第16話 弓を手にした猩猩

 我らは近江国蒲生郡鏡山(おうみのくにがもうぐんかがみやま)の東山道を歩いていた。


「さっきからずっと気になるのがあるんだがなぁ・・・・」


 木々で周りの視界が遮られる中でホロが辺りを見回しながら異変に気付いていた。


「後を付いてくる者がいることか?」


「おっお前も気付いていたか!?」


 ある程度歩いてると少し開けた場所に出た。


「ここら辺なら広くて辺りが見回せる」


 足を止めて皆で辺りを見回した。


「ククリ、くせ者がお前を襲ったらすぐに俺が助けてやる!」


「あほぅ、わらわがそなたを守る!」


「お~ありがたいククリ。だが俺は1人でも戦が出来る男だぜ」


「ばか!独りになるでない!」


 ハル殿とホロは冗談交じりの会話を交わしている。某はこの状況にサクヤ様を守らねばと冗談など言っていられない。


「!?」


 ホロが話を止めて何かを警戒した。


「臭うな・・・」


「サクヤ様、我らの真ん中に!」


「はっはい!」


 3人でサクヤ様を真ん中に三方を警戒した。


「ホロ・・・ここら辺りに異界への入り口があると聞くが・・・」


「おお、あるぜ」


「師匠から遣わされた、その異界から別の人間界の出入り口へと案内してくれる天狗がいるはずなのだが・・・倒されたか?」


「光さまぁ~」


 声がした方に全員が振り向いた。

 小天狗のいちだった。


「伝令です。鞍馬さまがおっしゃるには鬼神は自分が封印されるのを見越して、日本中に自分の配下を忍ばせているようです」


「やはりな・・・いち、お主も気をつけろ」


「はい。では・・・」


 いちは要件を伝えると飛び去っていった。


「・・・来た!」


 ククリが前方に弓を構えた。


「犬神か!?」


 犬の首が飛んできた。胴体を持たず、真っ白い眼をした犬の首が飛んできた。

 人間はあれを犬神などと呼んでいる。だが、あれは犬の怨霊であの首は人間に憑依することもある。

 

 シュパッ!


 犬神は3町(330メートル)のところでククリ殿の矢に打ち落とされた。


「まだ来るぞ!油断する出ない!」


 犬神がさらに2体飛んできた。


「この野郎!」


 刀を2本持ったホロが2体の犬神を一瞬にして切り裂いた。


「3体来たか!?」


 某の所には3体の犬神が飛んできた。

 懐から手裏剣を3本、犬神に飛ばした。

 3本の手裏剣は3体の犬神の眉間に命中した。


「おっ光、やるじぇねぇか!」


「そんな事を言っている場合では無い!まだ来るぞ!」


 犬神は数を減らすこと無くどんどん襲ってきた。


「わたしが結界を作ります!それまで持ちこたえてください!」


 サクヤ様が刀印を作った。

 先ほどサクヤ様が言っていたが、サクヤ様は師匠からある程度の修行を積んで結界を作れるそうだ。


「ホロ、ククリ殿、サクヤ様が結界を作るまで耐えてくれ!」


「速いとこ頼むぞ!」


「ウォオオオオオオ!」


 どこかから遠吠えがした。

 犬神の遠吠えではない、聞いたことのない声だ。

 その遠吠えで犬神の群れが3つに分かれた。


「しまった!」


 一匹の犬神が我らの隙をついてサクヤ様の頭上へと舞い上がった。

 犬神はサクヤ様めがけて急降下した。


「サクヤ様」


 シュパッ!


 どこかから一本の矢が飛んできて、犬神に刺さった。


「ウォオオオオオオ!」


 また遠吠えが聞こえると犬神達は去って行った。


「なんだおめぇ、猩猩(しょうじょう)か!?」


 ホロが何者かを発見した。

赤毛の妖怪が1匹立っていた。


「猩猩です」


 若い猩猩だった。

 姿は人間に見えるが、獣の手足を持つ妖怪だ。天狗と猩猩どちらが人間に近いかなど話題になるほど人間に近い妖怪だ。


「猩猩が弓を持つとは珍しいじゃねえか」


 猩猩というのは六尺棒しか持たない妖怪と言われている。だが、この若い猩猩は弓を持っている。


「あなたは大神と呼ばれている人狼のホロ殿ですか?」


「おう、よく知ってるじゃねぇか」


「お頼みする!おいらを強くさせてくれ!」


 突然若い猩猩は地面に手をついてホロに頭を下げた。


「その弓か?」


「いえ、棒術で!」


「まっいっちょ来いや・・・・」


 ホロはいきなりの申し出を受けた。猩猩は棒術に関してはかなりの手練れだ。

 彼らは間合いが届かない場所から棒が伸びるように相手に当てることが出来るという。

 

「では!」


 若い猩猩は木に立てかけていた六尺棒を手にした。

 構えが成っていない。


「えい!」


 ゴン!


