第21話 甦った狂王

 国境線近くで待機しながらランギルの方を見ると、こちらでは晴れているのに、向こうは雨がしとしとと降り続いている。見慣れて来た光景ではあるが、不思議なものだ。

 イミアとルイスは、並んでそれをぼんやりと見ていた。

「土石流の痕もそのままね」

 ランギルからカレンドルに来る時に起こった土石流は、ランギル側で起こっていた。なので、それを何とかする余裕もないランギルはそこをそのまま放置しており、国交断絶までの間にいくらかこちら側に逃げ出して来る人々が付けた道らしき窪みが、わずかに残っている。

 少し前に、オリストマン王国が首都まで攻め込まれたらしいと知らせが入った。雷が軍の陣の中や主要な建物に落ちて混乱した隙に進撃していくらしいと伝え聞いている。

 時間を考えて、そろそろここに現れてもおかしくはない。それでカレンドルの軍は、警戒を強めていた。

 と、イミアは神威を感じ取って立ち上がった。

 同時に、見張りをしていた兵がランギルから近付いて来る軍列を発見した。

「来たか」

 クライは立ち上がり、イミアを見た。

「やっぱり」

「だめですよ。指揮官が先頭に立つなんてどこの蛮族ですか。後ろから指揮するものですよ」

 一緒に行くと言いかけるのを、先に封じる。

 クライはムッと口を引き結んだ。

 それにイミアは笑い、

「では」

と前に進んで行った。

 段々はっきりと見えるようになって来ると、イミアもほかの兵も、目を疑った。

 先頭に立つのは、アレクサンダーだったのだ。

 剣が得意というわけではなく、どちらかと言えば「実際に剣を振るうのは兵士だ」と訓練をさぼり倒すくらいだったのは、割と知られた事実だ。それに、危険な場面では、臆面もなく後ろに隠れているタイプだ。

 その上、軍とは言え、兵士と破落戸の集まりのようなものだった。

 どういうことだと怪訝に思うのは普通の兵士達だったが、イミアは別に意味で眉をしかめていた。

 確かにそれは、アレクサンダーの姿をしている。

 しかしそれは別のモノが憑依していた。

「アレクサンダーに祟り神が寄り付いた?そんな体質ではなかったけど……乗っ取られてる?」

 考えている場合でもない。イミアは考えるのはやめて、神を呼び、降ろした。

 アレクサンダーは国境の手前で足を止め、それにつれて、軍列も止まる。

 アレクサンダーは自信たっぷりに笑っていたが、神を降ろしたイミアに目を留めると、目を眇めた。

「カミヨか──!あの時は不覚を取って封印されたが、今度はそうはいかん。ムフタングスとオリストマンでたっぷりと怨嗟と血を取り入れたからな。

 何より、この者の嫉妬、絶望、恨み、羨望は心地よい」

 そう言ってニヤリとする。

「アレクサンダーに依り付いた──いや、単に憑りついただけか。それで、何をしたい」

 神を依り付かせた状態でイミアが訊くと、アレクサンダーは歯を剥き出しにして嗤った。

「決まっている!この世を戦乱で満たすのだよ!嘆きと怨嗟と絶望と嫉妬!想像するだけで楽しいではないか?心地よいではないか!あーっはははっ!」

「狂っている。狂王だけあるな」

 アレクサンダーは前触れもなく腕を頭上に上げ、同時に雷が大音量で降って来た。

 しかしそれは、全てがイミアの前で弾かれた。

「ほう?」

 更に勢いと数を増した雷が落ちる──が、それもまた弾かれた。

 アレクサンダーとイミアは涼しい顔で睨み合っているが、ほかの皆は耳を押さえたりへっぴり腰になっている。

「これ以上は許しません」

「もう2度と不覚は取らん」

 立て続けに落雷が発生しては、弾かれる。

 こうして戦いの幕は切って落とされた。





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