第16話 開国記念日
社交の場として、パーティーが執り行われる。
個人的なものなら、誰それのお祝いだとかちょっとした仲間内のものだとかがあり、出席者や主催者との付き合いの程度や関係性を考えて出席も欠席もできる。その場合のメリット、デメリットは抜きにしてだが。
しかし、貴族や上級官僚や一部の部署などは基本的に出席義務のあるパーティーもある。
まさに今、それが行われていた。開国記念日を祝うパーティーだ。貴族のほかにそこそこの役職に就く公務員と、いくつかの部署のメンバー全員が出席する事になっている。
しかし、貴族とそれ以外は一応分かれているが、クライが責任者を務めるこの部署は、ちょうど貴族と公務員の間にテーブルがあった。
「あなたが、噂の……」
「随分と控えめでいらっしゃること」
「こんな所は居心地が悪いのではなくて?」
「もう退出なさってもよろしいわよ」
「ええ、そうですわ。殿下も煌びやかでいらっしゃることですし、無理はなさらずに」
イミアを囲んでおほほと笑う彼女達を、ほかの令嬢、子息、その親達も横目に窺っていた。
「あれがイミア・カミヨか。地味でパッとしないな」
「殿下のおそばにいると言っても、そいう意味はないんじゃないか?」
「あれだもんな」
そんな、一応声は潜めてはいるものの聞かせる気満々の声も聞き、イミアは内心で、
(どこも貴族っていうのは一緒ねえ)
と呆れるやら感心するやらだ。
(はっきりと言えばいいのに、回りくどい。地味、浮いてる、帰れ、殿下に近付くなって。
それにしても、取り入ろうと必死ねえ。まあ、クライは王子でなくとも顔はいいし頭もいいし剣も強いし、もてるだろうなあ。
私ごときがそんな勘違いも野望も抱いちゃいないのに。ご苦労様)
そう考え、わずかに痛む胸の痛みに気付かないふりをして、別に出席したかったわけではないし義務は果たしたと、イミアは帰る事にした。
何か一言必要かと思ったが、彼女らは自分のアピールポイントを自慢して牽制し合うのに忙しそうなのでもういいかと、そっと離れた。
と、彼女らが突進してきた途端に料理屋飲み物を取りにこの場を離れて行った同じ部隊の仲間達が、戻って来た。
「お疲れ、イミア」
「ほんと、お疲れですよ。貴族っていう生き物はどこの国でも変わりませんねえ」
イミアは柑橘系の果物を絞ったジュースを飲んで肩を竦め、
「まあ、これでこれからは地味だから問題なしとスルーしてもらえるでしょう」
と締めくくった。
「どういう予測よ」
同僚は言葉を探して見付からずにそう言った。
「殿下の方も大変そうだな、毎度」
別の同僚が言い、視線の先へと皆で目を向けた。
クライを妙齢の女性達が取り囲み、アピールに忙しい。それをクライは儀礼的な笑顔でどうにか聞き流し、逃げ出す隙を窺っているのがありありとわかる。
「何というか、上級貴族の令嬢って言っても、歴戦の狩人みたいな目付きよね、あれ」
「親も必死で娘を売り込んで来るしな。いやあ、俺は平民で良かった良かった」
「国が変わっても、考える事は変わらないですねえ」
「ま、我々は公費で宴会だと思って楽しみましょう」
そう言って、グラスを掲げて乾杯をした。
ようやく令嬢達の群れを振り切ったクライとロッドは、人波を盾にちらりと彼女達を振り返った。
「ファッションやら芝居やらに興味はないと言ってるだろう。チッ」
クライは舌打ちし、それをロッドが軽く咎めた。
「殿下。舌打ちはダメです」
「わかってる。
イミア達は」
「イミアに絡んでいたお嬢様方も今はすっかり興味を失われたので、皆様、宴会を楽しんでいらっしゃるようですよ」
ロッドの視線の方へ目をやると、イミア達同僚が料理を突きながらグラスを傾けているのが見えた。
「……楽しそうじゃないか。俺がこんなに苦労しているのに助けにも来ず」
クライは恨めしそうにブツブツと言った。
「はっきりと婚約でもすれば、突撃される事はないんじゃないですか」
ロッドが澄まして、父親達と同じような事を言うのに、クライはうっと詰まった。
「いや、そうだろうけど……」
クライは恨めしそうな顔で同僚達を見ている。
「デートに誘ったりとか」
「誘った。そうしたら、気が付けばいつの間にか次回の発掘調査の遠征計画を練っていた」
クライは無念そうに声を振り絞り、ロッドは天井を仰ぎ見た。
「まあ、地味とか言われ続けて、そういう誘いに無縁だったんですね。
殿下も、誘う経験なんてないですもんね」
(王子がナンパに慣れているのも問題だけど、もうちょっと何とかしておくべきだった)
ロッドはやや反省した。
「まあ、再度挑戦しましょう」
「ああ」
クライとロッドは、部下達のテーブルに足を進めた。
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