 若い猩猩は届かぬ間合いから無理矢理、棒を繰り出したがホロは難なく避けると拳で一撃、若い猩猩は倒れた。


「土乱知ってるよな。お前、あいつの群れの者か?」


「ホロ、土乱とは何者だ?」


「猩猩の頭の中の頭だ。猩猩ってのはそれぞれの部族で生きてんだが、土乱は千戦無敗って呼ばれるほど頭同士の戦いで負けたことがない。それで自分の部族を越えて他の部族まで従えるほどの強者だ」


 人間で例えるなら、武士の棟梁というところか。かつての六波羅殿や今の鎌倉殿は各地の武士を束ねている。


「土乱はおいらのおとうだ。おいらを認めてくれない・・・」


「認めてくれねぇ?おめぇの何を?」


「考え方だ。おとうはそれを認めてくれない。そこで大神のホロ殿に頼んでおいらを強くさせてもらおうと思ったんです」


 若い猩猩が涙ぐんだ。


「おめぇ、土乱に自分のことを認めて欲しいのか?」


「はい・・・」


 ホロはしばし考え込んだ。


「光、お前が言った異界への入り口は土乱が住んでいる場所だ。こいつに案内させよう」


*        *        *


「この先です」


 若い猩猩の話を聞いて、この森で異界と繋がっている場所へと歩いた。

 周りを霧が覆っていき、ついには真っ白となった。


「!?」


 霧が晴れたときだった。


 広い大地に出た。

 所々に草しか生えていない大地がどこまでも広がる広い大地だった。

 遠くに一本のとてつもなく大きな木が立っていた。その根元に数名の猩猩達が立っていた。


「何の用だ~、この一匹狼!」


 大木の上に六尺棒を持った猩猩が牙をむき出しにして座っていた。


「よう、一千無敗!」


「うるせぇ~~!おんどれのせいで、わいの無敗が崩れたんじゃ~うぅぅぅ、きぃぃぃ!」


 ホロが言うには土乱は猩猩の世界で「頭の中の頭」と呼ばれ、猩猩同士の戦いで負けたことがない。

 そんな土乱が唯一負けたのが、ホロだったそうだ。そのせいか相当なお怒りだ。


「土乱、もう一度俺と勝負しろ・・・」


「なっ、何だと?」


「この先にもう一つ人間界への出入り口があるだろう?俺が勝ったらそこへ案内しろ。それとも認めたくねぇか俺より弱いって?」


「勝負してやろう!」


 土乱が地面に降りてきて、六尺棒を構えた。その構えは身体中どこにも偏りが無く、足運びもまったくすきを見せぬ。


 シュッ!


 うわさ通りだ。

 間合いは遠かった。だが、土乱がそこから棒がまるで伸びたように突きを入れた。


「きぃ~~~ちきしょう~お前は俺より天才なのかー!?」


 だが土乱の負けだ。ホロは土乱より一呼吸速く、懐に入ると持っていた刀で土乱の喉元を抑えていた。

 土乱は顔を真っ赤にして六尺棒で地面を叩きまくった。


「と言うわけで土乱。この先の道へ案内しろ」


「・・・悪いがそれは出来ねぇ!」


「何だとこら!」


「約束を破るようで悪いが、だが今、この先の出入り口に今まで見たことねぇ妖怪が現れやがった」


「見たことねぇ妖怪?」


「ああ、数日前に現れやがって、そいつが犬神どもらを従えて時々、お前がきた出入り口か犬神どもらを人間界に送り込んでやがる。仲間が結構やられてる」


 見たことの無い妖怪?

 先ほど聞いたことの無い遠吠えを聞いた。まさか、先ほどの遠吠えはその妖怪なのか?


「この先ってたしか、お前らが”古の記憶”と呼んでいるお前らのねぐらだろ?他の妖怪が来ない安全の場所じゃなかったのか?」


「そのはずだったんだよ・・・うぅきぃ・・・まさか、あんな野郎が襲ってくるとは・・・」


「おとう、そいつをおらが退治する!」


「おめぇが!?」


「そいつはおもしれぇ。よっしゃ力貸したるわ!土乱、おめぇ息子の弓を認めないんだって?その妖怪を退治したら認めてやれよ!」


 若い猩猩が、その妖怪とやらを倒すと意気込んだ。ホロも力を貸すといって妖怪退治が決まった。

 ただ、某には土乱の言葉であることを思い出していた。

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