第128話 帰着 終
利子は、里桜のかけた魔術によって今も静かに眠っている。そっとその魔術を解くと、利子はゆっくりと目を開いた。
「気分はどう?」
問いかけた里桜を見て利子は泣き叫んだ。利子の背中をゆっくり優しくさする。
「黙って眠らせてしまってごめんなさい。」
「帰りたい。なんでまだあんたがいるのよ。まだ帰れてないって事でしょう?早く帰してよ。」
利子は抱きつきながら、里桜の背中を叩く。
「帰る日が決まったよ。十二日に帰れるよ。日本に。」
利子は泣き続ける。
「でも、本当に良いのね?」
利子は声は発さないが、何度も頷く。
「わかった。どうする?また暫く眠る?それとも最後にこちらの世界を楽しむ?」
「眠らせて…苦しいの。悔しくて、悲しくて、辛くて。誰かに当たってないと保てないの。」
「わかった。じゃあ、横になろうか?」
利子は袖でゴシゴシと目を拭く。
「そんなことしたら、目が腫れちゃうよ。」
一つ頷くと、黙って横になった。里桜は利子の手を優しく握る。
「おやすみなさい。」
利子の顔はとても穏やかに眠りについた。
∴∵
「リオ
「ありがとう。マーガレット神官。では、出迎えに行ってくるから少しの間、部屋を空けるから、宜しくね。それと、私に敬称は必要ないから。」
マーガレットは一つ頷いて里桜を見送った。
里桜は神殿から王宮に向う渡殿を早足で進む。王宮のエントランスは何やら騒がしい。
「リナ、アナスタシア。」
里桜は二人に駆け寄った。思えば二人とこんなに長い時間離れていたのはこちらに来て初めてだった。
「リオ様。ご無事で何よりでございます。」
「アナスタシア、それは私のセリフ。二人とも、無事で良かった。」
里桜はリナとアナスタシアにハグをした。
「ロベール様。お帰りなさいませ。」
「本来なら、私が出迎えるはずだったのだが。」
「我が儘を聞いて下さり、ありがとうございます。」
ロベールは‘いいや’と言って笑った。
「フレデリック、アルフォンス。長い道のり、ご苦労様でした。あなたたちのおかげで、外遊中、恙無く過ごすことが出来ました。感謝してもしきれないほどです。心身共にゆっくり、しっかり休んで下さい。」
「勿体ないお言葉、痛み入ります。」
フレデリックとアルフォンスは貴人への礼をする。
「ヴァレリー、クリストフ、アシル、ブリス、モルガン。道中の護衛ご苦労様でした。あなた方のおかげで安心して旅を楽しむことが出来ました。あなた方の心遣いには何とお礼を言えば良いのか、感謝の言葉もありません。本当に道中ご苦労様でした。ゆっくり休んで下さい。」
第三小隊小隊長のヴァレリーを先頭に全員で礼をする。
「今日は、各々の上長からきちんとおやすみの許可を得ています。久し振りの自室でゆっくり過ごして下さい。」
そう話していると、後ろから足音がした。里桜が振り返ると、レオナールだった。一度二人の視線はぶつかるが、どちらともなく視線を外す。
「帰ったか。大義であった。みな、今日はゆっくりと休むがよい。」
レオナールは里桜の方を見ているが、里桜はずっと俯いたまま、顔を上げなかった。結局レオナールはそれだけ言うと、その場を後にした。それを合図にする様に他の者も三々五々その場を離れた。
∴∵
「としこさんをあちらの世界へ帰すことになりました。」
ロベール、シド、アルバート、レイベスを一室へ呼んで今までの経緯を話し、利子を日本へ帰す事になったと報告をする。
「それで、今トシコ様はどちらで?」
「王宮の客室で眠っています。」
「ずっと?」
「先ほども話しましたが、としこさんの感情はとても揺らぎやすく、本人もそれを怖がっています。ご本人に承諾を得て、魔術で眠ってもらっています。」
「そうでしたか。」
「では、明日までお眠り頂くと言う事ですか?」
アルバートが聞いてきた。
「今夜、目を覚まして頂こうと思います。色々と身支度をした方がよいかもしれませんから。」
「そうですか。」
「ロベール様とアルバート様は戻って早々の式になってしまい申訳ありません。」
「いいや。」
二人とも首を振る。
∴∵
里桜が神殿の儀式室へ入ると既にレオナール、クロヴィス、ジルベール、シルヴェストル、そして尊者四名がいた。里桜が扉近くに立つと、利子到着の報せがきた。
アナスタシアに伴われ利子が部屋に入ってきた。里桜の姿を見て抱きつく。里桜もそれに応える様に優しく抱きしめた。
「日本へ帰っても元気でね。」
「私だけごめんね。りおさん。本当ならりおさんこそ帰りたいよね。あっちには大好きな婚約者がいるんだもんね。」
静まった儀式室に利子の声が響く。
「大丈夫。私はこっちで生きていく決意をもうしたから。」
「りおさん。元気でね。色々本当にありがとう。」
里桜はニッコリと微笑んで利子を部屋の中心へ行く様に促した。里桜と利子は最後に目を合わせ、互いに‘じゃあね。バイバイ。’と手を振った。それは、‘また明日ね’と言葉が続く友達同士の挨拶みたいで、里桜はやっぱりここで出会っていなければ友達になれたのかと考えていた。
里桜が発動させた魔法陣は光を放ち、眩しくて目を瞑っているうちに利子の姿は消えていた。
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