エピローグ・澄郷町にて(なしくず死、蘇るゾンビたち)③

「戻ってきてください、青加センパイ」ルダに肩を叩かれた。

「は」

 ぐるぐると巡るイメージの連続から、強制的に引っ張り出される。目に見えて混乱しているのが伝わったのだろう。

 気づいたら、昨日、蚊に刺された二の腕を激しく掻いていた。虫よけスプレーをあれだけかけたのに、それを意に介さない鈍感なやつがいるのだ。

「ごめんなさい、私が余計なことを言いましたね」

 ルダの声が妙にクリアに聞こえた。

 澄郷の違和感の正体かもしれない。

 なにせ静かなのだ。都会の喧騒もなければ、木々の擦れるざわめき、鳥のさえずりも聞こえない。文字通り不自然な静寂が広がる。派手な街並みが、静けさに一層拍車をかけていた。

 幼い頃は当たり前だった静けさも、長年離れていると、抱く感想が観光客並みになってしまう。

「どの店もやっていけてないでしょう?」

「訊いてみるか? やってけてますかって」

 ルダの問いに、僕は自分のことでもないのに自虐的に笑った。

 メインストリートを歩いている間、車は一台しか通らなかった。駅前には用事がないようで、通り抜けて高原の牧場方面へと流れていった。

 僕が生まれる少し前には、街の賑わいによるあまりの渋滞に、五〇メートル先の交差点を曲がるのに一時間かかったそうだ。父親が自慢げに話していたのを思い出す。いたたまれなくなり、胸が疼くように痛んだ。

「歩くの早いですって。ね、青加センパイのお父さんのお店は?」

 ルダは僕のシャツの裾を引っ張る。

 いつの間にかルダのことを忘れ、苦い痛みから逃げるように早足になっていたようだ。

 息をつく。僕が焦ることもない。すべては僕に関係ないし、終わったことだ。

「あそこ」

 僕は駅前を出て右手にある、五メートルはあろうかという大きなティーポットのオブジェの方を指さした。

 父親がかつて経営していたファンシーショップ・『かれいどすこーぷ』があった場所だ。建物は残っているが、店自体はとっくに潰れている。

 駅からすぐ、一等地にあることだけが自慢だったのだけれど(街のアイコンでもあった、ピンクのポットの近くだということも手伝って)、かつての『かれいどすこーぷ』の建物は淡いレモンイエローが黒ずんでいた。

 店が賑わっていたのは、僕の物心がつく前の話だ。

「味がありますね」

 ルダはぽつっと呟いた。

「気を遣わなくてもいいよ。もう廃墟だ」

「気は遣ってません。廃墟みたいだなとは思ってますから」

 当たり前だと言わんばかりだから、僕は思わず笑ってしまった。

「もういいんだよ。今もう、親父は親父で結構楽しくやってるみたいだから。のんびりタクシーの運転手やってるって」

『かれいどすこーぷ』の前にたどり着いた。

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