ファンタジー日本に転生してなんやかんやでキャバクラの黒服やってます
田楽
第1話
「あー終ったわー」
俺こと山田 一は、まさしくorzの姿勢で口から魂が漏れ出る程の溜息と共に呟いた。
そう、終わってしまったのだ。
2度目の俺の人生も。
ここはファンタジー世界に有りがちに治安が悪くて腕力が物を言う世の中。
そんな見た目は前世日本と殆ど同じなくせに、ダンジョンが発生してしまったせいで色々可怪しくなってしまったファンタジー日本へ俺はなんの脈略もなく転生してしまった。
別段前の人生でこの世界に似たゲームをやり込んでいるわけでもなく、神様にあったわけでもない俺は、若い年齢にしてはちょっと人生経験が多いだけの一般人。
苦労しました。
それでもね、初めはテンションアゲアゲでしたよ。
ダンジョン孤児とかいう社会の底辺育ちでもね、きっと俺にはチートがあるさ、明るい未来が待ってるさと。
当然ダンジョン挑みました。
最初はそこそこ上手く行ってたんですよ。
それはね、精神年齢とか人生経験が違いますから。
堅実に確実に、行けそうな所はちょっと大胆に。
チートなかったけどね、同年代のダンジョン孤児としてはトップ走ってたと思う。
けどね、ちょっと上手く行ってる内に調子に乗っちゃったんですね。
近隣でトップを自称するチームに勧誘されまして、仲間になってダンジョントライ。
まあ若気の至りって言うんですかね、見事に皆さんイキり散らかしてまして、無理筋の階層まで突入して全滅の憂き目にあいました。
結果なんと生き残ったのは最前線に取り残されていた新加入の我々3人のみ、という悲惨なことに。
ギルドのお歴々も頭を抱えておりました。
俺も頭を抱えることになりました。
近隣最強とかいって多少イキったガキンチョの集まりだとしても、間違い無く近隣トップグループの一つだっんですからね、注目されていて当然。
そこそこスポンサーもついてて、そこそこの借り入れも御座いました。
そう、そこそこの借り入れも御座いました。
ちょうど俺の全財産分くらいですね、ええ。
残りの2人?
ははッwww 冒険者とかやってる20代にもならない若造が貯蓄とかしてるとでもwww
おこずかいですよ、あんなのは。
「終ったわー」
装備を全部売っぱらい、貯金を全額返済に充ててようやく解放され、再び銀行の前の道で溜息を吐きながらつぶやく。
ついでに宿無しにもなってしまった。
チームのホームに引っ越したばっかりだったんだけどね、ホームはしっかり差し押さえられましたからね。
他の2人は「またダンジョンで稼げば良いじゃん、私たちこの辺りでトップだったんだよ!!」とか言ってたけどね。
馬鹿は気楽でいいね。
金無し宿無し装備無しでどうするつもりだったのかね?
もちろん全力で引き止めときました、今は諦めて体でも売っとけと。
死んじゃったら元も子もないからね。
え?屑の発想?
彼女達も言ってたけどね。
何をおっしゃるやら。
多少腕力に自信が出来たとは言え、所詮今の俺たちは無一文の若造である。
色々金が掛かる手続きもあるし、低層であっても装備無しでは大変危険だ。
そう簡単に復帰は出来んのですよ。
その点、風俗は住み込み寮ありの店も多いし、しっかりした店だと比較的安全に過ごせるし、当然給料も多い。
体を売るという屈辱さえ乗り越えれば、バックボーンのない彼女達には持って来いの踏み台になってくれるはずだ。
この治安の悪い日本では短期間で復帰する最高の方法である、と説き伏せておきました。
まあ、彼女達が納得できるかは別問題ではあるが。
で、俺である。
当然、男には体を売ると言う選択肢は…無くは無いのだろうが、需要は非常に少ないと言える。
前世のスキルを活かした仕事をしようにも、この日本はファンタジー日本である。
純粋な科学技術を元にしたエンジニアはあまり役に立たない、と言うことが分かっている。
つまり前世のスキルは役に立たない。
じゃあこう言う時、現代日本では皆さんどうしているのかと言えば、日雇い作業を思い浮かべる人も多いと思う。
所謂「ドカタ」という奴である。
しかしココにもファンタジー日本と言う重しが圧し掛かってくる。
ファンタジー日本にはファンタジー種族が居るのである。
もうお分かりだろう、「ドカタ」はパワー系種族の独壇場である、人間族の俺はお呼びじゃない。
もはや選択肢が思い浮かばない。
「終ったわー」
3度目の呟きを漏らした時である。
「道の真ん中でなにしてるのwww 自己主張激しすぎてマジでウケるだけどwww」
目の前に天使が居た。
いや、比喩じゃなくて。
翼生えてるし、メッチャ可愛いし、すんごい笑顔だし、金髪だし、わっかないけど。
「え? あぁ、えと?」
「きょっどってるしwww」
どうやら目の前の天使さんは俺の失意体前屈が非常にお気に召したようで、笑顔で話しかけてくれています。
「なにしてるの?」
首を傾げないでください、惚れてしまいます。
「落ち込んでおります」
いや、他に言いようあるでしょ、俺。
なにテンパってんの。
「それは見れば分かるってwww 自己主張激しいからwww そうじゃなくてぇ、なんで落ち込んでるのかって聞いてるの!」
今度は、両のこぶしを握っての力説である。
なんなんですかね、この可愛い生き物は。
俺の人生とかどうでも良くなる。
「金、無くて」
単語で話すな俺。
「お金ないの?」
再び首を傾げる天使さん、可愛い。
「はい、金も、家も、仕事も…ないです」
片言か!
