第38話 海魔の影に挟む企み

 目の前の光景が信じられない。


 これまでのビザレニアの歴史の中で、海魔との戦いは逃げの一手しかなかった。銛や刃は勿論、魔法すら効かずに、唯蹂躙され休眠期に入るのを待つしかなかった。


「キッシャアァーオン」

「パルルルル【美味い】」

「ピルルルル【ご馳走】」

「プルルルル【海のメシ】」


 渦の…巻き上げられた渦巻の中心で動けない海魔~群体大海蛇レギオン・シュランゲを食いちぎっては美味そうに喰らっている三ツ首神竜トライギドラス


「これで、まず1匹」

 人々の前で、その神竜に指示を出していた少年。ライカー王国の冒険者テイマー、ロック。もしかしてと一縷の望みをかけ依頼した海魔退治。彼の従魔のお陰で難なく終わろうとしている。

「もう1匹…いる?」

「ああ、そうだ」

「同じ奴…だといい…」


 総督ギルマスもピンとくる。

『この子は人と上手く接する事が出来ない?』

 挨拶やこちらからの質問には饒舌に応えた。だが自分からの質問はいきなり辿々しくなる。


「その…、この港に、シースライムの餌場と言うか…住処と言うか…有りますか?」

「シースライム?無い事もなかろうが」

「総督、河口近くの港の一角じゃ。そこで見かけるが…、まさか?」

群体核レギオン・コアは、…シースライムの変異体…」

「な、何じゃと?」


 シースライム。

 基本、海にプカプカ浮かぶだけのスライムの一種で、波間に漂うゴミや岸壁に有る海藻等を食する魔物。増え過ぎると困るものの、大概は他の海棲魔物に捕食される為、ほっといても生活に支障ない存在と言える。


「稀に…、補完脳状態の…変異体が生まれてくる。その…消化器官って言うか、…その…脳以外持ってないので…大海蛇シュランゲに寄生する」

「それが…」

「育ってくるとコアとなって…支配下の大海蛇シュランゲが増えていく。多分、あの大きさになるのに…数百年…。でもコアの寿命も5~600年位」


 全て辻褄が合う。

 2~300年沖に現れ、400年程暴れてまた休眠期に入る。


「でも、変異体が…数匹いるのは変」

 魔物に関しては黒き大賢者ジッチャンコルニクスから伝承された知識がある。知らない魔物等いない。

 だから変異体の事も知っている。その存在が極めて稀だと言う事も。数体処か2匹いる事も有り得ない。

「その…餌場って?」

「コッチじゃ」


 ロックはチラッとトライギドラスを見る。

 触手と言うか大海蛇を食い散らかしたドランはやがて距離をとると、

「パルルルル【ごちそうさま】」

 トドメの一撃。ファイアブレスを群体核レギオン・コア部分に放ち焼き尽くしてしまった。



 河口近くの港の一角。

 確かに岸壁等にシースライムがへばり付いている。と、そこに身体の中央部にスライムの様なモノを付けた海蛇の幼体がいる。

「3匹目…」

 ロックはウィンドカッターを放つ。

 最弱とも言える風の刄は、それでもスライム状の補完脳を切り裂く威力は持っていた。変異寄生体が無くなった海蛇の幼体はショックで気絶してしまう。

「他にもいるかも…、スライ!」


 ロックの隣の空間。扉が現れ中から出てくるナイツスライム。

「お呼びですか?」

「スライ、シースライムの変異体を識別出来る?呼べる?」

「元はスライムですので。『仲間呼び』で支配出来ると思います」

「やって、そのまま退治。レツ!」

 扉から再び現れるレトピージョ。

「海上監視。上空から。彼奴の波飛沫の刄に気をつけて」

「クックルー、クルッポー」

 そのまま舞い上がっていく。


「ピキ、ピッキー!」

 スライの下半身たるスライム部分の目が光り鳴き声がコダマする。と湾岸のシースライムが騒めき出す。

 やがて変異寄生体を付けた海蛇幼体が数匹と、シースライムに連れて来られた変異体が数匹。

「スライ?」

「寄生していない変異体は自力では動けません。寄生する迄は漂うだけですので、支配下のシースライムに連れてきて貰いました」


「こ、こんなに?」

「数百年後は、海魔が何体も出て来る事態でしたね。でも、何故こんな数が…」

 ウィンドカッターで始末していくロック。

 シースライムも強酸性の身体だ。神竜牙が酸でどうにかなる事はないが、それでも使わずに越した事はない。だからスライも剣は使わずに…。

「同化するの?」

「どうせならば我が力に変えた方が。後、興味深い事がわかりましたよ」

「何?」

「彼等の記憶から、どうやら人為的に変異体に変えられています」

「は?」

「変異体は補完脳です。スライムらしからぬ知能を持っています。彼等は此処に放されたと。また、シースライム達も人間が捕獲に来た、と。『捕まる』『逃げる』『ニンゲン』この語彙からはそうとしか判断出来ません」


