第18話 転生十六日目 終

 元々、こちらに来てから、最低限の着替えくらいしかもらっていなかったのが幸いして、寮へ移動するのに掃除の時間も入れて二時間ほどしか、かからなかった。


「見えてきた建物が、寮でございます。」


 簡素な王宮の馬車で、少し走った所にその建物はあった。令和の日本人である里桜にとっては、世界遺産級の豪奢な建物、海外旅行など一度も行けなかったが、旅行で疲れ切るほど建物を見て回りたくなる気持ちも分かったような気がした。


「綺麗な建物ですね。寮には見えない。」

「そうですか?お気に召して頂けて良かったです。」


 門番は、馬車を見ると、門を速やかに開け、通してくれた。馬車は入り口近くに止まり、降りるとその大きさに驚く。


「ずいぶん大きそう。」

「神殿の聖徒だけではなく、王宮にお仕えする者も下働きまで含めてここに住んでおります。寮はこの他、近衛騎士団用と国軍用の寮が別々にございます。しかし、大きさとしては、やはりここが一番大きいと思います。」

「ようこそ。私は、寮監長のアルフレード・ディールと申します。」

「ディールさんですね。これからよろしくお願いします。」


 日本人の業。お辞儀をして、周囲を戸惑わせた。


「よろしければ、アルフレードとお呼び下さい。それでは、お部屋へご案内致します。」


 大理石の様な石造りのエントランス中央には、広く緩やかな階段がそびえる。その階段をゆっくりと登る。


「階段はこの他に二カ所、この中央階段は二階までしかありませんが、左右の階段は最上階の四階まで繋がっております。向って左手は女性棟、右手は男性棟でございます。」


 上り切ると長い廊下が現れそれを左に進む。ここはいわば、使用人たちの住まい、その割に乳白色の壁にある装飾が細かく、床は少し鈍た紅色の絨毯が敷かれている。その落ち着いた色合いが、高級感を更に醸し出している。その廊下の中頃、今までのドアとは装飾が違う木製の大きなドアの前にアルフレードは立ち止まる。


「こちらでございます。」


 開かれたドアをくぐると、既にアナスタシアが控えていた。その豪華な設えは、自分よりアナスタシアの方が、調和がとれているみたいだった。


「私は、エントランス右横の部屋におりますので、ご用の際はお呼び下さい。それでは。」


 アルフレードは、少し頭を下げ、その場を離れた。寮監と言うより、屋敷の執事のような佇まいを放心したように見ていた。


「リオ様、急なお引っ越しお疲れでございましょう?荷物の整理は私どもで致しますので、こちらでお休みになって下さい。」



「先ほど、王宮の侍女より聞きましたところ、渡り人様は神殿の聖徒となられるそうで、その寮にお住まいを移される事になったそうでございます。」

「寮?」

「はい。私たち侍女はお仕えの方たちのお部屋に控えの部屋がございますが、それ以外の王宮仕えの者や、神殿仕えの者は寮が用意されております。そこの相部屋にお移りになるようでございます。」


 利子はリンデルの方をチラリと見た。


「そうなの…相部屋?」

「はい。同じ頃に聖徒となる方と相部屋だそうにございます。」

「そう。それで、お茶は?明日で大丈夫なのかしら?」

「はい。そこは、変更がないようでございます。」

「わかったわ。」



「その赤の魔力を持った大聖徒が私の祖母で、この部屋がその祖母が使っていた部屋でございます。祖母は王女でしたが王宮から通う事を嫌がり、賜った領地もなかったので侍女を二人連れて寮へ入りました。なのでこの部屋には侍女用の部屋が二部屋ございます。私とリナさんはその部屋を使わせて頂きますので。」


 王女のための部屋か・・・神殿が家名関係なく序列を付けるにしても、さすがに他の聖徒や侍女たちとなんでも一緒には出来ないよね。


「由緒正しいお部屋なのに、私が使ってもいいのでしょうか。」

「リオ様にこそふさわしいお部屋ですよ。他に使える立場の聖徒がいなかったので、祖母が祖父に嫁いでこの部屋を出てから何十年も空き部屋になっておりました。」


 里桜は辺りをゆっくり見渡した。


「そう言えば、あそこにある階段は?下に行けるのですか?」

「実はここはお部屋の二階部分になっておりまして。一階には小さな厨房とリオ様の食堂、応接間、私どもの居部屋がございます。ここ二階はリオ様の居部屋、寝室、湯殿、化粧室がございます。居部屋がここですので、エントランスの階段より上がってきましたが、一階にも出入り口はございます。」


 さすが王女の部屋。全部ここに揃っているのか。


「陛下より、宮殿の料理人を一人こちらの専属として手配して頂けましたので、お食事も今まで通りお部屋で召し上がれます。」

「ここの寮の方たちは?どちらでお食事しているんですか?」

「大食堂が二カ所ございますので、そちらでございます。」

「じゃあ、私もそちらで頂きます。専属料理人だなんて。申し訳ないです。」


 リナは大きく首を振った。


「いいえ。リオ様、こちらに来てつい先日、体調不良を起こしたのをお忘れですか?あれは、食べ慣れない山羊の乳製品を食べ続けたせいでした。」


 そうだった。すっかり忘れていたが、異世界ここの乳製品の乳は山羊で、チーズもバターも独特の癖があって私にはちょっと合わなかった。

 それを二週間無理に食べ続けたせいで、重度の胃もたれを起こし、胃けいれんを起こしてしまった。それがあってから、リナさんは私の料理に乳製品を使わないように指示していた。


「どちらの食堂も二種類の食事の中から選ぶ形になっておりますが、大勢のための大量の料理ですから、リオ様に合わせて作る事は無理ですし、こちらの料理はどの料理も乳製品を使っておりますので。」


 そう、その、チーズやバターが沢山使われた料理に油負けしたんだ…今は、オリーブやブドウの種から作った油を使ってもらっている。この世界の料理が私には重い。


「そうでした。陛下のお言葉に甘えて、専属の方に作って頂きます。」

「あまり、気に病む事はございませんよ。過去の渡り人様や救世主様の中には、雑穀しか召し上がらないとか、牛しか召し上がらないとか、史書に色々と記載されております。食の違いは、召喚をする際に織り込み済みでございますので。」


 そう、あとは、この世界でお米が雑穀になってしまっている事。多分気候に合わなくて、沢山作っていない上に、きっと品種的に日本米より、タイ米やインディカ米に近いようだ。そんな事で、家畜の餌になってしまっている様子。

 ご飯食べたい。熱々ご飯にすじこ。食べたい。


「ありがとうございます。皆さんが、心遣いをして下さるおかげで、私、ここでの生活が不安ではなくなってきたんです。本当に、ありがとうございます。」

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