第13話 希望

「ある方法で”あれ”と戦った者達がおる」


「どうやって戦ったのですか?」


 師匠が言うにはかつて奴と戦った者達が何人かいたそうだ。


「結界を作ることだ」


 それは人が超越的な力に対して行う常套手段だった。

 

「鬼神の思うがままに世を動かされまいと我が身を犠牲にして鬼神を封じ込めた勇者が何人もいた」


「それで?」


「ほとんど5日と経たずに奴は復活した」


 師匠の言葉は絶望の言葉だった。

 人間は奴に勝つことなど出来ないのか?


「一つだけあるのやも知れん・・・」


「それはどうやって!?」


 師匠の次の言葉を待ち望んだ。


「・・・今まで誰も出来なかったことだ・・・」


 師匠が言っていた。

 今まで鬼神に対して誰も出来なかった事がある。

 それは強力な武器を使ったある方法だ。


 それを某が出来れば。


「汝にとって命を賭けるとはどういうことだ?」


 師匠が某に問うた。


「死ぬ気で戦うことです・・・」


 多くの人間、多くの妖怪が言っていた。奴の力は他の神々以上に絶対の強さを持っている。


 奴の絶対を否定したい。

 今まで奴に戦いを挑んだ者達は、同じ事を考えながら奴との戦いで命を落としたのであろうか?


「普通の答えだな。まっ免許皆伝を半分だけやっても良いかな?」


「では何と言えば免許皆伝を全部いただけるのですか?」


 師匠の態度に少し腹を立てて聞き返した。


「希望を見いだせ!命を賭けて死ぬのは二流の猛者。一流は命を賭けたその先に行く!」


 何やら難しい事をいう。

 命をかけたその先に行くなどどうやれば出来る?


「まっ運も必要だがな・・・」


*        *        *


「敵はいない!」


 巫様が犠牲になって鬼神を封印してくれた。

 希望を見いだす。

 神斬を創った刀匠もこれを持つ者にそれを忘れないでほしいと願ったらしい。


「光!右に敵はいるか?」


 角に敵が待ち伏せていないか某とホロで確認しながら羅生門を目指した。


「敵がきおった!」


 後ろにいたククリ殿の翡翠色の眼が迫ってくる敵を捉えた。弓を構えるとククリ殿の右手から矢が具現化された。

 そしてククリ殿の白い髪が水色へと変わっていく。


 シュパッ!


 3町(330メートル)先の魍魎を一撃で仕留めた。


「なんて腕だ・・・」

 

 人間が矢を射て相手を仕留めることが出来る距離と言えば、頑張っても1町(110メートル)が限界だろう。

 ククリ殿はその3倍の距離で仕留めた。


「へっへ・・・俺の妻は船上の扇を射貫く程度の奴と一緒にするなよ!」


 ホロが自慢げだった。

 鬼神との戦いの時、狼の耳を出していたホロは人狼で間違いないだろう。

 そしてククリ殿も妖怪で間違いないだろう。


 何の妖怪であろう?


「2匹きおった!」


 さらに追っ手がくるが、ククリ殿が矢で仕留めていった。


「羅生門だ・・・」


 羅生門まで来た。

 ゆっくりと歩を進め、敵の襲撃に最大限の警戒をした。


「・・・抜け出た!走るぞ!」


 我らは無事に通過した。

 暗闇の中で真っ黒に染まる羅生門を後にして我らは走った。


*        *        *


「ここら辺は大丈夫だろう・・・」


 少し進んだここなら安全であろう森の中で我らはいったん落ち着くことにした。


 サクヤ様の様子は?


「敵はおらぬ・・・心を落ち着かせるのじゃ」


「申し訳ありません。足手まといになってしまいまして」


 サクヤ様の側にククリ殿が寄り添っていた。

 男である某より、同じ女性であるククリ殿が側にいた方がサクヤ様も安心できるかもしれない。


「そなた武芸はできるのか?」


「・・・薙刀を少々・・・」  


 やはりな・・・。


 サクヤさまの返事を聞いて確信した。サクヤさまの舞の中に太刀や薙刀を使う舞がある。

 その動きは優雅さの中に戦う気迫のようなものを感じていた。


「そなたの母も、薙刀を心得ておった・・・戦うのは怖いか?」


 女武者のククリはサクヤに覚悟を問うた。これから起きることに武器を持って立ち向かうことが出来るか。


「・・・戦は誰かが何かを手に入れる事ができます。しかし必ず誰かが不幸になります。それが怖いのです・・・」


 サクヤは自分を見るククリの眼に負けて眼をそらした。


 ガッ!


