第36話 許されざる命
パレアナ王国、王都パレアナ。
王宮リングパレス。
謁見の間にて武官・官僚が居並ぶ中ゴゥバルド城塞司令官ターキンが王の詰問を受けていた。
「ターキン伯爵。この失態、どの様に責任をとられるおつもりか?」
国王にかわり宰相が苦々しい顔で詰問してくる。
「城塞を失い、あまつさえ国境さえ動いてしまった。もう一度聞く。どの様に責任をとられる」
ロックと従魔達が暴れて?ゴゥバルド城塞は壊滅してしまった。本来国境警備の城塞であり、空白の緩衝地帯に、大国ライカー王国に負けじと見栄を張って造った城塞である。
ライカー王国としてはパレアナ等気にも留めない小国であり、それ程価値の無い緩衝地帯の国境線なので気を抜いていた感があった。小さな砦を国境警備用にとパレアナ王国が造った時にも無視さえしていたのだから。
その隙に砦を城塞へと造り替え、ライカー王国が阻止せんと軍を差し向けた時には、元の砦を基点にパレアナ王国も国防軍をかなり揃えていた。
隣国との全面戦争は流石に嫌ったライカー王国は、ある意味大人の対応で城塞及び国境を黙認していたのだが、別に条約等で国境を定めていた訳でも無い。城塞が無くなった事に託けて緩衝地帯たる『南の森』の街道に国境警備の砦及び門を造り、タイラー子爵もバークタランドにあった警備兵と国境門を此方に移した。
この事をパレアナ王国が只見ているだけだっあのは、ゴゥバルド城塞跡にドランが…、トライギドラスが居座ったからである。タイラー子爵に頼まれたロックは2つ返事でパレアナ王国を牽制した。ドランもライカー王国の兵はスルーしてパレアナ王国の兵には威嚇した。
実はドラン、両国の兵の区別等つかない。そこ迄顔や制服等覚えることは勿論認識すらも難しい。鎧の徽章等気付く筈も無い。だから気さくに、偶に自分に餌をくれる者達をスルーしていたに過ぎない。
ライカー王国の者は、ドランが先の戦争祝賀パレードで曲芸飛行をやってのけた事を知っている。覚えている。恐い存在では無いのだ。
だがパレアナ王国の者にとっては城塞を壊滅させたランクAの神竜に近い竜種という認識だ。恐怖の対象でしかない。
この意識の違いをドランは感じ取っていたのである。そもそも魔物は敵意に敏感だ。天敵のいない竜種であっても、それは変わらない。
それはともかく、城塞を失い国境を変えられてしまうなど古今前例の無い失態である。とは言え元々『予定通り』を好む…しか出来ないターキン伯爵に現場判断が必須の国境守備を任せた事の方が問題であり、その意味では王や宰相の任命責任の方が槍玉に上がっていたのである。
「陛下に申し上げます」
進み出たのは伯爵子息カイ=ターキン。
結局、ターキン伯爵の引退及び子息への家督相続と言う玉虫色の裁定となる。それ程迄に宰相への任命責任追求の声は大きく本人の引退をもって幕引きをはかろうとした事、そして子息カイが臨機応変に富む有能な軍人である為、彼を当主にあげる事と言う伯爵家と宰相の思惑が一致しての結果である。
「父上の今後の予定は私が決めさせていただきました。どうぞ御ゆるりと風光明媚なカラムの別荘でお過ごしください」
そして副官の上級騎士ライナスは近衛騎士を退団し、改めてターキン伯爵家の従属下級騎士となった。
「君に問いたいのは一つだよ。例の唯一存在する実験体たる魔物少年の事だ」
ロックの偽物とした、悪魔の錬金術で生まれた魔物少年。実は城塞陥落後行方不明になっていた。