 考え込むロック。

 側でロック達の会話を聞いていた総督ギルマス達には聞き捨てならない語彙が飛び交っている。


「ま、待ってくれ、ロック君。き、君は今、この海魔…シースライムの変異寄生体が創られて放たれたと」

「言いました。スライは同じスライム属ですから。意思…通じます」

「だ、誰が一体?」


 ロックはそれに応えない。何かに気を取られている?

「ロック君?」

「皆様、ロック様に多分レツ~レトピージョから何か伝達があったものと思われます。少しお時間戴けますか」

 ロックの状態を見て、スライがビザレニアの人々に語り掛ける。


 レトピージョレツが見ているモノ。

 同じ偵察魔物たるレトパトが此方を伺っている。

「クルッポー!」

「チチチチッ」

 慌てて逃げ出すレトパト。だが上位進化種のレトピージョが追いつかない筈がない。


「レツ、ソイツがどこに逃げるか確かめて」


 追い回されたレトパトはやがて一目散にある場所を目指して逃げ出す。レツはそれに追いつかない感じで悠然と追いかけた。

 元々レトパトよりも遥かに視力・視野・視界が優れている。レトパトが撒いたと思える距離もレツの視界から逃れられていない。

 やがて隣の港湾都市ヴァランシアポートへ着くと、その一角の居館へ降りていく。と、中からテイマーと思しき男性が出てきてレトパトをモンスターハウスに格納した。


「あの居館は?あの旗…、ここも」


 そこは、ポーリア公国内にあるパレアナ王国の大使館である。ヴァランシアポートはポーリア公国の王都ではない。が、公国1の貿易港として発展しているこの都市は王都とのアクセスも容易な事もあり友邦国の大使館も存在していた。

 因みにその友邦国の中にライカー王国は勿論ミルザー法王国も入ってはいない。ザルダン帝国はあるもののリーオー王国もなく、つまりはミッドセリア大陸北部の有力大国の大使館は存在していない。他大陸のエルフィール王国は貿易立国であるが故に大使館は存在するものの、決して友邦関係がある訳ではない。エルフィール王国はミンザ主義の国であるが故の為だ。


「また、パレアナ?」


 ロックは先のゴゥバルド城塞の戦いで見た悪しき錬金術を思い出していた。今回も、彼等が生み出した錬金術の所業が原因なのか?


「パレアナの単独?それともポーリア公国とパレアナ王国が手を組んで?」

「いや、公国ではなくてヴァランシアポートの企みではないか?あの都市は、この街の発展を苦々しく思っておった筈だ」

 ロックから、此方を覗き見していたレトパトがパレアナ王国の大使館へと逃げ込んだ事を聞いたビザレニアの人々は怒りながら議論し始める。

「そうじゃな。おそらくヴァランシアポートとパレアナ王国が組んでの企みじゃろう。公国は、公王は知らぬ事と思える」

「長老、本当にそうか?公王はこの街の自治権を取り戻そうと思うてなかったか?」

「総督、それは?」

「まぁ、全ては可能性の問題か…。でロック君。その後大使館に動きは?」

「単純…。飛竜騎士団が出てきた。コッチに来たら、自白も同然…」


 多分、ゴゥバルド城塞がトライギドラスに破壊された事を知っているのだろう。持てる最大戦力で向かってきているのだろうが、そもそもミルザー法王国との戦争でドランが12頭の飛竜ワイバーンを倒した事は知られてないのだろうか?


