第2話

 双子は不吉の象徴とされる。

 ゆえに、双子が生まれると片方を平民として養子に出すのが貴族の通例で、マリアンナの妹、リアンはとある村に養子に出された。


 予言がある。それは、世界の運命を変える子が生まれた時にもたらされる。

 近年、予言を受けた人物は多く、中でも重要視されているのが太陽の王子と月の双子である。

 太陽の王子とは、現王太子のことであり、月の双子とは、まさしくマリアンナとリアン――正式名アンナマリアのことであった。


 本来予言は公表されないが、あまりにも重要な予言であったため、両親には伝えられた。

 そこにはこうあった。




   双子の月が生まれた



   片月は世界を愛し安寧を齎す



   片月は生み星から引き剥がされる


   しかし片月は不幸を打ち砕き


   片月は世界に愛される


   片月は太陽を護る


   片月は世界を救う


   片月は太陽に愛される




   片月は幸福のうちに育つ


   片月は光を失う


   片月は傲慢にも全てを欲する


   片月は太陽を愛す


   しかし片月は世界に見放され全てを失う


   片月は全てを受け入れる




   片月は砕けて星となる




 リアンは養子に出された子である。それはつまり、予言の前半部、世界に愛され、世界を救い、太陽に愛される子である。

 マリアンナは養子に出されなかった子である。それはつまり、予言の後半部、世界に見放され全てを失う子であった。


 マリアンナは幸福に育った。両親からの愛はなかったが、三食の食事と幼少からの貴族令嬢として最低限の教育を施して貰えた。国の片隅には、食べるものもなく餓死する子もいる。読み書きも出来ぬ大人が大勢いる。確かにマリアンナは幸運に育った。しかし、愛は貰えなかった。それをマリアンナは悲しみと共に受け入れた。

 予言を知らないマリアンナは、当初急に現れた妹に驚くと共に喜んだ。愛のない両親に道具として扱われないように、守ってやらねばと傲慢にも思っていた。しかし、蓋を開ければ両親に愛され大切に扱われる妹と、召使いのように扱われる自分。

 何がいけないのか、わからなかった。


 初めの頃、妹はマリアンナを姉として扱ってくれていたように思う。

 しかし、色々な誤解が積み重なって、今では母と同じように姉を扱うようになってしまった。


 「わたし、お姉様がいるなんて……あの、マリーって呼んでいい?私のこともリアって呼んで」

 初対面でそう請われた時、マリアンナはそれを断った。

 「それは許されません。おか」

 「そうよリア!貴女は将来とてもとても高い地位に上がるのですから、姉とは言え愛称で呼ばせるなんて!」

 「そうだぞ。それに名前を呼ぶ相手は選ばなければならない。ただでさえ多くの人間がお前に群がるだろう。その相手全てを名前で呼んでみろ、すぐに私は名前で呼ばれるほど仲がいいなどと言い回るに決まっている!お前を愛称で呼ぶ相手は王子殿下ただ一人でなければ」

 両親がこう言うのにはわけがある。予言に太陽に愛されるとあるのを知っているからだ。

 太陽とは王子のことであり、そもそもリアンを見つけたのも王子である。王子の太陽の予言にどうやらリアンとの出会いが読まれていたらしい。

 もちろん、両親は太陽の予言は知らないが、月の予言は知っていたので、いずれリアンが王太子と出会うことも愛されることも折り込み済みでリアンを養子に出し、家に戻すタイミングも見計らっていた。

 マリアンナが断り、それを両親が肯定した形になったが、元々マリアンナは両親に決してリアンを愛称で呼ばぬよう、呼ばせぬように言い付けられていた。

 しかし、リアンの中では姉に断られたことになってしまったのか、リアンが庭でお友達を呼んでお茶会をしていた時、友人たちに「姉に初対面から拒絶された」と悲しげに話していた。