「そ、それは…。おそらく商人トマスと行動を共にしていると思われておりますが」
「トマスは今ライカー王国のバークタランドで商いの最中だ。事が事だけに我々がライカー王国で色々活動するのは多少控えねばならなくてね」
「そ、それは」
「君達がテイマーの女性を拉致した事が問題になっていてね。彼女はアルナーグ辺境伯陪臣の上級騎士ザリナス家の娘だ。そして騎士ザリナスと言えば辺境伯騎士団でも突撃隊長をつとめる名のある騎士だ。一介の騎士という訳にはゆかぬ。しかも辺境伯の怒りは大きい。父上の無関心が原因とは言え君が近衛騎士を退団させられたのはこの事に一因があってね」
「へ、辺境伯の…」
「形だけの抗議で済ませたのもこの為だ。彼の騎士団と彼処の冒険者達。残念ながら我が国では太刀打ち出来ない。例のテイマーもいるからね。彼の従魔、トライギドラスの力は君も身に染みている筈」
ライナスの脳裏にも焼き付いている。城塞の防壁を甕の如く叩き割り、有り得ないファイヤーブレスで破壊の限りを尽くした三つ首神竜。小国位ならば滅ぼす事が可能と言われるランクAの魔物の噂に違わぬ威力。
カイには更に疑念がある。
「例の少年は、後どれだけの間人としていられる?実験体の初号は数日で魔物本体の姿に戻ったの聞いているが?」
「そ、それは…、完成体なので大丈夫かと」
実験体は人としての姿と理性を保てなかった。今回はすでに半月は保っている様だが…。
結論から言って、ロックと呼ばれた実験体は矢張り人としての姿と理性を保てていない。
そして、当のロック本人と最悪の形での邂逅を果たしていた。
ドラン~トライギドラスを城塞跡に張り付かせている事もあり、ロックのみが単独で国境付近の南の森にいた。そこへ悲鳴が響いてきたので、ロックは迷わず駆け出していた。
森で魔物に遭遇するのは普通だし、引きこもりであっても人助けに迷う事は無い。街へ出てくる前の時もロックはそうしていた。
「たす、助けて…、が、ギャアアアア」
商人風の年配の男が少年に押さえ付けられて…、いや、齧り付かれている?
バキ、ベキボキ、ゴリッ!
骨毎噛み砕く音か?
少年をよく見ると、フードを被っていないとは言え商人に喰らい付いているのでよく顔が見えない。だが、髪の合間から見えるのは何?
こめかみや耳元のやや斜め上。丸く紅い物がある。
「あれは?眼?そうか!蜘蛛の眼!…成る程、大蜘蛛の魔核を使って母胎から創り出した、ボクのニセモノなんだ」
その声に背を押さえ付けられ、左腕に齧り付かれている男が叫び応える。
「あ、た、助けて!アンタがロックなんだろ!こ、こんな魔物擬き…、ひ、ギャアア」
少年が顔を上げた。咥えたままなので二の腕の身が引きちぎられてしまう。
クッチャ、グッチャ、クッチャ。
身を咀嚼している?その頭部…顔はもう殆ど蜘蛛のものだ。眼は丸く紅い。人ならば目尻の辺りと鼻の直ぐ傍辺り。正面に4つの眼がある。口も大きく開き2本の大きな牙?顎か?それだけに髪があるのがとても不自然に感じる。
身体付きは人間?いや、臀部が大きく膨れ上がっている。そう、昆虫の腹部だ。
「人前に出て来ない…、成る程」
「ち、違う!昨日迄は全く人間と変わらなかったんだ!今朝、急に呻き出したと思ったら変貌して!わ、儂を喰い始めて…、た、助けて」
「ヴヴヴ、オマエ、エサカ」
「キミは」
「ロックダ」
「だよね。そう名付けてもらったんだ」
