複雑すぎる心内

 夜がTS病により女になってから数日が経過した。

 その間、勇樹を含め彼の友人たちの協力もあり女となった夜の日々にそこまでの変化はなかった。しかし、過ごし方としては男と女で差が出てくるのは当然ではあるものの、それを気にしないくらいには勇樹たちの存在が夜を救っていた。


 特に勇樹の存在は夜にとって本当に大きかった。

 元々かなり仲が良かったこともあり、気心知れた仲と言えるだろう。男と女という隔たりを一切感じさせない勇樹の在り方、それは本当に夜の心を守っていた。


「……勇樹、どこ行ったんだ?」


 それはとある学校での光景だった。

 昼休みにトイレに行くと言って出て行った勇樹が中々帰ってこない。それに痺れを切らした夜が探していたのだ。思えばこうして女になってから一人で校内を歩き回ったことはなかったのでやはり注目を集める。


「……鬱陶しいな。まあ分かるけどさ」


 中には女たらしで有名な先輩にもジッと見られた時は肌がぞわっとした。まあそれだけただでさえ優れていた容姿が女になっても引き継がれたというわけである。注目を浴びながらも勇樹を探していると、視界の隅でようやく目当ての存在を見つけた。


「ゆう……?」


 声を掛けようとしたがすぐに勇樹が誰かと話をしていることが分かった。

 ゆっくり近づくと、どうやら勇樹は後輩である小森千草と話をしているようだ。それを見つけた夜の機嫌は急激に降下した。その理由は明白である。


「……オレを放って後輩とお話かよ」


 別に怒りに任せてあの間に割って入るつもりは一切ない。それでも気に入らないのは確かで、今すぐこっちに戻ってきてほしいという気持ちは正直だった。


「……くそ」


 女子と仲良くする勇樹を見ていると胸がムカムカする。その理由は分からないが最近夜に付いて回る悩みでもあった。あの日、浴室で自分の体は女だと嫌でも自覚したあの出来事から更に――。


「朝比奈君?」

「っ……金瀬か」


 クラス一の美女こと金瀬杏美が目を丸くして夜を見つめていた。

 突然の杏美の登場に驚いた夜だが、向こうのことが気になりすぎて特に杏美自体に思うことはない。以前にとはいえ、それを断った段階で杏美との関係はただのクラスメイトなのだから。


「あ、魚住君と……後輩かしら」

「……みたいだな」

「ふ~ん」


 どうやら勇樹が女子と話をしているということで杏美も興味があるらしい。悪戯を思い付いた子供みたいに笑った杏美は、もう少し近づきましょうと言って夜の背を押すのだった。


「お、おい!」

「いいからいいから」


 背中を押されてしまったが、夜としても気になるので拒否出来なかった。そのまま二人の声が届くくらいの位置に移動したことで、バッチリと話声が耳に届いた。


「魚住先輩はどうして朝比奈先輩の傍に居られるんですか?」

「夜の? どういうことだ?」


 自分の話題とは思わず、夜の心臓が大きく脈打った。

 夜と杏美が傍に居るとも知らず、勇樹の問いかけに千草は答える。


「その……朝比奈先輩のことは私たちの間でも有名になっています。その中で女性になったのに変わらず男性の友人と過ごす姿が何というか……男を侍らせているように見えるらしいんです」

「ふ~ん? まあ確かに見えなくもないが夜だしなぁ」


 ……更に夜の機嫌が降下した。

 つまり周りは夜が女という立場を良いことに友人たちを侍らせている、そういう認識を持っているということだ。当然同学年のクラスではそう思っている人は居ないが絡みの少ない他学年だとそういう解釈も仕方ないのかもしれない。


「すぐに変えられるものじゃないでしょうに」

「別に変わる必要はねえだろ……」

「……それもそうね」


 自分は何があっても男としての自分を忘れたわけじゃない、だからこそ友人たちもそうだし何より大事な勇樹との繋がりを失いたくはない。しかし、それでも周りはやはり夜を女として見ているが明確に分かる話だ。


「……なあ金瀬」

「なに?」

「オレが勇樹たちの傍に居るのは……迷惑なのかな?」

「……そんなことは」


 ないならないってハッキリ言ってくれよ、そんな言葉を心の中で呟いた。

 千草と話をしている勇樹も内心では迷惑と思っているのかもしれない、そう考えてしまうと泥沼に嵌りそうだった。だが、そんな夜ので心に到来した不安を一瞬で消し去ったのはやはり勇樹の言葉だった。


「俺は周りに遠慮して夜と距離を取るつもりはないからな。一番不安なのはあいつだし、そんなあいつが心配だから傍に居るんだ。それに何より約束したからさ、ずっと傍に居てやるって」

「……っ」


 そう、勇樹は約束した。

 男でも女でも関係ない、ずっと傍に居ると約束したのだ。その言葉が今の夜を形作っており、夜を守ってくれる言葉でもあった。


「……先輩はやっぱり優しいんですね」

「優しいとかじゃないって。そうしたいからそうする、俺が夜の傍に居たいからそうしてるってだけの話だ」


 夜の傍に居たい、その言葉に夜は頬が熱くなるのを感じた。

 隣に居た金瀬は勇樹の決意とも取れる言葉に感動したような様子で、隣に居る夜の様子には何一つ気づいていない。


「ふふ、何というか……友情ですね!」

「ま、大事な親友だからな。夜とは中学から一緒だし、それだけ長い期間培った絆があるのだよ後輩」

「おぉ!!」


 夜の位置からは見えないが、きっと勇樹はドヤ顔を決めていることだろう。


「……そうだよ。オレと勇樹の間には絶対に消えない繋がりがあるんだよ」


 小さくボソッと呟いた。

 少しでも不安になったのが馬鹿に思えるくらい、勇樹は夜のことを考えていた。それが何よりも嬉しくて、過去から続く繋がりが絶対のモノであると夜に知らしめた。


「ほんと、魚住君って良い人ね」

「当り前だろうが。あいつ以上に良い奴をオレは知らねえよ」

「……?」


 それは微笑ましい言葉のはずなのに、金瀬はどこか違和感を感じ取った。

 勇樹を見つめる夜の視線はどこまで行っても女性が思い人を見つめるモノで、明らかに特別な感情が込められていた。しかし、やはり金瀬の中でも以前に夜が男だったという事実が邪魔をしてフィルターを掛けてしまう。


「……まさかね」


 そう思ったからこそ、金瀬は頭を振ってその考えを追いやった。


「……勇樹……はは♪」


 夜の勇樹を見つめる視線、それはとても同性に対して向けるモノではなかった。

 それに本人は気づいていないし、他にも気づけた者はまだ誰も居ない。

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