自分の言語力に呆れてしまう。
アイツら相手だったらこんな事にはならんのに、ナゼ!
「へー、大変だねー。 …うーん、じゃうち来る?」
え?
「え?」
ん?
今なんって言った、この天使さんは。
家に来るとか言いませんでしたか???
「だから、うちに来る? って聞いてるよ?」
うおーマジか!
こんな事があるのか!
これって逆ナン? 俺、ひも人生始まっちゃう!?
「は、はいッ、いきます!」
…その後のことはよく覚えていない。
天使さんにほいほいついて行って、気が付いたら黒いスーツを着せられ、酒を運んでいた。
天使さんの言った「うち」とは自分の働く店と言う意味だったようだ。
天使さんはお店のナンバーワン、天使(あまつか)結衣(ゆい)さん、フェザーと言う種族だそうな、色々まんまだね。
お店は所謂キャバクラである。
そうだよね、そんな美味しい話はないよね。
「いっちゃーん!! あの客マジあり得ないんだけど! アイリンちゃんのね! 服にね! 手!手入れて胸触ってたの!! 手入れてたんだよ! あり得なくない?! これって絶対出禁だよね! ダメッ出禁にして! 絶対!!! 早く!!」
2人組の1見さん、しかもフリー客についた天使さん、改め結衣さんが時間でも無いのに勝手に裏に引き上げて来て、声を張り上げた。
だいたいがご機嫌で仕事を熟す結衣さんがだが、本日のお客様はよほど酷かったらしい、まあ服に手を入れるってのはよっぽどか。
喋っているうちにテンション上がって来たのか、結衣さん今まさにマックスで激おこモードである。
結衣さんは店の絶対的ナンバーワン、普通では1見フリーとかには付けない。
けど時間が早かったこともあり、出勤もあまりそろっておらず、結衣さんが笑顔でOKしたからの大抜擢だったのだ。
良く考えると地雷客に結衣さんとアイリンちゃんを合わせて付けるとか、恐れ知らずだね。
回し担当の荒木さん、相方の選び方の合わせて失敗だったね、大失敗だね。
先にも言ったが、結衣さんは絶対的ナンバーワンである、つまり結衣さんの言うことは大体絶対で、お客様がお帰りになるのはほぼ決定である。
「あー、なんとか収まらないですか?」
こう言うお客様は素直に帰ってくれる事は少なく、だいたい揉める。
そして、荒事になって叩き出すのがお決まりのコースだ。
むろん、叩き出されたのにお代を払って帰る奇特な奴は少ない。
お店の売り上げ的にも、なるべく穏便に行きたい。
なにより、俺がメンドクサイ。
何とか抑えてくれないだろうか?