「エサ、コイ、ミンナ」
そう叫ぶと、臀部…尻の先から白い液体を飛ばす。何の匂い?それにつられて、少し小型の、そして大勢の大蜘蛛が出てくる。
「少し小型?そうか!キミに使われた魔核は、卵嚢持ちの大蜘蛛。それか子育て中…。さっきのはスパイダーミルクか。仲間のせい?森…住処のせい?或いは人型の限界?…ホントにこんな酷いのを創るなんて。ボクの偽物にするなんて!」
怒りに震えながらロックはモンスターハウスを開く。
「出てきて。スライ、ジンライ」
ハウスからナイツスライムとアイスフォックスが出てくる。
「は、早く…、た、助け….ひ、ギャアアアア」
偽ロック~蜘蛛少年が年配の男~商人トマスの頸筋に喰らい付き、トマスの断末魔の叫び声が響いた。と、周りの大蜘蛛も四肢を齧り始める。
正直、ロックは目の前で商人を見殺しにした事に多少の嫌悪感があった。この数年、無償とまではいかないにしても、ロックはお人好し過ぎる救助を行ってきた。
だが、魔核獲得の隠蓑となっていた商人とそれによって産み出された人ならざる存在を助ける気にはなれず、それでいて見殺しにしてしまった事への自己嫌悪も強い為にある意味鬱状態になっていたのだ。
「ロック様。ここで倒すのが慈悲と思われます。おそらく寿命が近いと」
「コ、コ、コーン【魔核が崩れかかっている。人を母胎としたせいか?】」
「崩れかかって?人を母胎…?そうか、心臓に錬金術で何等かの付加を与えて魔核化した…。ホントに…、本当にやなものを!」
怒り、そこから転化する殺気。
大蜘蛛達はそれに反応した。ロックをエサというより敵と判断したのだ。
また自分等より格上の魔物がいる!エサにされてしまう、という本能。本来なら逃げ出していたかもしれない相手を前に、逆に倒さなければ自身は生き延びる事は出来ないという諦めもあり、大蜘蛛達は一斉に粘糸を腹部の先から発射する。
「させませんよ」
スライの下部、スライム状の口から炎弾が飛ぶ。ロックと共に戦いレベルを上げてきたスライの炎は、小さくとも火力と連射速度を上げてきている。多数の蜘蛛の糸はロックに届く前に焼かれて溶け落ちる。
「コーン!【喰らいな!電撃‼︎】」
ジンライの、狐の頭には不釣り合いな2本の角が輝くと地走りの如く電撃が大地を駆け抜けていき、大蜘蛛達は飛び上がってひっくり返る。
「ギャアアアア!オノレ…、ヨグモ」
蜘蛛少年も例外なく電撃のせいで身体が麻痺してしまう。
「君にも生きる権利があるとは思う。でも、ごめん。君は…人の世界では生きられない」
神竜牙が煌めく。
ロックは袈裟斬りに蜘蛛少年を斬る。
その煌めく刃は肩口から蜘蛛少年の魔核を捉え、そのまま腰の辺り迄身体を真っ二つにした。
「ジンライ!」
「コーン!【ブリザード!】」
ジンライのブリザード・ブレス。大蜘蛛達は凍りつき、そのまま砕け散っていく。
「イギラレ…ナ…イ…。ボグハ…ナゼ…ウマレ…タ…」
凍りつきながら叫ぶ蜘蛛少年。やがて、彼も砕け散っていく。
「何故…生まれた…。本当に…、君は何の為に」
逃げ遅れた?いや、ブレスが逸れたのか?
砕け散った氷の陰、数匹の大蜘蛛がヨタつき乍ら逃げようとしている。1匹は動かない。そいつは何かを抱えている。これは?蜘蛛少年の魔核?
「魔核のかけら?そう、別に取らないよ…。コレはキミが大事に持っていて…って食べた?」
その大蜘蛛は抱えた魔核を摂取している様に見える。取り込んでいる?
