第14話 兄弟子
「行信、奥州にいる兄弟子に会わせてしんぜよう」
11歳の時だった。
ある日、父の脇差しを持って9歳年上の兄弟子を訪ねに1ヶ月ほどかけて鞍馬山から平泉に訪れた。
「このような地にも都があったのですか!?」
「都は平安だけではない」
驚いた。
平安京に負けぬ賑やかさだ。噂には聞いていたが、奥州平泉に都はあった。
「おぉ~義経殿!」
「法眼様お久しゅうございます。鏡の宿で元服して義経と名乗ったこと・・・ご存じだったのですか?」
「天狗のワシには、お見通しよ!」
「さすが、大天狗様!」
これが源義経・・・。
観自在王院の門前で身体中から活力があふれ出る、自分と同じ顔をして自分とは正反対のこの時、20歳の兄者を初めて見た。
この人は何か特別な才を感じる。
兄弟子を見た第一印象はこれだった。
そしてもう一つ思ったのがある。
この人は奴を見たことがあるのだろうか?
シュッ!!!!
兄弟子が落ちていた小枝を手裏剣のようにこちらに飛ばした。某は躱し、腰に差していた脇差しを握った。
「驚いた・・・幼いが拙者が2人おる」
兄弟子は狐につままれたように某の顔をまじまじと見つめた。
「巡り合わせの妙。面白き運命。お前ら義兄弟になるがよい!」
師匠が兄弟子の反応に笑いながら、某を自分の弟にしてみないかと提案した。
兄弟子は某を品定めするように見つめた。
「似ていないところが1つある」
「ん?どこだ?」
「絶対、弟の方が背が高くなる!」
「はははははははははは!!!」
兄者が悔しがっている。この時、某は身の丈5尺(150センチ)を超えていた。
兄弟子の身の丈は・・・本人が気にしているので言わないでおこう。
「さて、ワシはこの地の古い友人に会いに行ってくる。お主らは兄弟同士仲良くやれ」
そう言うと師匠は翼を出すとどこかへ飛んでいった。
「よし、弟。ついて参れ!」
兄弟子は某を館へと案内した。
衣川館と呼ばれる、かつて陸奥守、鎮守府将軍だった藤原基成(ふじわらのもとなり)が住んでいた館だった。
すぐ側には北上川と呼ばれている大きな川が流れていた。。
「行信、馬は乗れるか?」
兄弟子が馬を2頭連れてきた。
この地は駿馬(しゅんめ)を育てている。貴族も武士も皆、奥州の馬に乗りたがるほどのここの馬は日の本一の馬だった。
馬を見た。
力強い脚を持っている。
「もちろん」
武芸のたしなみとして師匠から馬は教えて貰っていた。某は馬に乗ると館内を軽く駆け回った。
「行信、弓じゃ!」
某は兄弟子から弓と矢を3本もらった。そして弓を上に構えると、馬に乗りながら木の上に矢を放った。
シュ・・・タァン!シュ・・・タァン!シュ・・・タァン!
3本の矢は全て同じ枝に刺さった。
それを見た兄弟子の目が輝いた。
「拙者と共に馬で駆けよう!」
某の腕に喜んだ兄弟子が残りの馬に乗ると某を館の外へと2人で北上川を横目にして馬でこの奥州の大地を駆けた。
「行信、この地には古の龍神がいるそうじゃ・・・」
「龍神ですか?」
「うむ、遙か昔からこの地を、この民を守っていたそうじゃ。じゃが、見た者は1人もいない・・・もういないのかもしれん」
確かに龍神が住んでいても可笑しくない川だ。まるで奥州を横断するかのように果てしなく伸びている川だった。
「なぜ龍神はいなくなったのですか?」
「戦に負けたのじゃ」
「負けた?」
「そうじゃ、遙か昔、この地で大和との大きな戦があった。この地は龍神が守っていた。じゃが、大和との戦に負けたとき、龍神は人々から姿を消したそうじゃ」
戦にまけた?
龍神が人間に負けたというのか?
