第123話 利子と里桜 3

[やぁ。久し振りだなIris。]


 やっぱり。来たの?私たちの話聞いてた?


[久し振りなのに挨拶も無しとは、随分な態度だな。]


 ところで、何で?今日は陛下なの?


[今日は、ゲストに彼女がいるから。彼の姿を借りた。まぁ色々聞きたい事はあると思うけど、まず我の話を聞いて欲しい。]


 私も利子さんもあなたの説明が聞きたかった所だから。


[それにはまず、一つ映像を見てもらおうか。]


 えぇ?なんでテレビが出てくるの?


[だって、君たちはこれで映像を見ることの方が自然だろう?]


 まぁ。そうだけど。


[出演はトシコの兄と母。じゃぁどうぞ。]





 自分の後ろで、引き戸が開けられた感覚があり、振り向くと遠い昔に知っていた面影を残す老齢の女性が立っていた。


「やっぱり、あのお偉いさんの居眠り運転で死んだの、利子だったんだね。」

「死んでねぇよ。見れば分かんだろ。生きてるよ。」

「生きてんのか。」

「何だよ、母さん。何しに来た。」

「面倒はあんたが見てんの?」

「他に誰が見るんだよ。」


 顔に深く刻まれたしわはもう知っている顔ではないようだった。


「私も一緒に見てやるよ。とりあえず、お金の管理は私がするからさ。」

「小さいときに俺たちを置いて出て行っておいて、今更じゃあ宜しくなんて言うかよ。」

「こうなったら、目覚める事なんてないんだろう?もう諦めな。」

「なんで、そんなことが言えるんだよ。ちょっと胸に手を当ててやって。」


 手を掴んで、利子の胸に当ててやる。


「ほら、生きてるだろ?俺は治療をやめない。それは親父にも言った。実の母親の葬儀にも顔出さないで今まで何の連絡も寄越さなかったくせして、何なんだよ。ばーちゃんはさ、最後にアンタに会いたいって言って死んだんだ。俺たちのために一生懸命働いてくれて、親父に金せびられて、それでも最後に会いたかったのは実の娘のアンタだったのに。」


 青年は、真っ直ぐな瞳を向ける。


「言いたいことが金のことだけなら、もう出て行け。お前らはもうとっくに親なんかじゃない。頼るつもりなんてないから。頼むもう出て行ってくれ。」





[と言うわけで、実のところトシコは死んではいない。これは数時間前の出来事だから。]


 だって、洗礼式の時、死んだって。お葬式の映像も見られるって。


[それは…ちゃんとって言った。ちゃんと聞いていないから…それにトシコは?っと一言でも聞いていたら、生きていることを教えたのに。]


 チッ。そうね。私、聞かなかったよね。確かに。それじゃ…


[まず、トシコの魔力がまるで安定しなかったのは、あっちとこっちに存在するって言う特殊な環境に置かれてしまったためだと思われる。肉体は完全体であっちにあるのに、意識はこちらに来てしまっているから。]


 そんな事今までなかったの?


[基本は、召喚は一人だけにかけられる魔術で、今回の召喚術ではIrisが呼ばれた。ただトシコは事故に一緒に巻き込まれてしまっただけ。死ぬ運命だったのはIrisだけだった。過去にもそうやって巻き込まれて一緒に転生して来た人はいる。ただ、渡り人が来たのはエシタリシテソージャの百年前が一番最近、二人同時となると、エパナスターシの五百年前が一番最近。死ぬ運命ではなくても巻き込まれて亡くなっていたんだ。ただ、医術の進歩はすばらしくて、今回巻き込まれたトシコは命を落とさなかった。]


 …ふーん。なるほどね。私はこっちに来てから日本語が書けなくなっちゃって、だけどとしこさんは日本語で文章を書いていたの。それも半々の不安定な状態だから?


[この状況はあらゆる面で影響を受けている。感情の制御が利かないのも、そういった不安定さが影響しているのだろう。そこでだトシコ。キミはこれから先この世界で暮らしたいか?体があちらの世界からなくなれば、キミは完全体としてこの世界で安定的な魔力を手に入れ、感情も安定した本来のキミとして存在できる。]


 でも、お兄さんはとしこさんの治療を止めないって。


[彼に治療を止める判断をさせる事も我ならできる。さぁ、どうする?]


 私…あっちには私を心配してくれる人も何もないって思ってたけど…あんな風に思ってくれているなんて思わなかった。帰りたい。日本に帰りたい。


[しかし、あちらへ帰ったとしてもこちらでの出来事が消えてなくなる訳ではないぞ。トシコがハルピュイアを創造し、それによって十名もの命が奪われた。負傷者は重軽傷合わせ、五百四十七名いて、倒壊した家は三千二百六棟、街が一つ消える事になった。その記憶も出来事もあちらへ帰ったからとてなくなりはしない。これは、お前の言う小説やゲームなどと言う作り物の世界などではなく現実だ。朝起き、普通に暮らしていた人間がその日の午後突然として命を奪われた。重傷の者の中には五歳になったばかりの子供もいる。彼はこれからの長い人生を片腕がないままで生きなくてはならない。それも全て現実だ。トシコ、お前の引き起こした現実なんだ。その記憶を持ったままあちらで生きるのだ。それでも帰るか?]


 …。帰ります。


[わかった。Iris、帰還の術はここでは出来ない。Irisの力があれば十分に行えるが、出来るか?]


 転生当初に読んだ魔術書を覚えているから。…多分大丈夫。


[ならば、頼むぞ。]


 わかった。だけど、最後に少しとしこさんと話したいの。意識を戻すのはそれからでも良い?


[あぁ。わかった。ゆっくり話せ。]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る