あ、いっちゃんとは俺のことである。
俺の名前の読みは「はじめ」ではあるが、結衣さんはいっちゃんと呼ぶ。
「絶対イヤ!!! 私もう付かない! 他の子も付けいない!! いっちゃん行って追い出してきて!!!」
あー余地なしである。
普段滅多に怒らない結衣さんではあるが、一度怒ると手が付けられない時がある。
今がその時なんだけと、こうなると梃子でも動かない。
つまり、俺が動くしかなくなるのである。
「あー分かりました、ちょっと行ってきます」
もう改めて言う必要もないかもしれないが、ここはファンタジー日本であり、冒険者とかいう日頃暴力で物事を解決する事に慣れたヤカラ達がわんさか居る世界である。
当然治安も悪いし、キャバクラに飲みに出るようなヤツの質も推して知るべしである。
こちらの1見さんも例に漏れず、冒険者か冒険者崩れと思われる。
「お客様、当店ではキャストへのお触りは禁止させて頂いています。 大変申し訳ございませんが、退店頂けますでしょうか」
いくらヤカラさんだと言っても客は客だ、言葉だけでも取り繕うのを忘れてはいけない。
「あー? 何言ってんだ小僧。出てく訳ねーだろw 聞かなかった事にしてやるから、さっきの女寄越せよ」
ほら来た。
結局は出ていけと言っている訳であるから、いくら言葉を整えた所で、ヤカラさんとしてはお気に召さないのは当然だ。
「大変申し訳ありませんが、当店としてはこれ以上キャストを付けることは出来ません。それでも居座ると言われるのであれば、それなりの対応を取らざる負えなくなります。どうかお席をお立ちになり、ご退店頂けませんでしょうか」
あ、今ヤカラさんの額に血管浮かんだわww
切れていらっしゃる。
「あぁフザケてんのか? 人見て物言えや、小僧!!」
おお凄んできた。
メンドい、怖い。
でも、ヤカラさんも人見て物言った方が良いですよ。
あなた、雰囲気と服装からみて、まだ5層辺りでウロウロしてるでしょ?
「出て行かれないと?」
「行くわけねーだろがよ!!!」
言うや否や、立ち上がって拳を振り上げるヤカラさん。
ふぅ、こう言うのは予想が付いてても緊張するな、未だに。
冒険者やってて今更だが、多分こう言うの向いてないんだ俺。
「ぐぇ」
いきなり手を出しちゃダメですよ。
後で警察に言い訳できないよ?
ほら、お連れさんも付いて来てないよ?
「どうされましたか、お客様? 体調がよろしくない? それはいけない。 さっ、ご案内いたしますので病院へ行きましょう」
お腹を押さえて前屈になったヤカラさんを抱えて店外へ。
ぽいっと投げ捨てると、もうお客様ではない。
「分かってると思うけど、二度と面出すな。 今度は腹痛じゃすまないぞ」
と、かっこ付けて言ってみる。
うへぇ、似合わない俺。
やってて恥ずかしいわ。
「お、覚えてるよー!!!」
と、捨てゼリフの見本のような事を宣って走り去るヤカラさんとお連れさん、やっぱりお代は頂けない。
あれ? そう言えば間違ってたなセリフ「覚えてるよー」ならそのうち払ってくれるかも。
んなわけないか。
でも付き合ってみると、意外と面白い人なのかもしれない。
仲良く出来ずに残念だ。
「ふう、よかった。 大した事なくて」
思わず、本音が出てしまう。
「いっちゃんさんでも、ああ言うお兄さんは怖いんですか?」
振り向くと合法ろり…もとい胸を触られた被害者の新人キャスト、アイリンちゃんが不思議そうな顔で俺を見上げていた。
これの服に手を入れて胸揉むとかね、もうね、犯罪臭が酷い。
結衣さんが激おこぷんぷん丸になるのも分かると言うものだ。
「そりゃね、荒事は苦手なもんで」
現代日本の感覚が抜けないんだよね、いつまで経っても。
ダンジョン内はゲームっぽいから、あんま感じないんだけども。
「へー」
なにか意外な物を見た、みたいな感じで目を見張るアイリンちゃん。
そんなに不思議ですかね、俺そんなヤカラ感出て無いと思うけど。
「いっちゃーーん、ご苦労さまッ! やっぱ頼りになるわー。あの時拾って正解だったわー」
「結衣さん、よいしょしてくれるのは良いんですがね、拾ったは止めてください。
事実ではあるんですが、犬猫じゃないんだからやっぱりね、ちょっとね」
はー、荒事は多いし、面倒事も多い。
冒険者時代に比べて、自由もない。
でも、まあいっか。
人生諦めかけた俺に手を差し伸べてくれた結衣さんとか、店の皆には本当に感謝している。
こうして俺はファンタジー日本のキャバクラで黒服になった。
寮あり、賄いあり、給料もそこそこ、休みは…、だけどね。
これからも、結衣さん含めキャストの皆さんの為に働きますよ!
あーワンチャンないかなあー。
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