やっぱり友人だった

 いつもと変わらない夜との登校風景、だがしかし……彼はもう彼ではなく彼女なのである。つまり、俺は夜のことを異性として見ることは出来ないが、それでも隣を歩く彼女は紛れもなく女だった。


「それでさ、オレも色々と考えて――」


 隣を歩く俺に夜はずっと喋りかけていた。

 こうやって夜の話を聞いて俺が相槌を打つのもいつもの光景で、ただ性別が変わっただけで本当に他には何も変化はなかった。


 あの時、今にも消えてしまいそうだった夜の面影は既にない。

 ボサボサだった髪も綺麗になって風に揺られ、目の下の隈もなくなっていた。制服は男子のものではなく女子のもので……もうすぐ寒い時期が来るということで制服の上にカーディガンを羽織っていた。


「けどやっぱり……ってどうした?」

「……あぁいや」


 咄嗟に目を逸らしたのがマズかったのかもしれない。

 夜はそんな俺の姿にやっぱりそうだよなと呟き、こう言葉を続けた。


「少し前まで男だったのにいきなり女になって……キモイよな。色々考えて女として生きてくことの決心はした……だからこうやって制服も女子のモノを着て……ごめんやっぱり気持ち悪いよな」


 そう言って走り去ろうとした夜の手を俺は掴んだ。

 正直、軽く考えていたかもしれない。夜に起きた変化は本当に大きなことで精神も不安定だ。だからこそ俺が支えないといけないってのに……あぁくそ、グダグダ悩むのは止めだ。


「気持ち悪くなんかねえよ。むしろその逆で見惚れてたわ」

「……はっ?」


 目を丸くした夜に俺は言葉を続ける。


「お前男の時もすっげえイケメンだったけどさ、それが女になったらそうなるよなって感じのすげえ美人だもん。まあ可愛いって言う人も居るとは思うけど、少なくとも気持ち悪いなんざ思ってないぞ俺はうん」

「……………」


 早口で言い切った俺を夜はポカンと見つめていた。

 別に嘘は言ってないぞ? 見惚れていたかどうかはともかく、今の夜が大層な美人だというのは本当だ。元々男だった夜にこう言われるのは嫌かもしれないけど、偽りない言葉を伝えるならこうなる。


「……そっか」

「あん?」

「そっか……へへ♪」


 ……なんだよ、可愛い笑顔するじゃんか。

 頬に集まる熱を誤魔化すように俺はコホンと咳払いをして歩き出した。


「って待てよ勇樹!」


 夜も隣に並んで歩き始めた。

 二人で並んで歩いていくと、段々と生徒の数が増えてきた。当然のように俺の隣に居る女子は誰なんだと視線を寄こしていた。普通ならそこまで気にしないとしても今の夜はさっきも言ったようにかなりの美少女だ。


「なあ、めっちゃ見られてるんだけど……」


 夜は集まる視線から逃れるように俺の服の裾を握った。

 いつもなら集まる視線なんて気にしないくせにこれもある意味性別が変わった弊害なのだろうか。まあいい、鬱陶しいからと振り払うようなことはしなかった。


 相変わらず集まる視線を搔い潜るように夜を連れて校内に入った。

 そうして教室に入った時、当然夜に多くの視線が向いた。その中には俺たちの友人も含まれており、みんなが突如現れた夜を見つめている。


「……勇樹ぃ」

「大丈夫だって」


 朝礼の時に先生が軽く説明するとは思うが俺からも言っておこう。


「えっと……とりあえずおはようみんな。彼女は……夜だ。TS病に罹って女の子になった」


 そう言った瞬間に教室内はどよめいた。

 そのどよめきに体を小さくさせてしまった夜を視界の隅に収めた俺は更に言葉を続けるのだった。


「でもこいつは夜だ。俺の親友で、このクラスのみんなの仲間だ。普段あまりこういった発言をすることはないけど、大切な親友が変化を受け入れ勇気を出して学校に来てくれたんだ。だからみんなもどうか、普通に接してくれると助かる」

「……勇樹」


 これが今のところ出来る最善だろうな。

 伝えるべきことは伝えた……すると友人たちがすぐ傍に歩いてきた。


「なるほどな、そういうことだったのか」

「心配することはねえさ。なあ夜、安心してくれよ」

「てかめっちゃ美人になったんだな付き合ってくれ!」


 上から新藤、村上、田中……彼らがさっき言った友人になる。

 三人の言葉に目を丸くした夜だが、頷いて笑顔を浮かべてくれるのだった。


「あぁ!」


 三人の言葉のおかげでクラス内でも夜を受け入れる空気が広がっていった。

 ただ彼らも夜に軽々しく触れることは出来ないのか、いつもは首に腕を回したりしているのに今日に限っては触れていなかった。


 友人たちに囲まれている夜から目を離し、俺は自分の席に向かって座った。すると一人の女子が声を掛けてきた。


「おはよう魚住君」

「おはよう金瀬」


 この女子の名前は金瀬かなせ杏美あずみ、クラス一の美人と言われている女子だ。長い黒髪は清潔感を感じさせ、女子にしては比較的高い身長と抜群のスタイルを誇っている。


「さっきの魚住君凄くかっこよかったわよ。まるでお姫様を守るナイトみたい」

「やめてくれ。俺は普通のことをだな」

「分かってるわ。それだけ朝比奈君のことを大切にしていることもね」


 よく言うぜ……。

 そもそも、金瀬からしても夜が女になったのは複雑だろうに。


「これからは朝比奈さんって呼ばないとかしら」

「ま、そこは金瀬の判断に任せるよ」

「分かったわ……ってあら?」

「どうし……た……」


 どうしたのかと思ってそちらに視線を向けると、物凄い顔をして夜が俺を……正確には金瀬のことを睨みつけていた。友人たちの輪から抜け出した夜はまっすぐに俺たちの元に歩き、そして俺を背にして金瀬に目を向けた。


「勇樹に何の用だよ」

「えっと……」


 夜に睨まれ金瀬が助けを求めるように目を向けてきた。

 俺は夜の肩に手を置き何を話していたのか教えると、夜はそうかと言って表情を緩めてくれた。


「どうしたんだよ」

「……分からねえ。なんか嫌だった」


 なんやねんそれ。

 にしても金瀬からしたら夜から睨まれるのは嫌だろうなぁ……だって。


「……その……戻るわね」

「おう」


 金瀬はずっと、夜のことが好きだったから。

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