 「……どうして……?どうして無視するの……?」

 急にリアンが泣いて現れてびっくりしたことがある。

 どうやらリアンはマリアンナに話しかけていたようなのだが、床の拭き掃除をしていたマリアンナは気付けなかった。

 声が泣いているようなのでつい、心配になってよく見ようと目を細めてしまった。

 「わたしは、仲良くなりたいのにっ……どうして……?なんでそんなに睨むの……??」

 睨みつける気はなかった。弁明しようにも、リアンは立ち去ってしまい、仕方なくマリアンナは拭き掃除を再開したが、後日城内でその話が噂になっていたらしい。


 リアンを社交界デビューさせる日、普段は家仕事を優先して両親だけが行っていたがさすがにマリアンナも行かねばならないということで急遽揃いのドレスが用意された。

 「私がデザインしたのよ!」

 リアンが嬉しそうに出来上がったドレスを広げた。

 それは淡いピンクのドレスで今の流行を取り入れ背中が大胆に開いている。

 「お姉様のはこっち!」

 リアンが示したのは淡い黄色のドレスで同じように背中が開いていた。

 金髪に黄褐色の琥珀のような目を持つマリアンナは黄色い服は避けるようにしていたのだが、リアンには言っていなかった。リアンも同じ色彩なのだが、彼女ならば着こなせてしまうのだろうとマリアンナはバレないようにそっとため息をつく。

 しかし、問題は色ではなくデザインだった。このドレスを着ることはできない。こんな風に背中が開いているのは困る。

 それをリアンに伝えれば、涙を零さんばかりに目を開いて詰られた。

 「どうして着てくれないの!?これは流行してるの!今はこれくらい背中をみせるものなのよ!はしたないって思ってるんでしょ!!所詮田舎者が焦って流行を追ってるって!?酷い!酷いわ!!」

 はしたないなど思っていない、田舎者なんて思っていない、それでも背中を出すことは出来ないと言えば、母親から叩かれた。理不尽だったが、その理由を言うこともマリアンナは禁じられていた。

 当日、詰襟のドレスを着て現れたマリアンナを見て、リアンは姉を姉として扱うのをやめたようだった。


 舞踏会は盛況だったらしい。どうやら王太子殿下が現れて妹をエスコートしたそうだ。眼鏡もかけておらず、ひっそりと壁の花になっていたマリアンナには全く見えていなかったが、おかげで両親共々浮かれて帰り、脱ぎ散らかした上に、さんざん飲んで来たはずだが追加で飲み散らかしたものだから掃除が大変だった。



 「お姉ちゃん、続きはー?」

 子供たちの声に、マリアンナははっとした。私営図書館の庭園スペースで読み聞かせをしている最中だったのだ。

 朝の仕事が終わって、お昼は仕事がない。両親は毎日お友達と何かの集まりで昼食を済ますし、妹は昼食時はマナーレッスンでかならずレストランに行く。

 なので、朝の仕事が終わるとマリアンナは買い物かごを持って私営図書館に行き、読み聞かせのアルバイトでこっそり小銭を稼ぎ、夕食と朝食用の食材を買って家に帰るのだ。

 今は、虐げられてきたお姫様が初めての舞踏会で王子様に出会うシーンを音読していた。

 そのせいで意識が飛んでしまったらしい。

 「ごめんなさい、それじゃあ続きね」

 本に手を当て、マリアンナは暗唱する。何度も読んだ絵本たち、眼鏡を取られてしまったが、覚えているので問題なく子供たちに聞かせることが出来た。

 「素敵!お姫さまは幸せになったのね!」

 女の子たちがきらきらとした声で手を叩いた。男の子たちは終わった瞬間に立ち上がって走っていった。カツンカツンと音がするのでチャンバラごっこに興じているのだろう。明日は冒険譚を読んであげようかなと、マリアンナは頭の中の書架を閲覧しながら女の子の頭を撫でた。

 「それじゃ、次はこのお姫さまを幸せにしないとな」

 不意に右側から聞こえた声に胸が高鳴った。

 「ジル?」

 「そう、君の僕」

 なんて甘い言葉だろうか。マリアンナの胸がきゅっと締め付けられる。どうやらおしゃまな女の子たちにも効いたようで、きゃーきゃー言いながら離れていった。配慮されているのが恥ずかしいとマリアンナは感じた。