 顔を背けるサクヤの顔をククリは無理矢理、自分に向けさせた。


「良いか!母の死を無駄にしたくなければ、そなたは奴と戦わねばならぬ!不幸から逃げることなど出来ぬ!」


 ククリの武者魂がサクヤの震える心を叱咤激励した。


「ちなみにサクヤ様、武芸は誰から教わったのですか?」


 サクヤ様に武芸を仕込んだ者を知りたかった。

 大体察しはついているが。


「鞍馬天狗さまからです・・・」


 やっぱり師匠か。いつのまに師匠はサクヤ様に武芸を教えていたのだ。

 サクヤ様に武芸に教わらせたのは、おそらく母、巫様の意図であろう。

 巫様も知っている。

 戦いは善人、悪人関係なく全ての人々を巻き込ませる。


ただ、正直サクヤ様には戦って欲しくない。何度も味わった戦いの痛みはサクヤ様には味わって欲しくない。


 サクヤ様がサクヤ様でなくなっていくと思うと・・・。


「まっ今は、ちょっくら休もうや。俺も奴と久しぶりに戦ったのはきついな・・・」


 ホロが草むらに寝そべった。


「わらわも一息いれる・・・」


 ククリ殿がそう言うと、身につけていた蒼い甲冑が消えた。

 どうやら蒼い甲冑も具現化されたもののようだった。

 

「そこもとは奥州の歴代長に仕える、大神(おおかみ)で間違いないな?」


「ん?」


 ホロに確かめたいことがあった。


「お主は奴に勝ったことがあると聞くが真か?」


 平泉に人間の頃に鬼神に勝ったことのある妖怪がいるという。

 その者は妖怪へと転生した後も平泉を守り続け、鬼神が近づくこと無く、平泉の平和が守られていると聞く。


 平泉の歴代長達はその妖怪を大神(おおかみ)と呼んでいるという。


 本人から直接確かめたい。人間は勝てないと言われている奴に勝った人間がいるというのを。


「おう、勝ったよ・・・一応・・・」


「そうか心強い!」


 小さな望みが生まれた。

 あの鬼神を相手に勝ったことのある人間が本当にいた。


「もう一つ言っておくが、奥州の歴代長とは対等に付き合っていた。俺は誰にも仕えねぇ。ここは良く覚えておけ!」


「そうか、それは無礼を申した・・・」


 ホロは安倍晴明が使役していた式神のような者だと思っていた。

 奥州の歴代長達は、ホロを式神として使役していたのかと思っていたが、どうやらホロは誰かに仕えることを嫌っているようだ。


「もう一つ、俺の上に誰もいなければ、下にも誰もいねぇ。これも覚えておけ!」


「心得た」


「今度は俺からお前に尋ねる。えーっと鞍馬天狗から聞けば、顔がよく似た兄弟弟子がいて・・・源義経。お前の兄弟子だろ?」


「いかにも・・・」


ホロは今度はサクヤ様の方に向いた。


「あんたは、静御前(しずかごぜん)。母親、巫は磯禅師(いそのぜんし)!」


「はい・・・」


 サクヤ様は源義経の妾(めかけ)、静御前だった。

 母、磯野禅師同様、白拍子(しらびょうし)だった彼女は5年前に、都で検非違使(けびいし)をしていた判官様と恋に落ちた。


 今、サクヤ様の愛しい人は奥州藤原氏のもとにいる。

 その判官様は我が師匠の兄弟子だった。


 今、サクヤ様は某の側にいる。

 静御前の名を伏せて都で暮らしていた。


「其れがしのやることは、サクヤ様を奴から守り、サクヤ様を判官様と再開させることだ・・・」


 時代が動いている。

 その動きに某、判官様、そしてサクヤ様が巻き込まれた。今、鎌倉殿は奥州を狙っている。


 3代目、藤原秀衡(ふじわらのひでひら)様は判官様を守っていた。

 だが、4代目泰衡(やすひら)は父親ほどの強さが無い。彼は鎌倉を恐れている。


 かつて六波羅殿も奴の力を借りて権力を手にしたはずだ。今は鎌倉殿に奴はついているに違いない。

 人の世が大きく動くとき、絶えず奴が裏で動かしているという。


 サクヤさまを不幸にはしたくない。


「とにかくお前はサクヤを義経のもとに連れて行くんだろ?」


「あぁ・・・」


「で、どうやって奴と戦う?」


「・・・神斬が・・・ある・・・」


 師匠が言っていた。

 遙か昔、人間は神々の言葉を聞きながら、人間としての営みを歩んでいた。


 いつの日か奴がどこかで生まれた。元人間なのか生まれついての神なのかは分からない。

 だが、奴は人間に力を貸し、奴の力を得た人間は神々を無視して世の中を支配するようになった。


 命を賭けた先に希望を見いだす。


 希望・・・。


 ドンッ!


「げふっ!?」


 ホロが某の腹に一撃を入れた。

 思わず魂が飛び出そうだった。


「死んだような顔するんじゃねぇ!良いか奴と戦う時はまずは思いっきりの強気を出せー!俺とククリがお前らを守ってやる。自分から負けを宣言するなー!」


「あっありがと・・・げほ」

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