 そのドランは、海上で2頭目の、先程よりも大型の群体大海蛇レギオン・シュランゲを見つけて喰らおうとしていた。


「キッシャアーオン」

「パルルルル【待ちやがれ、海のメシ】」

「ピルルルル【大人しくしやがれ】」

「プルルルル【いただきまーす】」


 風魔法による大渦で巻き上げられると、海魔はどうする事も出来ない。まるで空中に放り出されたクラゲだ。波飛沫の刄で反撃するものの、ドランは避けてしまうし、またウィンドカッターで波飛沫を切り裂いてしまう。魔力そのものの差もあって、魔法の威力が段違いなのだ。

 なので結局ドランによって焼かれ、食いちぎられ、最後はコア部にファイアブレスを受けて爆散してしまう。


「くっ、よくも」


 飛竜ワイバーンに跨る騎士団が到着したのはその直後。

「我等は城塞守備の腰抜共とは違うぞ!」

「パルルルル【マスター?】」

 そこへ戻ってくるレトピージョ。

「クルッポー【構わない、やっつけろ、ドラン】」

 レトピージョを通じてロックはドランに意を伝える。

「クックルー【僕も直ぐ行く】」


 6頭程の竜騎士団では太刀打ち出来ない筈。

 が、人の判断力はやはり脅威。ロックはドランのみを戦わせるよりも共に戦う事を選ぶ。

「スライ、ココ、頼むよ」


 飛翔呪文フライトを使いドランの元へ向かう。


「パルルルル【竜の威圧】」

 神竜としてのスキル。

 元々は上位ランクの魔物が下位ランクの魔物を萎縮させ身動き取れない様にするモノだが、同族種ならば威力は倍化する。なので飛竜ワイバーンの動きがみるみる悪くなっていく。

