ストレイシープの鳴き声

第2話 プロローグ

 鏡を見る。


 そこに映っているのは、父という名の『教師』である男に呪わしい程よく似た、端正な男の顔だ。左目の下は、皮膚が裂かれた跡が残っている。縫ってステロイド剤でも飲めば綺麗に治っていただろうが、それを敢えてしなかった。



 その理由を、男――静馬は、父には答えなかった。櫻子が与えた櫻子の傷である事では、間違いない。



 だが、これは『笹部』だった自分との決別の証でもある。


 その意味を、父は理解出来ないだろう。父はサイコパスの極みであり、静馬のその想いを共感する事はきっと一生出来ない。



 笹部と呼ばれた自分と、愛しい櫻子。何故か憎めない篠原と過ごしたあの奇妙な日々を、静馬は記憶の底に沈めた。




 そして、ナイフをズボンのポケットの背に刺して隠して、部屋の外に向かった。桐生の事件を模倣して、彼の歴史を学ぶために。




「さようなら、櫻子さん」


 小さく呟くと、サングラスをかけて部屋の外に出た。この言葉は、静馬が殺人を行うたびに口にしている。



 まだ暑い夏の太陽が、眩しい。

 蒼馬が行った未解決事件を、これから模倣しに行く。蒼馬から指示がない限り、この作業をこなしていく。静馬がその事件の数を見ただけで、ゾッとしたほどだ。

 


 蒼馬の為に、創られた命。幼少期から、そう何度も繰り返し教えられた。


「君は、僕のコピー。僕になる為に、創られたんだよ」



 そう。静馬というのは、存在しないのと変わらない。蒼馬の為に、蒼馬の手となり足となる――その為に、禁忌の産まれ方をした。




 感情というのは、厄介だ。自分もサイコパスであったら、どんなに楽だったかと思う。しかし、サイコパスに支配されている自分には抗えない。


 母や父という存在を感じさせてくれた篠原の両親を手にかけた時に、もう後戻りは出来ないと全てを諦めた。


 静馬は、『ひばり』を頭の中で歌った。これを歌っている時が、一番落ち着いた。



 電車に乗り、静馬はこれから犯行を行う現場へと向かった。



 蒼馬の記憶を辿る、その為だけの殺人を行いに。

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