探偵少女の旅先事件

@ASSARIASAKI

第1話 探偵少女の行先。美術館。

「絵画っていうのはいつ値段がつけられると思いますか」


 少女がぐるりとこちらを向く。

 淡い暖色のライトと、白色の壁。そして真後ろには大きな絵画。

 絵になる。僕はそう思った。

 美術館に来ておいて絵になるというのはなんだかおかしな気がするが、このまま写真を取ればまるで一つの美術品の様だった。

 まあ写真は厳禁なのだが。


「絵画に限らなくても結構です。美術品という事にしましょう」


 壁に飾られた大きな絵をバックに、少女はそう言った。

 飾られている絵には、真っ黒に塗りつぶされた紙に白色で点と線が描かれている。

 ただ、この絵を見て何をどう判断したらよいのかさっぱりわからない。


「あ、誰かに買われたときとか」


「なるほど。それもまた一つ」


 何かに満足したように、うんうん。と頷いている少女―—日之波ひのなみ まよいは、チラリと短い時間ながらも熱い視線をこちらに向けてくる。これは恋の……ではなく。


「日之波探偵はどうお考えなんですか」


「まったく灰堂はいどう助手さん。そんなに私の考えが聞きたいですか、では話してあげましょう」


 自分の考えを誰かに聞いてほしいのだろう。

 良くも悪くも彼女は高校生。

 青春の時代に生きるはずの彼女には、探偵なんて似合わない。


「私はその美術品が作られている瞬間にこそ、値段が決まるのではないかと考えています。今回は絵画ですから、書いている時という事になりますね」


「それまた何でですか、だって値段を決めるのは作った人ではないでしょう」


「だからこそと言えます。例えばこの絵画が100万円で売られているとしましょう。もちろん取引やメディアで紹介される際は『100万円の絵画』と言うのが謳い文句になるのでしょうが、もしこんなもの1円の価値もないと思いながら作者がこれを作ったとなると、これはただの力の入った落書きになります。……他者と作者で、認識に違いがあるのは当然です。100万円の値がの美術品と、0円の落書きだと思っている作者。しかし、大勢の人は『これは100万の価値がある絵画だ。』と思って見てしまいます。それはなぜか。お金がなければ生きていけないのが人間。みんな高いものは価値のあるものだと思います……いえ、そう思いたいのです。もちろん私もそうです……まあこんな風に、全会一致で絵画は『価値のあるモノ』となるわけです」


「……ただの落書きが美術館に飾られるようなすごい作品だったら、才能の塊として発掘されそうな気はしますけどね。しかも、落書きだって言っても100万円なんですよ?それだけの価値っていうのは実際あるんじゃないですか?」


「ただの落書き、として出してしまえば……Twitterバズるくらいはしそうですが、食いつきが違います。考えてみてください、なぜ100万円の絵は100万円たるのか」


 だからこの絵にはそれだけの価値があるって大勢の人が……あれ、でも作者は価値がないと思って描いた訳で


「100万円の絵が飾ってある理由がわかりましたかね?……そして、作られている瞬間にこそ、値段が決まるのではないか。と考えている意味が」


 100万円の絵が、価値のある美術品とは限らない。


「大事なのは『100万円の絵』ではなく『100万円の絵が飾られている美術館』であるという事、ですか」


「正解です。そう、これはただの落書き。飾られるようなものでも、増してや100万円の価値なんかこの絵にはない」


 とある人の、ただの描かされた絵なんですから。


 そして日之波は、「あ、死体はこの後ろです」と絵画を指さし言った。




 今回の依頼内容は、この美術館館長の娘が失踪したというもの。つい昨日、僕らが泊まっていたホテルに依頼の手紙がやってきたのだった。


「『名のある美術館館長の娘が描いた100万円の絵が飾られている美術品』……か。娘の事を考えての事だったのか、それとも娘で一儲けできると思ったのか」


 近所のカフェで少しずつコーヒーを飲みながら、ふと呟いた。


 壁に穴を開け、その穴を隠すように自身の落書きで蓋をしていた。

 その中に自分を入れることで、隠れていた。いや、隠していた。

 市販の薬を大量に飲んで、死んでいた。

 目の下には隈が出来ていたそうだ。


「どちらでも、娘さんの事を見ていなかった。そういうことではないですか」


 日之波が飲んでいるのはホットココア。熱いのか、少し飲んでは息を吹きかけている。そして一言。


「本当に辛い話です」


 感情を感じ取れない声で、日之波はそう言った。

 これは、探偵としての言葉だろうか。

 それとも、高校生として現実を少しづつ受け入れようとしているからだろうか。


「なら、こんな旅行モドキやめたらいいじゃないですか。あなたなら、いつでも普通の生活を送ることが出来るでしょう」


「やめませんよ。—――いや、行かなければならないんです」


 だって私、探偵ですから。



「さて灰堂さん、今度は温泉にでも行きましょうか」

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