「な、何だ?おい、しっかりしろ!彼奴を倒すぞ。火球攻撃‼︎」

「ピルルルル【コッチもだー!】」

 ドランのソレは神竜の業火。ブレスの威力が断然違う。ワイバーンのブレスとも言える火球を打ち砕き、そのまま竜騎士諸共ワイバーンに直撃する。

「ギャアアオーン」

 騎士は焼け死にワイバーンも致命傷の火傷を負って墜落する。

「い、威力が全然違う?此方の火球攻撃が全く通じない?」

「だとしても!我等の武器は火球のみにあらず」


「僕を忘れてない?」

 竜騎士の後ろに現れるロック。構えた神竜牙が眩しい位に煌めいている。

「貴様!ぐ、がっ」

 袈裟斬りにされた騎士は、ワイバーン諸共真っ二つとなって堕ちていく。

「な、バカな?我等の竜鱗鎧スケイルメイル処かワイバーンをも?」

「神竜ゼファーの牙を研磨した剣が竜鱗を斬れない訳ない」

 ロックは太刀筋の延長上、ドランの背に降り立つ。

「パルルルル【マスター】」

「いくよ、ドラン」


 既に2頭のワイバーンが騎士諸共倒されている。

 それも瞬殺に近い状況で…。


「ふざけるな…、狩るぞ!」

 受け応えするのはリーダー格か?彼の号の元、残りの竜騎士が隊列を組み直す。


「フォーメーション組まれるとキツいか?でも」

「パルルルル【マスター】」

「ピルルルル【任せろ】」

「プルルルル【ヤレるぜ】」

「あぁ。じゃあ僕は右の2頭。いまっ!」

 再び飛翔呪文フライトで飛び立つロック。そのまま右手に編隊を組む2頭のワイバーンへ向かう。


 スゥーッ。


 と、いきなりドランの姿が空間に溶け込む様に消えていく。


「な、バカな⁉︎トライギドラスはどこへ?」

「ギャ…」


 左手の編隊。

 ワイバーンが何かに突き飛ばされたかの如く跳ばされていく。

「な、何だ?」

 そこへ現れるドラン。


「へぇ。お前、『光学迷彩』を喰い取ったんだな」

 懐に飛び込むや否や、ロックは続け様に2頭のワイバーンを斬り飛ばしていく。そのロックも、今ドランが見せたワザは驚嘆に値した。


 ドランとスライが持つスキル『捕食』。

 確実ではなく、しかもランダムではあるが、相手のスキルを文字通り喰い取り己が能力スキルとしてしまう。

「パルルルル【俺様】♪」

「ピルルルル【益々】♪」

「プルルルル【無敵】♪」


「そ、そんな。私1人?何故?何故飛竜騎士団がこうも簡単に倒されていくのだ?」

「法王国との戦争、何も聞いてない?僕等、飛竜騎士団12頭を倒してる…」


 真っ青になる騎士の顔色を見て、ロックはパレアナ王国の情報収集力の拙さを改めて思った。

 ゴゥバルド城塞の時も、彼等はロックの偽物を用意していた割にはロックの従魔は勿論、駆使出来る魔法すらも理解していなかった。

 法王国のドラン=トライギドラスの相手を想定しての獣魔兵器3式02号を開発していた対処と比較しても雲泥の差だ。


「ドランに勝とうと思ったらランクSの魔物を用意する事…」

 最早神竜級の存在だ。

「そ、そんな…」

「ね、正直に応えて?シースライムの変異体。創ってばら撒いたの、パレアナ王国でいいの?」

 聞いている傍から、ドランの口元からチラチラ焔が漏れている。

「そうだ。獣魔兵器は最早ミルザー法王国の専売特許ではない!我がパレアナ王国の錬金術こそがルーセリア1なのだ‼︎」


『威張る事?』

 言質はとった。

 とは言え、ここは空中であり飛竜騎士の叫びが地上にいるビザレニア自治区の評議員達に届いてる訳ではない。ロックの口から伝えても、言った言わないの世界になってしまう。

「今の…、下にいる人達の前で声を大にして言える?」

 試しに聞いてみる。が、飛竜騎士は見るからに狼狽している様で、おそらくは口を噤む。

「でも、変異寄生体の確認中、貴方達が覗き見し、バレたら口封じに飛竜騎士団が出て来た…。状況証拠は揃ってる…。ビザレニアは、パレアナ王国に抗議する」

 確かに。

 飛竜騎士は自分達がとった行動の、取り返しのつかない事態になった事をようやく実感した。

「だが…」

 飛竜騎士団は何処の国に於いても最強の集団だ。口封じ出来ると疑わなかった。


 まさか瞬殺されようとは…。


 何故ゴゥバルド城塞が壊滅したのか。国境が後退したのか。今更ながらトライギドラスの強さを思い知らされたのだった。


「どのみち…貴方は捕虜」

 トライギドラスに睨まれたワイバーンはゆっくりと地上に降りていく。

「くっ」

 騎士がどれだけ手綱を引こうとも全く聴く耳を持たない。トライギドラスの前で、ワイバーンは逆らう気力を完全に失っていた。

 そのワイバーンを上から威圧しつつ、ドランもゆっくり下降していく。

 やがてビザレニアの総督ギルマス達がいる港の端の一角へ2頭の竜が降り立った。


「貴方の…身柄を拘束…する」

 ドランから降り立ち、飛竜騎士へ剣を向けるロック。すっかり萎縮したワイバーンは飛び立つ気配すら無くて、諦めた飛竜騎士はやって来たビザレニア自治区の衛士達に身柄を拘束された。


「ロック様。変異寄生体の処理が終わりました」

「スライ、ドランが『光学迷彩』を手に入れたけど、スライも何か手に入った?」

「手に入ったと言うか、元々持っていたスキルがパワーアップした形ですね。『光学迷彩』の持続時間と『火玉』の威力が増しています」


 スライがビッグスライムの時に手に入れた『火玉スキル』。牽制やどちらかと言えば防御の手段として役に立ってきた。

「それは…、スライも中々凶悪になって来た」



 飛竜騎士は全てを自白した。

 その為ビザレニア自治区は勿論、ポーリア公国もパレアナ王国に正式に抗議した。


 今回の錬金術も獣魔兵器の開発であり、その過程に於いてビザレニアはあわや壊滅するやも知れぬ事態に陥ったのだから。


 また、後日談としてビザレニアとポーリア公国の関係性もギクシャクしてきたのである。

 勿論公国は否定したが、ビザレニアの壊滅をパレアナ王国と示し合わせて企んだとの想いがビザレニア自治区評議会に残ったのだ。

 その為、公国からの完全なる独立という機運がビザレニアに高まったのである。




 アゥゴー・ギルドを、1人の女性騎士が、ボロボロの、傷だらけの姿でやって来た。


 その姿もだが、騎士鎧にある徽章がミルザー法王国のモノだったので、ギルド内がざわつき始めたのである。


「貴女は?」

「指名依頼をお願いしたい。ロックの力を貸して欲しいのだ」

「法王国がロックに依頼を?」


 ギルド受付嬢リリアにとっても、簡単に受け容れる事が出来かねる申し出。


「頼む。虫のいい話なのは承知の上で彼に頼みたい。法王国を救って欲しい」



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転生してテイマーになった僕の異世界冒険譚 ノデミチ @ndmt

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