第23話 静とサクヤ

「何をしているのですか?」


 金峯神社に戻ると従者達が何かを捕まえていた。


「いっいやぁ、珍しい蛇がいるなぁととっ捕まえたんですよ・・・」


 1人の従者が太刀で串刺しにしたものを見た。それは最初は小さな蛇に見えた。

 だが蛇にしては胴が太く、口はあっても目と鼻がなかった。


「珍しいって、お前らそれは野槌(のづち)だ!」


 行信さまが叫んだ。

それと同時に地面から巨大なものが飛び出した。

 一間(1,8メートル)はあろうかという野槌だった。


「わぁああああああ!」


 従者達が悲鳴を上げて逃げ出した。その1人を野槌は咬むと一気に飲み込んだ。

 反転して野槌はわたくしの方を見た。


「静!」


 義経さまがわたくしの名を叫ぶと太刀を抜いて大きな野槌に突進した。

 義経さまの刃が頭を上げた野槌の下顎から頭上を貫いた。


「シャアアアア!」


 炎に包まれて消える野槌の背後からもう一匹の大きな野槌が飛び出して義経様を襲った。

 義経様は怯むことなくその野槌も斬った。


「ぐぁ!」


 草むらから一匹の小さな野槌(のづち)が飛び出し、義経さまの脇腹を咬んだ。

 義経さまは脇差しでその野槌を刺し殺した。


 ドォン!


「なんて大きさだ・・・」


 行信さまの前にさらに大きな野槌が現れた。

 頭を上げたその大きさは一丈(3メートル)を超える巨体だった。


 バサッ!


 突然、陰が飛び出した。


「お前たちを守る!」

 

 前鬼だった。

 鉞を持って巨大な野槌と対峙した。


「シャアアアア!」


 野槌が大口を開けて前鬼を咬もうとした。


 ドォオオッン!


 前鬼が鉞を振り下ろした。

 野槌はかろうじて避けた。

 前鬼の鉞は地面に刺さり、勢いで地面が揺れた。


 ドォオオオッン!


 再び地面が揺れた。

 だが、前鬼の鉞では無い。


 行信はサクヤを見た。水瓶を持ち、額に一本の角が生えているサクヤが立っていた。


「後鬼が力を貸したのか?」


「聞きなさい、野槌!あなたが我が子を殺した人間に怒る気落ちはわかります。ですが、この者達とこの娘はあなた同様わたくしも守らねばなりません。退きなさい!」


 後鬼の力を借りたサクヤが野槌にそう告げた。

 野槌は身を切り返すと姿を消した。


「義経さま!」


 倒れている義経さまのところへ行った。


「しず・・か・・・拙者には・・・おぬしが!・・・ひつ・・・よう・・・」


 毒に苦しんでいる。

 持っていた水瓶の中に入っている理水を口の中に含んだ。

 以前、鞍馬天狗さまから聞いたことがある。


 ―野槌の毒を治療する方法は龍涎薬か鬼が作り出す理水で治せる。

 だが、理水はそのまま人に飲ましてはいかん。鬼の理水は人間の身体には危険なので、中和させねばならん。

 その方法は。


 理水を口に含んだ。

 そして、義経さまに口づけした。


 これが鬼の理水を薬として人に飲ませる方法だった。

 憑依した者が半分鬼の力、半分人間の力で理水を人が飲んでも大丈夫なように口の中で中和させることだった。


「・・・静・・・助けてくれたのか?」


「はい・・・」


 義経さまは回復した。

 義経さまが元気になると先ほどの好意が急に恥ずかしくなり、顔が熱くなった。

 おもわず、義経さまから顔をそらした。


「・・・・・・ぁ」


 義経さまの顔が消えると、義経さまと瓜二つの顔と目があった。

 

 行信さまがずっとわたくしの行いを見ていた。

 何か悔しそうな目をしていた。


*        *        *


「静、拙者は今から後白河法皇のところまで行かねば成らぬ。出来れば家まで送りたかったのだが・・・今日は楽しかったか?」


 都に帰ったとき義経さまが心配そうに今日の事を尋ねた。


「はい、とても良い日でした」


 笑顔で返事をした。義経様の顔から心配が消え晴れ渡るような笑顔になった。


「返事を、待っておる!」


 義経さまはわたしから離れた。わたしのもとに残ったのは行信さまだけだった。

 行信さまは黙ってわたしを家まで送り届けてくれた。


「行信さま、わたしは義経さまの妾になれますか?」


 無事に送り届けてくれた行信さまに思わず聞いてしまった。


「・・・兄者は某を真の弟のように接してくれます・・・兄者は家族と仲間を大切にいたします。静様を不幸にはいたしません!」


 言葉を詰まらせながら行信さまはそう言ってくれた。


「ですが、あのお方には郷御前さまと娘がいるはずでは?」


 この問いに行信さまの顔が焦っている。

 良くない事を聞いているのは分かっている。

 だが、聞かずにはいられなかった。


「確かにおります。兄者は郷御前様も娘も大切にしております・・・ですが」


 行信は一度、言葉を止めると、大きく胸を動かして続きを言った。


「郷御前さまは兄、鎌倉殿の命で嫁がれたお方です。判官様が真に側にいて欲しいのは、あなた様です」


 すぐに返事が出来ない。

 わたしには覚悟が出来ていない。


「・・・あなたは綺麗な人です・・・」

 

