夜が綺麗になりすぎている
「……なんか、夜の奴今日めっちゃ綺麗じゃね?」
「だな……化粧じゃないし」
「う~ん……とにかく美人だ」
夜と……まあ体の繋がりを持って初めての週明けだ。あの出来事があってから夜は何というか、本当に女の子らしくなったと思う。もちろんちゃんと女の子ではあるのだが、小さな仕草から雰囲気に至るまでが本当に変わった。
友人たちも同じように思ったのか、女子の輪の中でその輝きを放つ夜を見てそんなことを言っていた。というか、今日夜と一緒にここに辿り着くまでにかなり視線を集めてたんだよな……まるで夜の放つフェロモンに誘われるかのようにだ。
「……………」
……まあ、仕方ないとはいえ面白くはなかった。
夜の魅力が溢れて止まらないのは彼氏として自慢したい気持ち半分、あまり俺の彼女を見るなよっていう独占欲みたいな困った気持ち半分だ。
「なあ勇樹、アレはこれからもっとモテモテになるぞ~?」
「気が気じゃないなぁこいつは」
「……うるせえってば」
だから何だと言う話だ。
夜に近づく男は許さないし、俺たちの仲に何か言ってくる奴が居るなら正面から迎え撃ってやるまでだ。
「……心配はなさそうだな?」
「もちろんだ。まあ、みんなには何かあったら頼るかもだけど」
俺は全力で夜の傍に居る。ただそれでも何かあるとは思うし、そうなったら遠慮なく友人たちの力は借りるつもりだ。一人で何とかしようとして空回りするより、自分で培った絆に頼ることは大事だと思うから。
そんな風に友人たちと話していると夜がこちらに歩いてきた。
歩くたびにピンク色の何かを振りまくような堂々とした姿に、何故か友人たちが緊張した様子だった。夜はいつもの場所を確保するように俺の背後に引っ付き、その胸に俺の後頭部が当たるようにしてきた。
「なんの話をしてたんだ?」
「夜が魅力的だなって話」
「そっか♪ へへ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえかお前ら」
夜は本当に嬉しそうにそう言った。
少し前までは綺麗だとか可愛いとか、大よそ女の子に向けられる言葉に良い顔はしなかった。しかもそれが紛れもない真実だからこそ、男だった夜にこれでもかと女という現実が突き付けられるからだ。
「……夜、今幸せか?」
「当り前だろ。勇樹の傍に居る、それだけでオレは幸せだ♪」
男だった過去を振り切り、女となった今を完全に受け入れて夜は幸せそうに笑ってくれる。その姿が本当に自分のことのように嬉しいし、それを与えられている一旦が俺というのも誇らしかった。
「……あん?」
「なんだ?」
そして、そんな俺たちを三人がポカンとした様子で眺めていた。
どうしたのかと夜と二人で首を傾げていると、あちらに居たはずの金瀬がすぐ近くにやってきていた。
「魚住君と朝比奈さんを見て驚いてるのよ。何て言えばいいのかしら……二人の姿がとても幸せそうって言うか、朝比奈さんがちょっと雰囲気変わったのもあるのかしらね」
「……そういうことか」
「ふ~ん? つまり、オレと勇樹が前以上にラブラブに見えるってことか?」
「そうね。ラブラブに見えるんでしょう」
「……にしし♪」
ギュッと、更に強く夜が抱き着いてきた。
あぁそうそう、既に夜はこんな風に自分を受け入れているわけだが……聞くところによるとやっぱり今の夜のことが気に入らない人が居るらしい。そこにあるのはある種の嫉妬で、後から女になった夜がこんなにも美人なのが気に入らないらしい。
「何か嫌がらせとかされてないか?」
「……されてねえよ」
あ、これは……。
「されたのね?」
「されたな」
「されたみたいだな」
「処す?」
進藤がシャーペンを手に持って物騒なことを言ったが、俺も夜の反応から何かをされたことに気付くことが出来た。嫌がらせってのはエスカレートすると大変なことになるのは分かっているし、少なくとも俺の大切な彼女にちょっかいを掛けるのを見逃すことは出来ない。
「……でも大したことじゃないんだぜ? ただ手紙で調子乗んなとか、学校来るなブスって書かれてるくらいで」
「おっけー分かった。お前たち、武器の用意は?」
準備は出来ている、そんな風に頷いた頼もしい友人たちに俺は頷いた。実を言うと金瀬も頷いていたんだが……お前、本当に夜のことを大切に思ってくれてるんだな。
「っておい物騒なことはやめろって! 本当にそれくらいなんだから!」
「俺の大切な彼女をブスとか良い度胸だ許せるわけがねえ……」
「……馬鹿ぁ。そんな嬉しくなること言うなよぉ!」
夜は甘えるような声を出して俺の正面に回った。そのまま俺の足に座るように腰を下ろし、体全部で密着するように抱き着いてくるのだった。当然そうなると夜の豊満な胸に俺の顔が埋まることになり、友人たちが何か吐くような声が聞こえた。
「……先に処すべきはこいつでは?」
「言えてる。こいつら、独り身の俺たちの前で平気でいちゃつきやがって」
「……許せねえ。これは屋上に――」
「オレの勇樹を困らせるなよ?」
あ、夜のドスが利いた声に三人が黙った。
……それにしても恐ろしいくらいに良い香りがする。制服に染みついた柔軟剤の香りもそうなんだが、夜自身から匂う甘い香りが俺を癒してくれる。
「ちょ、ちょっと勇樹! あまりおっぱいの中で息を……あんっ」
「……あなたたち、ここは教室よ?」
おっと失礼、俺は夜の胸から顔を離した。
顔を真っ赤にしながらも笑顔の夜はともかく、金瀬もビックリするくらいに顔を赤くしていた。
「……まあでも」
取り合えず、夜にされている嫌がらせについて対処しないといけない。
夜は本当に気にした様子はないし、本気で何も感じていないんだろう。それでも、何度も言うが夜は俺の大切な彼女だ。そんな彼女に対しての嫌がらせ、程度の差はあれど放っておくことは絶対に出来ない。
「魚住君、私も協力するわ」
「俺たちもだぜ!」
……はは。
こんなにも頼もしい友人たちが居るし、実を言えばそこまで心配はしてないが。
こんな風にみんなで夜を守ろうと決めてからすぐに、一応この事件は解決することになった。思った通り夜の人気に嫉妬した先輩女子の犯行であり、夜が調子に乗ったいけ好かない悪女に見えたとのことだ……夜が悪女? なんて睨みを利かせてしまったが、夜は悪女じゃなくて天使だろ馬鹿野郎。
「……なんかさぁ、勇樹がめっちゃ過保護なんだけど」
「そこまでか?」
「うん。でも……嫌じゃねえな。全然嫌じゃない……えへへ♪」
……可愛い。
何だかんだ、俺も夜が傍に居ることで彼女のことしか見れなくなっているらしい。
男だった頃の夜を忘れるわけじゃない、あいつは俺の中で最高の親友としてずっと生きている。そんな最高の親友がただ、最高の彼女になっただけの話だ。
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