第4話 王都炎上、その後【2/2】または「戦乱の時代が始まる予兆」

「そうか。ユウマの隷属魔法師は、見つからなかったか」


「はい。その魔法師の家族も、血縁の近い親戚もすべて、忽然こつぜんと姿を消しています」


「あらかじめ『竜声』で連絡を取り、密かに連れ出していたか」

「それとも、脅迫したか。あるいは暗殺でもしたか」

「とにかく、隷属魔法師からユウマを追うのは難しくなったな」


「そうですね。隷属魔法を起動させて処罰を与えることも、同じく無理でしょう」

「まさか、このような形で隷属魔法の弱点が晒されるとは」


「いや、これはかなり初期から警告されていたことだ」

「ユウマは、隷属当初はかなり魔法の条件について嗅ぎまわっていたからな」

「思えば、その頃から叛意はんいがあったのかもしれんな」


 王都では現在、王都襲撃事件の事後処理が行われている。復興作業と調査だ。

 さまざまな機関から召集された調査員たちが、事件資料を読み解いている。


 王都が襲われた一連の事件は、ユウマが『竜声』で手引きしたグルマジアの特殊部隊、金で雇ったならず者や傭兵、そしてウダイオスと彼が生み出した竜牙兵によって引き起こされた。

 だがグルマジア特殊部隊は身元を辿れないように細工がしてあり、また、ほとんど死体や証拠が残っていない。


 結果的には、王国内のならず者や傭兵、そしてユウマとウダイオスが起こした事件に見える。

 つまり、国内だけで完結した事件のように感じられてしまうのだ。


 無論、繊細な動きや工作ができる軍関係者の存在なくば、ここまでの規模で襲撃事件を起こせはしまい。

 グルマジアが関わっていることは、公然の秘密というよりも、もはや証明できないだけで事実であると認識されてすらいる。

 しかし、証明できないものは証明できないのだ。公式にグルマジアを非難することも不可能である。


 結果的に、大司祭の手の者である『竜の勇者』ファラーマルズとノーマが事件解決に大きく役立った。

 しかし、事件の根底には大司祭の子飼いの勇者、ユウマとウダイオスの反逆がある。

 そして、国王直属である竜騎士ドラグーン隊も暴徒と化したならず者たちや傭兵軍団を制圧するために貢献していた。


 大司祭派と国王派が事件を解決しており、原因は大司祭派にある。

 この事件で、大司祭派は大きな痛手を負うことになった。


 国王派は、これを機に聖光教会の大司祭が属する啓示けいじ派を叩くだろう。

 敵対派閥である神家かみのいえ派もそれに便乗するのは火を見るより明らかであった。

 国民感情も、国王賞賛に傾いてはいるものの、教会に対する不信感を隠さなくなっている。


 また、大司祭派による『竜の勇者』への隷属魔法の行使も二つの意味で問題視された。

 非人道的である、という点が一つ。

 もう一つは、まったく反逆防止にならない無駄な施策だった、という点である。


 大司祭派の勇者ノーマは、勇者信奉者と聖光教会の派閥無所属の神官による抗議の末、正式に国王の部隊へと転属となった。

 すでに彼女の隷属魔法師は事件の最中さなかに殺されていたため、スムーズに事が運んだという。


「はぁー、長年かけて築いた派閥が……もうおしまいだぁ」

 悲嘆に暮れるのは、大司祭である。


「何を言うか。余とそなたの啓示けいじ派と神家かみのいえ派の同盟は……いや、新たなる『聖家せいなるいえ派』は、盤石である」

「なにしろ、余がいるのだからな」

 勇者ファラーマルズは、何食わぬ顔である。

 むしろ、何か嬉しいことでもあったかのようだ。

 いや、実際に彼にとって、嬉しいことがあったのだ。


「ウダイオスとやらの“スパルトイの秘術”は、実にいい。余の魔術に馴染む」

「あらゆる悪魔や妖精から魔術を教わったが、知らぬ種類の魔術であった」

「それに大司祭、そなたの近辺には、ウダイオスとの戦いで余が生み出した蛇人兵をつけてやっているではないか。戦力増強だ」

「それに……この国では、若者の脳を食うと怒られるらしいからのう」

「高い再生力をもつウダイオスから毎日頭をもぎ取ってやれば、怒られずに脳を手に入れられるわい」

 ふとファラーマルズの脳裏に、かつての悪神との会話がよぎる。

 拘束されたままで内臓を食われるが、神なので再生するため、苦痛が終わることがなく毎日食われ続けるという。

 たしか、プロメテウスだったか。

 プロメテウスも、ギリシャにゆかりがある神。

 ギリシャの一地域であるテーバイ出身のウダイオスと、なにかえんを感じる。

 ウダイオスは、の神と同じような境遇になったな、と思った。


 ファラーマルズは、物思いにふけりつつ、食事を終わらせた。

 両肩の蛇の頭が、料理を平らげ、皿を舐めている。

 すなわち、ウダイオスの脳を調理した料理を食べ終わったのだ。

 本来は2人分の若者の脳を食べたいのだが、無いのだから仕方がない。

 やむを得ないので、ヤギの脳を混ぜて量増かさまししてある。


 両肩の蛇の口で食事を楽しみつつ、真ん中の人間の頭で大司祭と話していた。


「手勢から3人もの『竜の勇者』を失って、国王にも目をつけられ、神家かみのいえ派は増長して」

「もう、これ以上の最悪はありませんぞ」

 大司祭は、勇者にではなく空に向かって愚痴った。

