三章・舌の味②

「この人アホですよね」

 ルダは無遠慮に渕上を見下ろす。

 なるほど、お前は確かに部員から好かれてるのかもしれない。ずぶぬれで置いていってもいいや、くらいにはぞんざいで、アホだと容赦なく言われるくらいには距離感も近い。

「先輩、月が綺麗だからって、狼になっちゃダメですよぉ」

「あーもううるせーな」

 夏だし、凍死することはないか。

 ルダと二人きりになれる。人でなしの称号も甘んじて受け入れよう。

 と、割り切ろうとしているのに。

「ほら、いくぞ」

 あぁ、僕は本当にみじめだ。渕上を見捨てれば、ルダともしかしたら近づけるかもしれない。そういう風にアシストしてくれている。

 でもなぁ、さすがにどぶ川に落ちた後輩をずぶぬれのまま捨てて帰れるほど、僕も非情にはなり切れないんだ。結局、人を見捨てる勇気すらない臆病さのせいだろう。

 いや、むしろルダにアピールするチャンスかもしれない。自己正当化はお任せあれ。

「ほら、おぶってやるから」

 意識をし出すと、妙に演技がかってしまう。

「ごめん、ちょっとこいつ支えてくれる?」

「触りたくないです。そのひと、ドブくさいんで」

 そのドブくさいやつを背負っている身にもなってくれよと思ったが、ルダの素っ気なさにさえ、僕は思わず嫉妬してしまった。

 センパイと呼ばれるのも相当いいと思うが、「そのひと」という身も蓋もないぞんざいな呼ばれ方もいい。渕上が羨ましい。

 河川敷を後にし、駅前に向かって歩き出す。渕上の家まではとても送れないから、ファミレスかカラオケにでも押し込んで別れることにした。

 もはや、水死体を運んでいるような気分だ。呑気なことに人の寝てしまったのだろう、背中から渕上の荒い寝息が聞こえてきた。うるさい、酒くさい、ドブくさい。

「センパイ、明日は早いですか?」

「え?」

 気遣いのフレーズがルダの口から出ることを想像していなくて、むしろ「お持ち帰り」的なことをされる女子の気分になってしまう。ルダになら、終電を

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