第8話 勇者、他国に赴く【4/4】または「その蜂蜜には蛇の毒が混ざっている」

「ふわぁーーーーっ」

 馬上で揺られながら、ほとんど眠りかけているのは、魔法国使節団外交特使、勇者ファラーマルズである。


「もう! 気が抜けてます!」

 それに注意するのは、同じく外交特使を任された勇者ノーマ。


 早朝に王国を出発してから、すでに3時間が経過している。

 特に、やることがないのだ!

 移動中にどうしても暇になるのは、無理からぬことであった。


「いやぁ、昨日の夜な、駄女神めが夢枕に立ってのう。些末なことをクドクドと。なかなか眠りが浅くてな」

「あぁ、いや、気にせんでくれ。それこそ、些末事よ」


「(え!? もしかして女神様の御神託を受けたの!?)」

「(でもなんか、ここで大騒ぎしたら、スゴいって認めるみたいでなんかムカつくから、適当に流しとくか)」

「あーっ、そうね、夢枕にね。そうそう、たまにね。そうね。ふーん」


「うむ、そうなんじゃよ。ふーん。なんじゃよ。暇女神めが」

「駄女神から暇女神にランクダウンじゃな。ふぁーーあっ」

「寝るわ」


「もう! 気が抜けすぎですってば。ていうか、馬から落ちちゃいますよ?」


「余が何年馬と過ごしたと思っておる。さては、余の馬愛を知らぬな?」

「馬とともに生きるうえで、馬上での睡眠で落馬などせんわい」


 ノーマは、心底どうでもいいと思った。

 すでにファラーマルズは、器用にも馬上で姿勢を固定したままに眠り始めている。


 この時間を利用して、これから彼らが赴く魔法国についておさらいしておこう。


 魔法国。

 より正式には、トゥーラキア魔法共和国。

 女神を認めながらもその奇跡に依存することを否定しており、『竜の勇者』の召喚は行っていない。

 女神に関して言うならば、女神を信奉する「王国」、女神を否定する「帝国」の間に位置する、中庸的思想をもつ。


 最大の特徴は高い魔法技術にあり、磨かれた魔法技術の一般社会への普及によって発展を続けている。


 王政が一般的なこの世界にあって、珍しくも共和制を採用していることも特徴の一つだ。

 ただし共和議会は、世襲制の貴族院、ほぼ世襲制の元老院、長命種ばかりが所属しここ数百年は代替わりしていない枢密院によって運営されており、民主的かどうかには疑問が残る。


