第6話 異界の鞍馬山

「行信(ゆきのぶ)、腹の中の奴の血は苦しいか?」


「ずっと・・・」


 某が行信と名乗っていた16歳の時だった。行信は師匠からいただいた名だった。

 未の刻、羅生門で師匠から某がずっと黙っていた腹の底にある苦しみを言われた。


「あの血を飲んで、今日まで死なずに生きるとはあっぱれよ」


 奴が父上と母上を殺したとき、父上は太刀で奴の腕を切った。その血が某まで飛んできたとき、一粒ほどの奴の血を飲んだ。


「あの時、魍魎を倒せたのはその血がお主の感情に呼応し汝は鬼のように強くなったのだ」


「某は、人間では無くなってしまったのですか!?」


「いや、汝は汝自身の強さで何とか人間を保っている・・・だが、その血がやがて汝を殺し、汝は怨霊になるやもしれん」


 師匠の言葉に恐怖を感じた。

 怨霊にはなりたくない。

 怨霊は恨みのなれの果てだ。

 人間は恨みを強く持ちすぎると怨霊と化す。


 奴を恨んでいる。

 だが怨霊にはなりたくない。


「どうすればこの血を浄化することが出来ますか?」


「正直、ワシもその血の浄化方法は知らぬ。あれ自身なら知っておるかもしれん。そのためにはあれと戦うしかあるまい」


 奴と戦うしか無い。


 大天狗である師匠の元で5年の修行を積んだ。そのお陰である程度の力を得た。

 だが、それだからこそ分かったことがある。


「某の力だけでは奴に敵いません・・・」


「ある太刀をやろう」


「太刀ですか!?」


「ある刀匠が、天狗が作り上げた玉鋼を使って、人生をかけて強力な太刀を作り上げた」


「天狗の玉鋼で作られた太刀!?」


「あの太刀ならば、あれに抗せるかもしれん・・・」


「是非、その太刀を!」


「鞍馬山で準備をしておる。覚悟を決めて参れ!」


 そう言うと、師匠は羽ばたいて鞍馬山へと飛んでいった。


*        *        *


 申の刻、1人で太刀を身につけて鞍馬山の入り口にたどり着いた。

相変わらず2体の虎の像が門を守っている。

 いつも通り門をくぐった。


「!?」


 見えているのはいつも通りの鞍馬山だ。

 だが何かが違う。


「神隠しか・・・」


 どうやら某は異界に引き込まれたようだ。

 なるほど、ここは異界の鞍馬山でここで試練を乗り越えて、師匠の元まで行かねばならぬということか。


 状況を飲み込み、歩いた。


「何か臭う・・・」


 何か勘づく。

 太刀を抜いて辺りを警戒するが、何も起きない。


「気のせいか?」


 人間は不安になると、何にも無いのに何かがあると錯覚して警戒してしまう。


「しかし、この状況で冷静になれか・・・」


 修行の難しさを感じながら歩を進めた。


 灯籠が無数に置かれた石の階段がある。さらに進むと放生池(ほうじょうち)がある。

 

「何かいるな・・・」


 普段見ている放生池の3倍はあろうかという大きさだった。この池に何者かが隠れている。

 太刀を抜いてゆっくりと亀よりもゆっくりと近づいた。


 ・・・ガン!


