第17話 特異な行い

「行信、この場所を馬で駆け下りれるか!?」


 兄者と行動を共にするようになってから4年後、我らは平家の都、福原京を攻めていた。


 攻める場所は塩屋口、夢野口、生田口の3つがあるが当然ながら平家もそれは想定していたのでその3つに兵は配置していた。

 長期戦になるのではとも予想された。


 某にはそれ以上の懸念があった。


「やつは・・・今、誰の味方をしている・・・」


この源平の戦い、奴はどちらの味方をしているのか?

 この戦にあたって前もって数名の天狗党の仲間を福原に諜報に向かわせた。


 だが、仲間は帰ってこなかった。

 福原京に奴の配下の妖怪がいるのかもしれない。


 この戦の3年前、六波羅殿がなくなった。奴は次の時代を担う人間を選んでいるはずだ。


 奴は背後で人間を文字通り駒のように扱い、平気で切り捨て、己の意のままに思いもよらない者に権力を持たせたりする。

 平家はこの福原でもう一度盛り返そうとしている。

 源氏が負ければ平家が返り咲く。


 いや、もし源氏と平氏両方の力が弱まれば、この戦を傍観しているあの御仁に権力が集中する。


「では某はそこら辺で待っております」


「うむ」


 とある社で軍議が行われる。

 某は判官様のお供をし、判官様が軍議を行っている間は、どこか離れた場所で待っていようと思った。


「なるほど、確かにうり二つ」


 判官様を見送ってさて、どこかに隠れるように離れようと思ったとき1人の武将と対面した。


 梶原景時(かじわらかげとき)である。教養もあり、都の貴族から「一ノ郎党」と称されたお方だ。

 それで某は、心の中で景時殿を一ノ郎党殿と呼んでいる。

 

 別に皮肉で言っているのではない。


「噂を聞いてな。豫州(よしつね)殿にはうり二つの者がいると・・・お主は影武者か?」


「いえ、ただ似ているだけです」


「・・・そうか、似ているだけか・・・さて、似ている男の目には拙者はどう映っている?」


 なにやら警戒心を感じる。

 某を敵か味方か吟味でもしているのであろうか?


「石橋山で鎌倉殿を救った話は聞いております。次の主となる者を見抜き、そのお方を救った行いはまさに真の武士!」


 一ノ郎党殿はかつて平家側にいた。

 だが4年前、石橋山で鎌倉殿の命を救い、そして一ノ郎党殿は平家を捨てた。


 本来であれば平家のために鎌倉殿を討たねばならぬ所を一ノ郎党殿は鎌倉殿の命を救った。


「・・・そうか・・・だが、あれは特異なことではないぞ」


「と申しますと?」


「拙者が、あの時鎌倉殿を救ったのは、もはや力は平家よりも、鎌倉殿に味方していた・・・それに従っただけだ。特異なことではない」


 一ノ郎党殿はそう言って社へと向かった。

 