 目を合わさず行信さまが答えてくれた。


「あなたは人を幸せにする綺麗な人だ。だからこそ・・・あなたは不幸になるべきではない・・・良い人と結ばれるべきです」


 最後の言葉が心に刺さった。

 義経さまは良いお人だ。


「・・・わたし・・・義経さまの妾になります」


 覚悟を決めた。わたしは、あの人の妾になる。決意すると馬から降りた。

 母屋に入る前に、行信さまの耳元でささやいた。


「わたしの真の名はサクヤと申します」


「えっ!?すると静御前というのは?」


「わたくしが白拍子でいるときの名です!ちなみに母、磯禅師の真の名は巫(かんなぎ)。本当は静御前なんて女性はいないのですよ!」


 行信さまだけにわたしの真の名を伝えると、母屋に入った。

 行信さまはしばらく呆然と立っていた。

 

 翌日わたしは静御前として源義経の妾となった。


*        *        *


「なぁ、ホロ・・・夫婦を長く続けるコツってのは何だ?」


「何の質問だ?」


「お主はククリ殿と100年以上長く夫婦をやって来たのであろう?ちと、その秘訣を知りたくてな」


「いや、少し前まで別れていた」


「何だと?」


「俺達にも色々あってな。ずっと昔、ククリが1人になりたいと言い出した。まぁそれで俺達は別々に暮らしたんだが・・・俺がまた鬼神と戦うと知って、守ってやるって戻ってきやがった」


「はぁ~大したもんだお主らは・・・」


「ほれ、俺の妻とお前の女が出てきたぞ」


「判官様の妾だ・・・」


 外で半日ほど待たされて日が傾きかけた時、ようやく男達の前にサクヤとククリが出てきた。


「猫というのは警戒心が強くてな、あそこの男共らは戦の臭いが強すぎて怖いみゃ・・・だが、おみゃーさまらは大好きみゃ~。もしまた会えたら思いっきり笑顔であうみゃ~」


「はい、ありがとうございます・・・」


 わたしは猫又の家を後にした。

 猫又は笑顔で手を振って見送った。


「おさと~~~~」


 サクヤとククリがおさとと共に戻ってきた。そこに待ちかねていた貴族がおさとを見るなり走り出した。


「みゃぁああああああああ~~~~~~」


 貴族が名を呼ぶとサクヤの腕から一匹の三毛猫が飛び出して男に走っていった。

 そして甘い声を出しながら男の足をすりすりした。


「そうかおさと、やっぱりまろが好きでおじゃるかー!」


 この男は動物に対して強い愛情があったようだ。おさとと呼んでいる猫を抱きかかえると猫の身体に自分の頬をすりすりした。


「皆の者、大義であった!まろに幸せが戻ったでおじゃる!」


 貴族は幸福に包まれたように猫を抱きながら帰って行った。無事におさとを男に連れ戻したサクヤは皆を見た。


「あっあの・・・申し訳ありません・・・」


 申し訳なさそうに付き合ってくれた皆に謝った。


「ぷっ・・・はっはっはっー!・・・愛しい者が猫とはのぉ~」


 こらえきれずククリは大笑いした。


「まっ恋は色々ある。良かったじゃねぇか!」


 ホロはからかうようにサクヤのおでこをつついた。サクヤはからかわれるのが少し嫌な気分だったが、皆は楽しそうに笑っていた。


 その中で1人、光さまだけがずっと真顔だった。


「あ、あの・・・おさがわせしました・・・」


「某はサクヤさまのその優しさは・・・良いと思います・・・」


 光さまは耳をかきながら、そうおっしゃってくれた。その姿を見たら何だかこちらがおかしくなって少し笑ってしまった。


「それは?」


 光がわたくしが持っていた鈴に気がついた。


「あぁ・・・これは、猫又さまからいただいた物で、困ったときにはこの鈴をならせと・・・それと・・・」


「何か?」


「猫又さまがおっしゃるには、最近ここら辺を鬼神の配下がうろついているそうなので、この先の人間界への出入り口にも、その者達が待ち構えているかもしれないと」


「それは困った・・・」


 光は頭を抱えた。


「光殿。それで猫又が異界から異界への抜け道を教えてくれたぞ。この道を行けば良いらしい」


 サクヤを気に入った猫又が異界から異界への抜け道を教えてくれた。ククリがその道を指さした。


「本当か!?よし、その道を使おう!」

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