 振り返ると、後ろにいた者を峰打ちにした。


「止めて、止めて!何にもしないから!」


「河童か!?」


 後ろにいたのは河童だった。

 殺気は感じられなかった。だが、門をくぐったときに感じられたのはこの河童だったのか。


「何を企んでいる?」


「いや大天狗がさぁ、この異界の鞍馬山に登る人間に一本取ってみろって言われてね。池の中にいる大蛇と一緒に」


「引き受けたのか?大蛇と共に!?」


 池の方を見た。

 池の中から大蛇の頭がのぞいていた。


「ちなみにあの大蛇も俺様も実は気が弱いんさ。とても戦う事なんて出来ねぇ。だからおまえさんが大蛇に気を取られている間に後ろから俺様が驚かすだけだったのさ」


 気の弱い割に自分を”俺様”と呼ぶ変な河童だった。

 まぁ師匠曰く河童には変わり者が多いというが、しかし臆病なせいか気配の消し方は油断ならなかった。


 師匠が言っていた。

 戦において人間は冷静さを失うと、無用な殺しをしてしまう。 敵と味方と、それ以外の者も存在する。


 河童に殺意はない。大蛇もずっと池から頭を出しているだけだった。


「とりあえず、もう帰れ」


「へい・・・」


 河童はそう言うと、大蛇と一緒に森の奥に入っていった。

 あの河童とあの大蛇は仲良しのようだ。


 放生池を後にした。

 放生池の次に社が見える。人間界の鞍馬山ならこの社は由岐(ゆき)神社で一心に祈れば願いが叶うと言われる大杉がある。


「お~行信殿~」


「え?」


 社の前に無学殿が立っていた。

 めちゃくちゃ笑顔で手を大きく振っていた。眼を3回ほど瞬きして、よく見たが偽物では無い。


 本物の”無敵のバカ”だ。


「何故、ここに?」


「行信殿の修行に力を貸すように鞍馬天狗殿に頼まれた!」


「あ・・・そうなの・・・ところで無学殿はこの修行はやったことはあるのですか?」


「いや、いや、いや、いやぁ~、あっしはこんな修行は御免被ります。こんな修行を受けるのは行信殿、だけですな!」


 いちおう褒め言葉であろうか。

 しかし大口を開けて笑顔で勢いよく顔を左右に振りながらそう言われると本心はどう思っておるのやら。


 無学殿はこれが素なのか縁起なのかよくわからん。


「で、一体何故、こんな所におられるのです?」


「実は・・・この道を普通に登らなくても一瞬にして山頂につける道があるのですぞ~ふっ、ふっ、ふっ~・・・お見せしよう!」


 無学殿は拝殿の前に立った。

 人間界の拝殿は真ん中に石段がある。だが、この拝殿は石段など無く拝殿そのものが岩のように立ちはだかっていた。

 無学殿が目の前に立って両腕を広げた。


「開け~・・・何でしたっけ?」


「知るわけないでしょう!」


「ちょっと待ってください・・・あっ思い出した!開け~、ごま!」


 無学殿がごまと叫ぶと拝殿が二つに別れ、石段が現れた。

 そういえば異国の物語で「開けごま」と言えば開く岩の話を聞いたことがある。


「なんでごまなんですかね?」


「だから知らん!」


「これこそがこの鞍馬山の抜け道でござる!さあ!」


「その前に・・・」


 拝殿をよく見た。

 石段はどこか更なる異界へと連れて行きそうに奥へと登っている。


「喝!」


 気合いと共に拝殿を叩いた。拝殿は砕け散り、消えて無くなった。


「あれ?」


「この拝殿は罠だ。入ったらどうなっていたか分からぬ」


 師匠が言っていた。


 仲間の報せを鵜呑みにするな。

 たとえ本人が本物だと思っても、よくよく調べてみれば偽物ということもあり、うかつに信じればそれで命を落とすこともある。


「普通に登るよ」


「へ~っぃ、あそうだ、鞍馬天狗様が行信殿へ。え~物事をバカ正直に見るなっと言うとりました!」


「心得た!」


 無学殿から師匠の言葉をもらって、また独り上を目指した。


「中門だな」


 人間界の鞍馬山では中門と呼ばれる門にたどり着いた。だが、門が二つあり、向こう側は道が無くなり崖になっていた。


「どちらかが正解で、どちらかが間違い・・・」


 二つの門をさきほどの拝殿のようによく見て手に触れた。


「喝!」


 今度は拝殿のようにはいかなかった。二つの門はびくともせずそびえ立っている。


「・・・・・・ん?」


 双方の門の間が人1人分の幅になっている。


「たしか、無学殿が・・・」


 思い切って門の間をくぐり抜けた。くぐり抜けると二つの門は一つとなり、上へと続く石段が現れた。


「物事をバカ正直に見るな」


 なんと単純な仕掛けだ。

 だが、これこそが抜け道というものだ。

 抜け道というのは結構、簡単にある。だが物事をバカ正直に見ると、簡単な抜け道が見えなくなる。


 石段を登った。


「着いたか?」


 本殿にたどり着いた。人間界の本殿は一層だが、異界の本殿は3層になっている。


「これこそ護法魔王尊が住んでいる本物の社かな?」


 本殿の前には六芒星の模様があり、その中に三角の模様がある。それを踏むと地面が光り出した。


「罠か!?」


 と思ったがもう遅い。

 某は光に包まれてしまった。


「やっほーっい!」


「太郎坊殿!?」


 光が消えると目の前に椿の花が描かれていて鮮やかな鈴懸を着た、太郎坊殿が現れた。


「先ほどの光は何だったのですか?」


「あたいが登場するときに華やかに登場するための仕掛け!」


「あ・・・さようで・・・」


 光はどうやら太郎坊殿の単なる遊び心だったようだ。某の驚きが嬉しいのか、はしゃいでいる。

 太郎坊殿にはよく振り回される。


「行信、あたいを信じる!?」


「え?」

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