 某は他の郎党達とは離れた所で様子を見ていた。

 しばらくして判官様が出てきたので出迎えた。


「戦が長引くだと!?冗談ではない!」


 軍議を終えた判官様が怒っている。


「戦が長引けば、長引くほど新たなる世が遠のいていく。新しい世を作るためには平家との戦を早く終わらせるのが大切なのじゃ!」


 判官様が焦っている。

 師匠も言っていたが、判官様は気が短い。


「他の者達は普通に戦をするだけじゃ・・・それだけでは世の中は変えられん!」


 だが、その気の短さ故に判官様は誰も想像していない解決できる抜け道を見つけ出す。


「行信、何か方法はないか?」


 と思っていたら判官様が某に振ってきた。


 某は師匠の言葉を探った。

 戦において、大将が確保すべきは己の安全な場所。大将は己の安全を確保して軍を動かす。

 だが、時にそれが弱点となる。

 もし、ここは普通に考えて攻めてこれないと信じて疑わない場所から攻められればお終いよ。


 戦において、度胸も必勝の要素。


「敵が攻められないと思っている場所はございませぬか?」


「・・・攻められないと思っている場所・・・」


 某の一言に兄者は地図を広げた。

 そしてある場所に目がとまった。


「行信、この場所を馬で駆け下りれるか!?」


*        *        *


「凄いことを考えるものだ・・・」


 某は仲間とともに馬を2頭連れてその場所に赴いた。

 鵯越(ひよどりごえ)の山頂から鉢伏(はちぶせ)の山頂へ、そして馬の背のその先に、目的の場所が合った。


「お初にお目にかかる。あのお方の血を飲んだ者よ」


 鉄拐山(てっかいさん)を登って、一本の松があるところで一匹の妖怪と出会った。


「酒呑童子か!?」


 一発で分かった。大江山で鬼共を束ねていた酒呑童子が福原にいた。

 1間4尺(192センチ)はあろうかという大柄に額から2本の赤い角が生えていた。

 酒呑童子は討ち取られたと聞いたが、これで納得した。討ち取ったのは酒呑童子を名乗っていた盗賊連中だったのだろう。


「この先で、何をするつもりだ?」


「・・・戦だ・・・」


 太刀の柄を握った。

 この時はまだ神漸は持っていなかった。


「お主はどちらの味方だ?」


 酒呑童子は鬼神の配下だ。

 もし、酒呑童子が平家の味方をしているのならば我らは負ける!


「ふっ面白い・・・・・・」


 酒呑童子は消えた。

 

 鬼神がどちらの味方をしているのか分からないまま目的の場所へと向かった。


「これか・・・」


 急勾配の坂だ。

 その坂に連れてきた2頭の馬を下りさせた。1頭は転んで落ちたが、もう1頭は下りることが出来た。


*        *        *


「そうか・・・拙者は大軍を指揮せねばならん。行信、拙者の兜をかぶるのじゃ!」


 結果を聞いた兄者は某に自分の兜をかぶせた。

 某は精鋭70騎を率いて駆けた。急勾配の坂を精鋭70騎が駆け下りた。


「平家軍か!」


 坂を下りたところに、平家軍がいた。

 だが、やつらはこの上から敵が来ないと思い込んでいたせいで、動揺して戦うことが出来なかった。


 武将が1人いた。


 いや、鬼だ・・・。

 頭頂部から一本の角が見える。


 某は太刀を抜いた。

 鬼が気付いた。


 ザン!


 鬼を斬った。

 そのまま平家軍へと突撃した。


 不意を突かれた平家は崩れるように退却した。


「!?」


 異界に引き込まれた。

 

 そこは巨大な連なる壁があり、塔のような巨大な櫓が何基もそびえ立っている城郭に引き込まれた。


「大したもんだ・・・坂を下りるとは」


 目の前の城郭のてっぺんに酒呑童子がいた。

 酒呑童子が飛び降りた。


「・・・勝負するか?」


 ダッ!


 酒呑童子が三節棍を振り回した。

 某は躱して、手裏剣を投げた。


「聞きたいことがある」


「なんだ?」


「我らが戦を仕掛ける前、平家の警戒が緩んでいた」


 戦を仕掛ける前に奇妙な事が起きた。

 平家が警戒を緩めていた。


 ありえない。

 これから戦おうと言うのに平家は何故、警戒を緩めたのだ。


「これなら某が逆落としをしなくても源氏の勝ちだ・・・鬼神は鎌倉殿についているのか?」


「いかにも!後白河法皇から源平双方に使者が訪れ、戦ではなく和平を持って無用な血は流さぬよう勧告があった」


「そんな話は聞いていない!?」


「そう、実際は使者は平氏のところしか行っていない。源氏に使者は来ていない」


「鬼神の策略か?」


「いかにも!あのお方が自分たちを守ってくれて、源氏は攻めてこず自分たちは安全だと信じ切った平家の哀れな敗北よ・・・ちなみに俺はこいつらを仕留めに来た・・・」


 酒呑童子が2匹の妖怪の首を見せた。


 狢(むじな)である。

 狐や狸同様、化けて人をたぶらかす妖怪だった。


「お前が斬ったあの鬼は、言うなれば鬼くずれだ」


「鬼くずれ?」


「俺に従っていた三下の分際で主のようになりたいと願ったバカな奴よ。俺から離れてこの狢共らを従えて、平家を盛り返そうとした。だが、平家はあのお方が、終わらせると決めた。俺は、あいつを消し去ろうとここへ来たが・・・お前が倒したか・・・俺は帰るよ」


 酒呑童子は姿を消した。


「・・・鬼神が勝利をもたらしたのか・・・」


*        *        *

 

「誰も考えない策を思いついたのだ。何故、それがいかん!?」


 確かに逆落としなど天才しか出来ぬ発想だった。

 兄者はそう述べたが、他の武将達は兄者を受け入れようとしなかった。


 兄者の戦いは他の武将から非常識だと言われた。

 従来の戦をしたかった他の武将達は兄者の特異な戦いを受け入れなかった。


 兄者が孤独に見えた。


 天才であるが故の。

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