がそれ以外をカバーする。

 しかし夢には全てをカバーすることが出来なかった。

「ゲームウォンバイ黒壁高校。ゲームカウント3−4」

 次々にポイントを取られていく。

「ゲームウォンバイ黒壁高校。ゲームカウント3−5」

 ついに努は自分の正面に来たボールも返さなくなった。

 ──もう終わりだ。この試合は俺がいなければ勝てない。だからさっさと終わらせて……。

「まだ終わってない!」

 夢は努が無視したボールも拾いギリギリで返し続ける。

「お前じゃ勝てない! 諦めろ。この試合は終わりだ。やる気だけじゃ試合には勝てないんだよ!」

 それでも夢はボールを必死に返し続ける。

 ──何で、何でコイツは諦めないんだ。

「まだ負けてない!」

 夢は努が無視したボールを取り続け、ついには一ポイント奪った。夢は満面の笑みを努に向けながら話しかける。

「僕だけじゃ勝てない。でも絶対に負けたくない。だから、僕を助けてよ! いつもみたいに何か作戦考えてよ!」

 ──コイツ! いつも作戦立てても聞かないくせに! 負けたくないけど自分で考えないで人任せ。そんな恥ずべき事を隠そうともしない。

やっぱり俺はコイツが嫌いだ。

……けど、今の俺の方が、よっぽど恥ずかしい。散々アイツを否定しておいて、今は俺が足手纏いだ。やる気だけじゃ試合には勝てないなんて、今の俺にはやる気すら無くなっていた。            

そしてそれをアイツに気づかされたのが悔しい。何も出来ない自分が、悔しい。

「クソッ!」

 努は自分の頬を両手で強く叩いた。そして努は夢に向き直る。

「俺に協力しろ!」

「うん!」

 その努の瞳には先ほどまでとは違い、覚悟が決まったような鋭さがあった。

 そして努は夢に近寄ると、耳元で何か囁いた。

 そこからは夢と努は怒涛の追い上げを見せた。

「ゲームウォンバイ白越高校。ゲームカウント4−5」

 努が夢に伝えたのは一つだけだった。

『相手は打つ方向を目で見てから、その方向に打っている』

努は初め、後ろでしかプレーしていなかった。しかし足をきっかけに前に来たことによって相手をよく観察できた。それにより相手が打つ方向を、目で先に見ていることがわかったのだ。

それを聞いた夢は相手の打つ方向に先回りできるようになった。

「ゲームウォンバイ白越高校。ゲームカウント5−5」

 ついに最後のゲーム。次のゲームを取った方が勝ち。

互いの緊張感が走る中、白越高校のマッチポイントがやってきた。

ラリーが長く続く中、相手が体制を崩してふわりとしたチャンスボールをあげた。

山なりにボールが上がる。

努はラケットを構える。

──普段の俺なら絶対にミスらないボール。確実に俺が打つべき……。でも、アイツなら確実に打ちにくる。アイツはミスする事が多い。でもこの集中力、今の夢なら決める。

努はそう思い、一度構えたラケットを下ろし、チャンスボールを夢に譲った。

すると夢は努の考えがわかっていたかのように迷いなくボールを打ちに来た。

「いけ!」

 努の声と同時に、夢は相手コートど真ん中にボールを打ち込んだ。

 パンッという心地よい音とともにコートに打ち付けられたボールは、相手二人の間を通って後ろのフェンスにぶつかった。

「ゲームセットアンドマッチ、ウォンバイ白越高校! ゲームカウント6−5」

審判のゲーム終了の声と共に、夢が大きな声で喜んだ。

「やったぁー!」

 そして夢は、溢れんばかりの笑顔で手のひらを努に向ける。

その手を努は、無言で力強く叩いた。

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