すると、やがて頭部が変化していく。
腹部、そして脚が出ている胸部は変化していない。唯頭部だけが、蜘蛛の頭部が人型に….人の上半身を形作っていく。
「魔核が、蜘蛛本来の魔核と反応した?摂取する事で取り込む事が出来る?これは『捕食』に近い行為なの?」
先程まで見ていた人の髪形に蜘蛛の眼を持つ顔が作られていく。
「キミはロック?取り込んだ魔核は記憶や経験をも取り込めるの?…いや、能力だけ?だとしても凄いな。ある意味奇跡」
「ア…ヤバリ、イギラレ…ナイ?」
「何故?少なくとも人の街には来ないだろ?この森でひっそりと暮らせばいい。って、そう言うって事は先の記憶があるんだよね?」
「ワガラナイ…。ゴゴデ…イギル?」
「キミの討伐なんて依頼は受けてないから。キミが人を襲ったり何度もしてたら…、そんな依頼もあるかもだけど」
「ビドド…イナイガラ…」
「わかった。生き残った仲間と共に行ってくれ」
ヨタヨタと数匹の大蜘蛛と共に去っていく蜘蛛人間擬き。いや?確かアラクネ?
「アイツの寿命は?」
「魔核が本当に産まれたての様です。おそらくは普通の大蜘蛛程は…」
ロックにはわからない。だがスライやジンライにはなんとなく通ずるモノがあるのか?いや感じるモノ?スライの言葉にジンライも頷く。
「そう。錬金術…。ジッちゃんもルーシアン様も『失伝するよりは』ってボクに色々伝えてくれたけど…、錬金術だけはやめとけって…。薬師中心に伝承されたのが何となく分かるな。魔法医学より生命を弄んでいるみたいだ」
転生者としての素の感情。
流石にスライもジンライも、この想いはわからない。女神ルーシアンの神業による記憶の捏造。辻褄合わせの為、特にスライはロックがガキの頃から共に歩んできた様になっている。実際にも1年以上は共にいるし、最古参なのは間違いないのだが。
「さて、ドランを迎えに行こうか。そろそろ引き上げてもいいと思うし」
簡易ながら砦が構築され、国境すら移動した今現在、牽制の為に城塞跡に鎮座しているトライギドラスもそろそろお役ゴメンだろう。昼寝三昧だとは思うし、幼少期とは言え神竜に近い存在の三つ首竜が単独状態を寂しがる事も無いだろうとは思うのだが…。
「牽制だけだったし、城塞でも中途半端な破壊活動だったし…。でもドランが全力で戦う相手ってそうそう居ないだろうな」
ランクAの魔物が全力で臨む死闘。
どんだけの相手なのか?
自分の想像に苦笑してしまうロックは、今、アゥゴー冒険者ギルドに持ち込まれた依頼がまさにその相手だとは知る由もなかった。
辺境の街アゥゴー。
アルナーグ辺境伯の領都でランクA魔物も出没する魔境が近い事もあり、ここの冒険者ギルド所属の冒険者は高ランクの者が多い。
だからとばかりは言えないのだが、国中処か他国からも依頼が持ち込まれる事がある。
この日、ギルドに持ち込まれた依頼は、ライカー王国の西にある海洋都市国家、ビザレニア商業自治区からだった。
商業ギルドの合議制で治められている港都市国家ビザレニアは、王国西側の隣国ポーリア公国の自治区である。
そこからの正式な依頼。代表としてギルドの有力者、交易商人サー・キリー=ロマンがアゥゴーを訪れていた。
ギルドの方でもギルドマスター・ルミナが対応したのである。
「海魔?あの海魔が、活動期に入った?」
「そうです。そこで海魔討伐の依頼を、ライカー王国有数の冒険者がいるアゥゴー・ギルドにお願いしたいのです」
「待ってください。海魔と言えばランクSとも言われるリヴァイアサンかもしれないって。しかも海中深く棲む魔物です。果たして人間に討伐できるモノなのか」
「此処にはランクA+の
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