プロローグ 魔王、斯くして転移す【1/2】または「転生ではなく転移もいいな!!!」

「死のふちに立てば、またここに来れると思ったぞ」

 かつて悪竜の王アジ・ダハーカであり、現在は魔王であるザッハークは、不思議な空間に魂となって浮かんでいた。


 デマーヴァンド山に拘束されたアジ・ダハーカは、なんとかして無理やり死んで、人間に転生を果たした。

 その結果が暴虐の王ザッハークであり、勇者の手で再びデマーヴァンド山へ封印された。


 ザッハークは、拘束されてからしばらくは魂を飛ばし、現世の様子を観察していた。

 彼の子孫、美丈夫メフラーブ王。

 その子、絶世の美女ルーダーベ姫。

 そして姫の子にして稀代の大英雄ロスタム。

 特に、ロスタムの活躍は目覚めざましかった。

 何人もの強力な敵を倒し、栄光に浴し、そしていくつもの悲劇に見舞われた。

 悲劇のうちにロスタムが殺され、その子ファラーマルズも殺され、一族の血が絶えたとき……ついに、ザッハークは現世への興味を失った。


 かつてアジ・ダハーカと戦った勇者、そして天使は、彼の者が転生してしまうことを危惧していた。だからこそ殺さずに封印したのだ。

 ザッハークも同じく、天使の助言によって封印されることとなった。転生されることが恐れられたためだ。

 しかし、強い意志をもって自らの命を絶たれてしまうことまでは防げなかったようだ。

 二度もだ。


 そして今や、ザッハークの魂は再び、転生が行われる空間を漂っていた。


「今回もそなたか、インドラ。前回は助かったわい。もう一度、頼むのだ」


 ザッハークの前には、インドラが。

 いや、仏教における帝釈天たいしゃくてんがいた。

 輪廻転生の際、大きな存在力をもつ魂が転生する場合、それ相応の力をもった天部てんぶが対応することになっている。


「またですか、アジ・ダハーカ……さん」

 インドラは、まるでめんどくさい先輩に接するような口ぶりだ。


「またとはなんだ、インドラ」

「そなたはヴェンディダード七大魔王にも数えられる、ゾロアスター教の悪魔であろう。すなわち、ゾロアスター教にの魔神王アンラ・マンユによって初期に生み出された、このわしの後輩ではないか」


 アジ・ダハーカとインドラは本当に、めんどくさい先輩と優秀な後輩という関係だったのだ。


「今はもう、いろんな宗教でけっこういい地位にいるんですけどねぇ……」

「息子のアルジュナも活躍してるっていうのに。今さら悪魔の真似事なんてできませんよ」


 かなり出世しても、地元の先輩に呼び出されるとちょっとドキドキしてしまうような、そんな感じなのだろうか。


「せっかくですし、別の神の手で転生したらどうですか? 今回、うまくいかなかったみたいじゃないですか」

 なんとかはぐらかそうとするインドラ。


「ふむ、それもそうか。それならば、そうだな、シヴァを呼んでくれ」


「ええぇっ!?」

「いや、それはさすがに……。神格がちょっと、私より上じゃないですか。おいそれと呼びつけられませんよ」


わしが呼んでいると言えばよいではないか」

「シヴァのやつめも、『サルワ』という名でヴェンディダード七大魔王に数えられる悪魔。すなわち、わしの後輩だ。早くせよ」


「シヴァさんを呼びつけるなんて、アジ・ダハーカさんくらいですよ、もう……」

 インドラの試みは、最悪な方向に失敗した。後で怒られるだろう。


 しばらくして、シヴァが、いや、仏教における大黒天だいこくてんが現れた。

 マハーカーラ、あるいは大黒さまとも呼ばれる存在である。


「久しいのう、シヴァ。それとも、かつてのようにサルワと呼んだほうがいいかな」


「(ああ、インドラ……恨みますよ……あとで「シヴァビーム」でお仕置きです。)」

「これはこれは、お久しぶりですね、アジ・ダハーカさん。呼び方は、ぜひともシヴァでお願いします。転生なされたとか。お元気ですか?」


「ふむ、それがのう。少し失敗してのう」

「またもや山に閉じ込められたのだ。また転生しようと思っての。どこか、いい世界はないか?」


「うーーーーん。それでしたら、勇者の魂が欲しいとお願いされている別世界がいくつかありますね」

「私は武神でもありますから、そういう“力で解決したい”的な依頼も回ってくるんですよね」

「(でも、どの世界も良い世界だし、良い神たちだし、アジ先輩を押しつけるのは忍びないなぁ。)」


「そうじゃのう」

「魔法がある世界がいいのう。しっかりとした魔法体系が整った世界だ。魔力がなければ、竜体に変化できぬからのう」

「あとはそうだな、適度に暴れて力を誇示して、尊敬される王になりたいのう。争いと暴力にあふれた世界だったら、簡単そうだのう」


「そんな、住まい探しの不動産相談みたいな……」

「項目をチェックしていけば、いい物件が見つかる、みたいなシステムじゃないですよ、転生って」

「でもそういえば、それにピッタリの世界、ありましたよ」

「たしか条件が『竜の勇者であること』ですけど。思い至りませんでしたが、そう言えばアジ先輩なら完全に一致ですね」

「(それにあそこの女神、なんか気位が高くてムカつくんだよなぁ。アジさんをぶつけるのにちょうどいいや。)」


「それはよかった。助かる」

「ちなみにのう、ここは思念世界だから、心の声も聞こえておるぞ?」


「!!!???」

「おっと、これは失礼しました!!! なにとぞご容赦を! つい本音が」


「よいよい、詫び特典をつけてくれればよい」

「転生しようと思っていたが、今回は転移してみようかの。この身体のままで」

「転生したから失敗したのかもしれぬし。この肉体も、まだまだ使えるし、もったいない」

「あと、馬。馬じゃ。わしの可愛い可愛い馬たちを、なんとかして連れていきたい。財宝なんぞはいくらでも生み出せるが、馬たちはそうはいかぬ」


「詫び特典って、またそんなサービス不具合の詫び石みたいな言い方……」

「わかりました、大丈夫でしょう。転生ではなく転移、OKです」

「それから、本来ほかの生命は転移させられないのですが、特別にOKとしましょう。そのかわり、次元魔法を使って馬たちを収納するところまでは、ご自身でなさってくださいね?」


「無論だ。すでに納めておる。可愛い可愛い、わしの自慢の一万頭のアラブ馬じゃからな」


「竜王だけでなく一万頭の馬もかぁ……けっこうな存在力だから、そのまま送るのしんどいなぁ」

「(まぁでもこれで、しばらくアジ先輩の顔を見なくていいなら、安いもんか。)」


「だから! 心の声も聞こえておるというに!」

「まったく、先輩をうやまわない不出来な後輩だのう」

「当時はあんなに仲良くアムシャ・スプンタ(※1)と戦ったというのに。まぁいい、そなたの息子のガネーシャにもよろしくな。あとインドラにも礼を言っといてくれ。あとはノーンハスヤ(※2)にも、ヴリトラにも、それから……」


「はいはい、転移!!!  あとはよろしくね、向こうの世界の女神さん」


 膨大な魔力の奔流ほんりゅうがアジ・ダハーカにしてザッハークの魂を包むと、次元の壁を越え、次なる世界へと向かった。


(※1 アムシャ・スプンタ:ゾロアスター教における善神たちのこと。)

(※2 ノーンハスヤ:ヒンドゥー教のアシュヴィン双神の、ゾロアスター教における悪魔としての名前。)

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