 「幸せを届けに来たよ」

 すぐ側で声がして、右を向くとマリアンナの両頬がそっと包まれた。

 「マリー、目を瞑って」

 まさかキスするつもりではあるまいと、マリアンナは素直に目を瞑った。

 「無防備だなぁ。こんな可愛い顔、僕以外に見せちゃダメだよ?」

 そんな苦笑混じりの声と共におでこに柔らかい感触がした。

 チュッというリップ音と、不意に目元に感じる冷たい感触。

 「これ……」

 目を開くと、ジルベールの柔らかな笑顔がハッキリと見えた。

 「どお?前に持っていたものよりしっかり見えるんじゃないかな?」

 「……み、見え過ぎて困るわ……」

 チョコレート色の柔らかそうな髪に森のような優しい緑の瞳、凛々しい鼻筋に嬉しそうに上がった口角、何度も抱きしめられて知っていたはずだががっしりとした体躯は雄々しくかっこいい。全てはっきり見えていた。こんなにはっきり物が見えるのは幼少期以来だった。

 なんて美しい人だろう。はっきり見えてしまったがゆえに、ジルベールの整った顔立ちを直視出来ずマリアンナは俯く。

 「だめだめ、ちゃんと僕を見て?これが君に恋する男の顔なんだから、しっかり見ていつでも思い出してもらわないと」

 言葉じりに不穏なものを感じてマリアンナは顔を上げた。

 「出兵が決まったよ。王太子殿下と、精霊姫、二人を護るために近衛を含めた大勢の兵士たち。僕もその一人」

 精霊姫とは、マリアンナの妹リアンのことである。

 世界を救うという予言は、真実そのままの意味であり、いま、世界は魔物の氾濫による瘴気で危機的状況に陥っている。

 どうやら、魔物を生み出し統べる存在がいるらしく、魔王と渾名されていた。

 それを倒す役目を持って生まれたのが太陽の王子であり、月の双子の片月なのだ。

 「マリアンナ、帰ってきたら僕は、正式に君に婚姻を申し込むよ」

 「あ、えっ……、あの」

 ジルベールも、妹も出兵するということでさえ、まだ受け止めきれていないのに突然のプロポーズに言葉が出ない。

 「父上は許してくれる。もちろん母もね。安心して?君の家にも、ちゃんと話を通す予定だからね」

 「で、でも、私は長女だし、妹はもう嫁ぐことが決まっているから」

 マリアンナの言葉を受けてジルベールがうーんと唸った。

 「妹さんはまだ決まってないと思うな。それに、お家を続けたいのなら親戚筋から養子を取ればいいと思うし、それが嫌なら僕達の子供のうちの誰かに継いでもらおう?」

 「こっ、こっ、こど、子供!?」

 「そう、僕達の子供。何人がいいかな。僕は最低二人、出来れば五人くらいは欲しいな。もちろん、加護は盛り沢山にしてしっかりとした医師を手配するから安心して?僕は母が産後体を崩したのもあって母の体調が安定するまでの幼少時代は乳母に育てられたから、自分の子供のお世話は赤ちゃんのうちからいっぱいしたいなって思っているんだ。もちろん先生としての乳母は雇うし、君の体の負担になってはいけないから僕主導でやれることはなんでもやるつもりだよ。君と一緒に、暖かな家庭を作りたいんだ」

 ジルベールの語る夢がマリアンナの頭の中に広がっていく。なんて幸福な未来だろうか。

 「あの、わたし、その」

 何かを伝えたいのに言葉が形にならない。

 「ふふっ、ごめんね、混乱させたかな?とりあえず今は、僕を信じて待っていてって、それだけを覚えていてくれたらいいから」

 そうだ、ジルベールは戦いに出るのだ、とその事実がマリアンナを強く動揺させた。

 「出立の、日は……?」

 「十日後、正午の鐘とともに」

 「おかえり、は」

 「……わからない。でも、1年はかからないと思う」

 「あの、わたし、わたし」

 「十日後の正午前、ここで会おう?君に見送ってほしい」

 「わ、わたし……!必ず行きます!!何があっても行きますから!!」

 マリアンナはジルベールの胸に飛び込み、大きな背中をぎゅっと抱きしめた。

 「うん。必ず、きて」

 ジルベールも優しくマリアンナを抱き締め返した。

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