無欲の人間

トマトも柄

無欲の人間

 私は欲が無いと言われている。

 生活が出来ればなんとかやっていける、そう思っているのだ。

 出世とかも特には考えていない。

 普段から上司に怒られ続けているから出世は無いであろう。

 その状態が毎日続いていたのだった。

 ある日、弁当屋で買った弁当を食べていたのだが、食指が動かなかったのだ。

 目の前にあるのはハンバーグだ。

 私はハンバーグはむしろ好きな方の食べ物だ。 

 嫌いになった訳では無い。 

 けれど、食べたいと思わなくなってきたのだ。

 そこから食欲がどんどん湧かなくなり、サプリメントを摂るようになった。

 食欲が湧かなければどこかで栄養補給をしなければならない。 

 私は一時的なものだと思いそのままにしていた。

 そこからは食事は最小限に留めるようになった。

 そこからしばらく経ち、趣味でやっていた事に興味が湧かなくなってきた。

 家に帰ったら何もせずにただ座っている。

 何もしない時間が増えていった。

 テレビも見ない、本も読まない、ただ何もしない生活になっていた。

 生活をするには金がいる。

 なので、生活費のために趣味の物を売り始めた。

 買取業者の出張サービスなど様々な売り方があったため、趣味で使っていた物を買い取って貰った。

 金にはそこまでは困っていなかった。

 けれど、興味がどんどん薄れていったのだ。

 仕事をして生活が出来ればいい、そう思っていたのだ。

 私の部屋の空間が広くなったのだ。

 休みの日はただ座って壁を見つめる。

 何も無い壁を見つめる……そんな生活が暫く続いていた。

 どんどん感情が失っていく。



 私は上司に呼ばれ怒られた。

 クレームが会社に入ったためだ。

 内容が感情が感じられなくて怖いという事らしい。

 上司が怒っている説教をただ私は見つめていた。

 音にも反応せず、わき目も振らず、ただ上司をまっすぐ見ている。

 その上司はその態度に腹を立てたのか私に張り手を喰らわせた。

 私は張り手を喰らって首が衝撃で曲がったのだが、私はすぐに向き直した。

 そして見つめた。

 先程と同じようにまっすぐ見た。

 上司はそれに恐怖したのか説教はここで切り上げになった。

 私は言った通りにしただけだ。

 怒られる時はしっかり見ろ、上司の言われた言葉を実行しただけだ。



 そして、とある日。

 私は通行している途中で交通事故に遭った。

 吹き飛ばされた時の記憶は無いが、かなり吹き飛ばされたというのは分かる。

 左腕の感覚がおかしい。

 どうやら動かすのはキツイみたいだ。

 そこで携帯電話が鳴り響く。

 上司から早く来いという電話だった。

 トラブルで今すぐには行けないと言ったが、関係無いから来いとの事だった。

 私は血塗れになった携帯電話をしまって、血の滴を垂れ流しながら会社に向かった。

 私が会社に戻ると悲鳴が起こった。

 それはそうであろう。

 青いスーツは血で変色した状態、袖からは漏れるように血が落ち、顔は見えないが触ると大量の血が付いてるってのは何となく分かる。

 その状態で会社に来いと言われたのだ。

 言う通りにするしかあるまい。

 周りからは何があったと聞かれたが、私はトラブルに遭ったけど会社に戻れとの連絡で戻ってきたと伝えた。

 会社は慌てて対応しているが、私にとってはどうでも良かった。

 実際に仕事はやらなければならない。

 それがどんな状態であろうとやらないといけないのだ。

 上司もやってきたが、顔色が真っ青になっている。

 私は聞いた。

 次の仕事は何でしょうか? 今すぐ行けますと。

 上司は青ざめて体を震わせている。

 私は話を続けた。

 トラブルなんか関係ないから戻って来いと言われたから戻ってきました。 次の仕事はなんでしょうかと再び聞いた。

 皆が全員沈黙の状態になっており、何も私に答えようとしてくれなかった。

 そこで上司の口が開いたと思ったら病院に行って来いとの事だった。

 私はここで今、緊急の仕事があったのではないのですか?

 と聞いたのだが、上司は震えてそれ以上何も答えなかった。

 私は何も聞けないと思い、自分の足で病院に向かった。

 病院に着いても悲鳴を聞き、ここも悲鳴を上げられるのかと思いながら診察に向かう。

 向かおうとした瞬間に手足を拘束されて緊急搬送されたのだ。

 私はたいした事は無いと言うが、周りは一切聞かなかった。

 そこで私は入院する事になったのだ。

 

 

 入院中に上司がやってきて辞めてくれとの話でやってきた。

 私はまだ働けますよとは言ったのだが、上司は震えた声で頼むから辞めてくれとしか言わなかった。

 私は会社に都合の良いように書き換えられて、自主退職という事になった。

 そこから私は入院生活になっていった。

 けれどやる事がなく、何もしていない。

 ベッドの上でただ天井を見つめている。

 そんな日常を過ごしていた。

 そこで私は気付いた。

 入院しているという事は入院費がかかるという事である。

 私がこうしている間にも費用はどんどん増えていく。

 そして、この入院生活で生活の資金が底をつきかけていた。

 私は入院しながらでも稼げる方法は無いかと探したが、結局見つからなかった。

 そうこうしている内に資金は完全に底をつき、私に支払う能力が無くなった。

 そして、これ以上払う事が出来ないと私は判断し、私は黙って病院を出た。

 病院には書き置きに金が無いと一言書き、入院費を置いてきた。

 金が無ければ治療を受ける資格は無い。

 私はそう考えている。

 ただ、何もする気力が湧かず、何も行動できず、何も考えれない人間の価値はちっぽけなものであろう。

 私の手持ちの金はごく僅かな物である。

 私も何故買ったのか分からないが、その僅かな金でロープを買っていた。

 そして、私はふらりと歩いていた。

 どこにも行く予定が無く、何をする目的も無く、ただ歩いている。

 今持っている物は右手に持っているロープだけである。

 そこから私に出会った人は誰も居なかった……。

 私は何がしたかったのだろう……。


 

 

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無欲の人間 トマトも柄 @lazily

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