第20話 カミヨ

 城では今後のための話し合いで王や大臣、官僚がしかめっ面で顔を突き合わせていたが、ルイスが「その事と恐らく深く関係している話」を至急したいと言えば、王への面会が叶った。

「カミヨがランギルで果たしていた役割を全てお話しておくべきかと」

 ルイスは真面目な顔で切り出した。

「国家行事としての祭祀を執り行っていたんだろう?他にも?」

 王が訊くが、イミアもルイスの隣でキョトンとしていた。

 あくまでもイミアは巫としての役目をしていたのであって、本筋のあれこれは、当主となったルイスしか知らされていなかった。本当なら、イミアが結婚する時に知らされる事になっていたのだ。

「そもそも、ランギル帝国の始まりに遡る話となります。

 ランギル帝国のあった所は、ご存じの通り、オルドナ王国がありました。狂王が圧政を敷いた挙句、臣下も国民も殺し、最後に残った臣下に殺されて国が滅んだのは史実として知られている話です。

 しかし知られていない話があります。

 狂王は確かに死にましたが、悪霊と化してしまったのです。そして無残に命を落としたたくさんの臣下や国民の無念の思いを吸収し、祟り神となったのです。

 それをどうにか封じたのがカミヨの祖先と初代皇帝で、封じた場所は城の奥の祭祀場。毎年ここで祭祀を行い、この祟り神の封印を解けないようにかけ直して来たのが我がカミヨの役目です。

 皇族の、カミヨの者を母か妻にする者だけに皇帝になる権利があるのは、封印をより強固に維持する事にもなるためでした。

 しかし御存知の通り、我がカミヨ家は国を出ました。それだけではまだ封印は解けなかったはずですが、祭祀場で何か不測の事態が起こり、封印が解かれた可能性があります。

 雷を落とすのは、この祟り神のやり方だったそうですから」

 ルイスは一気に説明をし、大きく息を吐いた。

 聴いていた皆は、黙って内容を脳内で反芻し、そして口々に声をあげだした。

「じゃあ、もう一度封印できるのか?」

「カミヨの者がランギル帝国を出たから起こった戦争だというのか」

 それに、クライは鋭い視線をやった。

 しかし異議を唱えるよりも先に、王が口を開く。

「再度、封印はできそうなのか」

 ルイスは考えながら、答えた。

「かなり難しいかと。オルドナの悪意や絶望を具現化したものだった時にはどうにかなりましたが、ムフタングス公国でも悪意を得ている可能性もありますし、なぜ甦ったのかのかもわかりませんから。

 どうにかできる可能性としては、神を依り付かせて力を借りる方法しかないと考えます」

 そこでイミアは、自分が一緒に連れて来られた理由を知った。

 神を依り付かせる事ができるのは、自分しかいない。

「待て──」

 クライが言いかけたのにかぶさって、イミアが言った。

「わかりました。国境付近で待機して、その時が来たら神を降ろします。

 それともこちらから攻め入りますか」

 クライがギョッとしたようにイミアと王の顔を見るが、王は気付かないように口を開く。

「こちらからは仕掛けない。待機していてくれ」

「はい、わかりました」

「軍も国境付近で待機させろ。攻めて来るのは祟り神だけではない。普通の兵士もだからな」

 方針は決まった。

 その後いくらか打ち合わせをして退出したルイスとイミアだったが、それにクライとロッドが追い付いた。

「待て!」

 ルイスとイミアは足を止めて振り返った。

「国境に行くなんて本気か?ありったけの武器を使えば、何とかなるんじゃないのか。教会の手を借りるとか」

 そんなクライの言葉に、ルイスはひっそりとした笑みを浮かべた。

「殿下、無理ですよ。それができるなら、もうとうに封印されているでしょう」

「しかし、そんな危険な事をさせるなんて……そんなつもりでこの国に誘ったんじゃない」

 それにルイスもイミアも頷いた。

「わかっていますよ。ありがとうございます。

 しかし、アレをどうにかしないと、ここにも攻めて来るのは間違いありませんしねえ。

 まあ、イミアに危ない所を担わせるのだけが、兄としては忸怩たる思いが致しますが……」

 それにイミアがフンと鼻を鳴らす。

「なあに言ってるの、兄さん。兄さんだって倒した後は封印するためにそこにいないといけないんだし、おんなじじゃない。

 それにね、クライ、ロッド。この国に来て良かったわ。ありがとう。この国が気に入ってるの。だから私達にできる事をするだけだから、気にしないで」

 クライとロッドは顔を歪め、唇を噛む。

「さあ。祟り神を殴りに行こうかしらね、兄さん」

 ルイスとイミアはそう言ってその場を後にする。

(この国を、好きになんてさせるわけには行かないわ。私はクライの隣に並べなくても、私がクライの未来を守ってみせる)

 オリストマン王国がほぼ陥落したのは、ちょうどその頃だった。





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