 人間、エルフ、ドワーフには寛容だが、オーガやゴブリンは排斥されている。

 聖光経典の創世記や巫術師の神託によれば、女神ディルは「人間、エルフ、ドワーフ、オーガ、ゴブリン」の5族を人類種として認めている。

 このことから、魔法国は女神の言葉よりも「実利」をとっていることが分かるだろう。


 その成立は、およそ5000年前に遡る。


 邪悪で強力な古代竜がおり、その古代竜をハイエルフの勇者が倒した。

 そのハイエルフの勇者は、竜が溜め込んでいた財宝を自らの物とし、なおかつ周囲にも分け与えた。

 それによって豊かになった地域が生まれ、その地域を中心として国家が成立したというのだ。


 ドワーフの寿命は300歳程度で、人間のおよそ5倍。

 エルフは1000歳で、およそ17倍。

 ハイエルフに至っては1200歳で、およそ20倍。

 だとしても、もはや当時のハイエルフの勇者は生きてはおらず、その子孫が代替わりを続けながら枢密院の中心に居座っているとか。


 ちなみに、ハイエルフと言っても、エルフと完全なる別種なわけでも、エルフの上位種なわけでもない。

 エルフたちの故郷たるエルフェイムには魔力を含む川が流れている。

 そのエルフェムにおいても、川の上流は特に魔力が濃い。

 川の上流に住むエルフたちは、自然と魔力の影響を強く受け、性質が変化するのだという。

 彼ら「上流に住むエルフ」のことを、「かみのエルフ」、すなわちハイエルフと呼んだのだ。


「エルフ、かぁ。早く会ってみたいなぁ」

「映画で見たみたいに。アニメで見たみたいに。カッコイイといいなぁ」

「ふっ、ふへっ、ふへへへっ」

 ノーマは、かつてはどちらかというとアニメやマンガが好きで、どちらかというと儚げな美青年が好きであった。

 うつむきながら、とても青少年にはお見せできぬような淫靡いんびなニヤつきを浮かべている。


「よいぞよいぞ。そうやって妄想しておれば、直に着くじゃろう」


 我々が魔法国についておさらいしている間に、けっこうな時間が経過していた。


「んなっ!? 起きてたんですか!?」


「起きたんじゃよ、たった今。誰かさんの荒い鼻息でな」


「ふ、ふへっ」


 そこへ、随従している使節団の支援隊長が声をかける。

「お二方!」

「そろそろ日が暮れます。野営の準備をいたします」

「予定通りの行程ですね。今日は野営ですが、明日は魔法国外縁の宿屋街に辿り着くでしょう」


 慣れた様子で、支援隊員たちが野営準備を始める。

 天幕を張り、馬たちを休ませる。

 貴重な収納魔法の使い手も随行しているようで、思ったよりも物資に余裕はある様子だ。


 ファラーマルズは、自分の馬に水と飼葉を与えていた。


「それにしても。勇者様の馬は、すごいですね」

 隊員の一人が、野営の準備をしながら話しかける。

「見たこともないほど美しい馬で、しかも私が知るどの馬種よりも強い」


「そうじゃろうそうじゃろう。余の自慢の馬じゃからな」

「余の故郷でも優れた品種とされる、アラブ馬だよ」

 なんということだろう。

 ファラーマルズは、人間には一度も見せたことのない慈愛のまなざしを馬に向けている。

 彼は馬が好きだった。

 権力闘争に明け暮れた若い頃も、王になり国を牛耳った頃も、常に馬に乗っている間だけが自由な時間だったからだ。


「今日はありがとうな。ゆっくり休めよ」

 飼葉から顔を背け始めた馬の様子を見ると、ひとことねぎらいの声をかけ、勇者は馬専用の収納魔法によって自分の馬を取り込む。


「そなたらもご苦労だったな。明日も朝早く、行程もまだ半ばにも満たぬ。しっかりと休養せよ」


「はっ!」


「それからノーマ。エルフの妄想でもして傷みを忘れ、尻を冷やしておれ」

 慣れない馬上での行軍は、尻に大きなダメージがある。

 内ももが筋肉痛になるともいうが、勇者であるノーマにはそこまでダメージはない。

 しかし馬の乗り方を知っていないと、尻をいてしまうのだ。


「う、うるさいですよ! あいたたた……」

 うつ伏せになり、尻を濡れタオルで冷やしているノーマがいた。

 いかな勇者の頑強な肉体とはいえ、慣れぬことは慣れぬのだ。れれば痛い。自明であった。


「服の上からではなくて、直接尻を冷やせばよかろうに」


「誰がっ! あなたの、ていうか、隊員のみなさんの前で、お尻を丸出しにしますか!」


 寝ずの番も立つし、安全な道を通っているので野党の類やモンスターも少ない。

 何かが出ても、すぐさま精鋭の支援隊員が片付ける。

 ファラーマルズもノーマも何もすることなく、無事に行程が進んでいった。


 2日目にはノーマも慣れ、尻に受けるダメージは大幅に減っていった。

 3日目には、完全にノーダメージになったと言えよう。


 4日目には、魔法国外縁からかなり進み、共和国中心部の直前に宿を取った。

 すでに、エルフやドワーフをかなり見かけるようになった。

 初めてエルフを見た際にノーマは大興奮だったが、すぐに慣れたのか、この頃にはたまにニヤつく程度になっていた。


 5日目、宿を出発するとすぐさま共和国の中心部に進んでいった。

 使節団到着の一報を入れ、議会の代表たちと会談を行うのだ。


 これから恐ろしい騒動が巻き起ころうとは、少なくともノーマは思いもよらぬだろう。

 ファラーマルズは、その予感を感じ取っている。

 少なくとも、自分で大騒動を起こしてやるつもりでいるのだから。

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