だが、ありえない話ではない。大昔、人間が八つの頭、八本の尾を持った大蛇を倒したという話を聞いた。
奥州はかつて安倍氏なる豪族が治め、その後、出羽の長であった清原氏によって治められた。
だが、清原氏で内紛が起こった。そして兄弟争いの末、藤原清衡(ふじわらのきよひら)が、この地に平安京に匹敵する奥州平泉を創った。
今の某の目にはこの国が平和に見えた。
この地で龍神が負けた・・・。
「っ!?」
こんな時に奴の血がうずきだした。
「その脇差しは誰のものじゃ?」
兄弟子が某の脇差しを尋ねてきた。
「父の形見です。かつては武士でしたが、某が生まれたときにはすでに盗賊となっておりました」
「それでそなたの両親は今?」
「殺されました・・・某ではどうにもならぬ大きな力に」
胸を抑えた。
「行信、わしの兄上を知っておるか?」
兄者が自分に腹違いの兄の存在を知ってるかどうか聞いてきた。
試されているのであろうか?
兵法において大事なことである情報を知っているかどうかを。
「伊豆にいる、三郎殿ですか?」
某は答えた。
「そうじゃ今、源頼朝(みなもとのよりとも)と名乗っているその兄上じゃ!」
兄弟子の目が輝いた。
「共に戦いたい。拙者も2歳のころ父が死に、母と共に大和国に逃れた。拙者が家族を持ったら子にも妻にも同じ思いはさせたくはない。この地のように平和な国を作る!」
源氏と平家の話はもちろん知っている。兄者の眼は一切の偽りの無い真剣そのものだった。
師匠から虎の巻を盗み、1人で元服した兄弟子は自信にあふれていた。
「・・・鬼神を見たことはありますか?」
自信をみなぎらせる兄弟子にこれを聞いてみた。
「いや、ない」
兄弟子は即答した。
「噂は何度も耳に入れておる。いずれはそいつに出会い、倒させばならぬのか・・・」
見たことの無い鬼神を倒すと言っている兄弟子を見て兄弟子の自信に欠けているものが見えた。
「行信は見たのか?」
某は頷いた。
「どうだった?」
「鬼神は・・・!?」
突然川が荒れ出した。
「行信、見よ!」
遠くのほうに一層の船があった。船乗り達が慌てふためいている。激流に飲み込まれようとしていた。
「くそ~助けに行きたいが、この流れでは助けに行けん!」
兄弟子が悔しがっていた。
だが、某には見えていた。
「行ける!」
「何がじゃ?・・・あっ!」
某は激流の中、馬と共に飛び込んだ。
荒波の中に一本の道が見えていた。その道を進みながら船へと近づき、飛び乗った。
馬も道が分かっているのかひとりでに岸へと戻っていった。
目の前に某より幼い7歳ほどの1人の童男(おぐな)がいた。揺れる船の中、柱に必死にしがみついていた。
「大丈夫か・・・その者は?」
童男の後ろに3歳ほどの1人の童女(どうじょ)がしがみついていた。
しかし眼は青く、髪は赤色で肌はとても白かった。
「この子を母のところに返したい・・・」
「母だと!?」
ダン!
大きな音と共に船に火が付き始めた。
「くそっ、何が起きているんだ・・・まさか龍神か!?」
兄者との会話を思い出した。
この突然起きた激流と突然起きた火は不可解だった。あるとすればこの地の古の龍神の仕業か?
船が一気に沈み始めた。
「出てこい龍神!この童男がいったい何をしたのだ!?」
童男は童女を抱えた。
某は童男を抱えた。
何としても2人を助けたかった。
あれ狂う波を見た。
大きな渦の中に、光が見えた。
「あそこに飛び込むぞ!」
童男と手を掴んだ。
童男は童女の手を離さなかった。
3人で光の中に飛び込んだ。
ドォォォッン・・・ゴォォォォォ!
沈んだと思ったら身体が急に凄まじい勢いで浮上した。
「・・・・・・どこだここは?」
真っ青な空に白い大地がどこまでも続いていた。その大地は歩くとふわふわしていた。
その白い大地を手で掴んでみると水となって手のひらから流れ落ちた。
「あれ・・・」
童男が指を差した先に1人の女性が立っていた。水色の髪、琥珀色の瞳、とても美しく、その姿は古の人のように見えた。
いや、人間ではない。
「まさか・・・龍神?」
龍神が目の前に立っている。とうの昔人々から姿を消したはずの龍神が人の姿をして立っている。
「なぜ龍神が!?」
童男の後ろにいる童女を見た。
「その童女はまさか!?」
「龍神の子供。供御人が宗の人から手に入れたんだ。宗の人は遠い西の国の人から手に入れたらしいんだ」
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