廻り巡る、ラブレター
中田もな
610年 飛鳥の都 その宮中
「東の天皇、
「うーむ……。少々、粗雑な字になってしまったな……。ええと、小刀、小刀……」
彼は自分の字が気に入らない様子で、何度も同じ一文を書いては、木簡の表面を削っている。真新しい写本を傍らに、彼は何回も「東の天皇……」を書き続けた。
「おい、時子。このようなところで、何をしているのだ」
「……っ! か、
彼は友人の気配を感じると、慌てて写本を押しやった。友人は彼の様子を見て、怪しむように首をかしげる。
「もしや、時子。私にくだらぬ隠し事をしておるな?」
「何もしておらぬ! よいから、入ってくるでない!」
「何々……、『東の天皇、敬みて西の皇帝に白す』……。何だ、隋へ宛てた国書の写本か」
掛馬は拍子抜けした様子で、時子の握りしめた木簡を見遣った。どうやら彼は、国書の文章を使って、字の練習をしていたらしい。
「習字をしておるなら、そう言えば良いのだ。そのように慌てる必要など、全くないではないか」
「は、ははは……」
時子はぎこちなく笑いながら、掛馬を部屋から追い出そうとした。しかし、それがいけなかった。このような誤魔化しに対しては、掛馬は妙に鋭いのだ。
「……待て、待て。やはり、何か隠しておるな?」
「い、いや! 何も隠しておらぬぞ?」
「ええい、正直に言え! 誤魔化しは通用せぬぞ!」
掛馬はずいっと顔を寄せ、鼻息荒く責め立てる。時子はようやく観念して、ぼそぼそと胸の内を明かした。
「ええと、その……。お、想い人が、できたのだ……」
時子は恥ずかしそうにつぶやくと、ぽりぽりと頭を掻いた。彼は想い人への恋文を書くために、字の練習をしていたのだと。
「想い人、とな……!? それは一体、誰なのだ……!?」
掛馬は驚きに目を見開きながら、友人の顔を食い入るように見つめる。時子に想い人がいることなど、今の今まで知らなかったのだ。
「そ、それは言えぬ! 貴君は口が軽いからな!」
「何!? また、隠し事か!?」
時子は友人に迫られ、大急ぎで書室から飛び出す。……その夜は、高貴な大の大人が二人、廊下を延々と走り回っていたらしい。
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