 勇者に言ってもムダだからだ。彼は、常識が一切通じない。きっと今まで、数々の困難を力でねじ伏せて来たし、これからもそうするのだろう。


「なにを言うか。まだまだ始まったばかり、これからがおもしろいというのに」

「かつて余は、暴虐の王から王位を奪い、国を奪い、2人の娘も奪った」

「1000年も王位についていたのに、最後は敵に倒されて山につながれたのだぞ」

「しかも、我を倒した憎き敵、フェリドゥーンのヤツめには、1000年も添い遂げた妻2人を寝取られるし」

「妻たちは、余には見せたこともないような桃色の頬を勇者に向けておった」

「何なら、余の悪口を勇者に告げ口しておった。1000年じゃぞ!? 1000年も一緒にいたのに、そんなのあんまりじゃないか!?」

 顔を真っ赤にさせて怒りながら、勇者ファラーマルズはまくしたてた。

 普段は偽名であるファラーマルズを名乗ってはいるものの、このときばかりは本性の「ザッハーク」が前面に出てしまう。


「不幸自慢なぞけっこうですぞ、勇者様。勇者様は勇者様の不幸で落ち込んでいてください」

「その代わり、私は私の不幸で落ち込ませてくだされ」

「だいたい、1000年だろうが1年だろうが、若い男に惚れ直せばそんなもんですぞ、たぶん。」

「それに、私は厳格な派閥の聖職者だから女なぞ知りませんし」

「……あと、なんでもいいですが、勇者様といい周りの人といい、ずいぶん長生きですな」


 いつもの鉄板ネタであった不幸自慢を突っぱねられ、少々気落ちする勇者。

「むむむ。励まそうと思ったのじゃ」

「余の時代の長生きな者は、だいたいそのくらい生きたもんだぞ。余の元妻2人の父、ジャムシード王も700年以上生きておったし」

「元妻2人も、余の下で1000年過ごしてから若い勇者に乗り換えて、その後なんだかんだ、さらに500年くらい生きとるし」

「若い勇者の下では、50年くらい経ってから子供も産んどったし」

「シャフルナーズ(※)は2人も産んどった」

「まぁ、昔の人は体が丈夫だったと言うからのう。余も含めて。そんなもんじゃろう」

(※シャフルナーズ:ザッハークの1人目の妻。もう1人はアルナワーズ。)


「はぁ、昔の人は体が丈夫だった、と。たしかに、聖光経典の創世記には、“最初の人”は1000年くらい生きたというような記述がありますな。そういうもんかもしれませんなぁ」


 取るに足らない会話をしつつ、時が過ぎていく。

「さて、そろそろ余は出発するぞ。ヤツめに真意を問うておかねばな」

 勇者は、不意に立ち上がった。


「勇者様、どこに行かれるのですか? 真意とは?」


「うむ、神家かみのいえ派のインノケンティウスとやらのところだ」

「今回の襲撃事件の真の黒幕、というか、ユウマに道具を与えてそそのかし、逃亡を手助けしたのはヤツじゃ」


「はぁ、神家かみのいえ派の……っえっ!? な、なんですと!? 今、今なんと!?」

「な、なんの得があってそのようなことを!? いくら我らを追い落とすためとはいえ、やりすぎでは!? 証拠は!?」

 大司祭は思わぬ展開に慌てふためいている。

 理がないはず。そう思っていた。

 ユウマの『竜声』があまりにも便利で万能だったため、彼が一人で襲撃事件を画策したと思い込んでいた。


「だから、真意を問いただす必要があるのだ」

「魔術的残滓とやり取りの痕跡から、彼奴きゃつが黒幕で間違いないじゃろう」

「余と同盟を結んでおるのだ、余が行けば聞き出せるはずじゃ。話さないなら、無理をしてでも聞き出すまでよ」

「では行くぞ、大司祭」


 自然な流れで大司祭も敵地に誘われている。

「せ、せめて訪問の連絡を……」


「不要じゃ。同盟の長たる余が出向くのだぞ。気配を察知して、待っておるのが正しい対応であろう」


 時々、本当に暴君の本質が垣間見えることがある。

 あるいは、天性の武人の振る舞いか。


「聞こえておろう!!! 出迎え準備をして、待っておれよ!!!!」


 勇者は、周囲に聞こえるようワザと声を張り上げた。

「少なくとも、これで間者には届いただろう。さぁ、出発の準備をせよ」



 そのころ、神家かみのいえ派の教会では。


「まったく。関心するやら、呆れるやら」

「こういう力技でねじ伏せに来るタイプは、どうも好きになれん」

 諜報員の報告を聞いたインノケンティウス8世が、ため息とともに愚痴を漏らした。


「仕方がない。出迎えの用意をしなさい」

 周囲の者たちに下知を与える。


影のように存在感の薄い諜報員が、おずおずとたずねた。

「それは、文字通りの『贅を尽くした歓迎』の意味でしょうか?」

「それとも、『こちら』の意味でしょうか?」

 『こちら』の、と発すると同時に、手元の聖遺物をチラつかせる。


「どちらもだ。歓迎と迎撃の、両方の準備をせよ」

「うまく抱き込めればいいが。ああいう武人気質で権力欲が強い手合いは、駆け引きが難しいからな」


 大司祭の居城よりも、王国の象徴たる王城よりも、はるかに豪奢ごうしゃ絢爛けんらん豪華ごうかな大聖堂の中央で、インノケンティウス8世は、再び大きなため息をついた。

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