春の雪

物語中毒者

第1話

昔々、ある所に一匹の雪鬼がいました。

その雪鬼は桜が大好きで、いつも近くにある一本の桜の木で、早咲きした桜を見ていました。

ある日、その雪鬼は仲間に言いました。

「僕、桜が見たい」

「お前、いつも見ているだろう」

仲間の雪鬼は近くに生えている一本の桜の木を指差しました。

しかし彼は、違うそうじゃない、と首を横に振ります。

「僕は、満開の桜並木が見たいんだ」

そう言った彼を、馬鹿にするように仲間の雪鬼が笑いました。

「お前馬鹿だな。そんなの無理に決まっているだろ」

雪が降る日にしか地上を歩けない俺らにはそんなことは不可能だと、仲間の雪鬼は彼を諭します。

仲間の雪鬼は、諦めろ、と最後に一言言って去っていきました。

しかし、仲間の後ろ姿を見ている彼の目はまだ微塵も諦めていません。

「……よし!」

翌年、冬になり始めて雪が降った日に、彼は旅立ちました。

旅の途中、通りすがりの雪鬼に桜並木の場所を聞きます。

しかし、雪鬼のほとんどは春に咲く木などに興味はないので、彼は誰からも芳しい返事は貰えませんでした。

それでも、彼は諦めず旅を続けます。

そんな先が見えぬ彼の旅も3ヶ月、とうとう桜並木に辿り着きました。

桜並木の全貌が見える少し離れた木々の下で、彼は桜の開花を待ちます。

今年の終雪は長く3月までもってくれましたが、桜並木はとても満開とはいえません。

彼は、今年は諦めて眠ろうと目を閉じます。

しかし、いつまで経っても意識が途切れません。

閉じた目を恐る恐る開けると、目の前に雪が降ってきました。

驚いて顔を上げると、視界は一面白で埋め尽くされました。

「これは……花?」

もたれかかっていた木の枝から、まるで雪を想わす小さな白い花びらが咲きほこっていました。

彼は、もしかして他の木も、と周りを見ました。

しかし、花が咲いている木はここだけでした。

「もしかして、咲いてくれたの?」

彼がそう聞くと、まるで肯定するかのように枝が揺れ、花びらが目の前に降ってきます。

地面に落ちる前にそっと掬う。

「……ありがとう」

彼は名前も知らない木に心からの感謝を込めながら、花びらを大切にしまいました。

こうして、彼は桜が満開になるその日まで、春の雪に守られながら過ごしましたとさ。

めでたし、めでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春の雪 物語中毒者 @PAWS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る