井ノ瀬未無生

 妄想が形になったよう――未無生にとって彼はそうとしか思えない存在だった。

 欲しい時に欲しい言葉をくれる。未無生だけを見てくれるようでいて、そうじゃなかったりもする。優しい言葉だけじゃない。時には厳しい言葉もくれる。影を背負っているようにも見えるし、実は何も考えてないんじゃないかとすら思う時もある。

 ――こんな場所。

 高校、春、新学期。出会い、桜色の季節。

 みんながみんな、教室内で新しい人間関係を形成している。

 そんなとき、一人こんな寂しい場所で過ごしていた自分の元に、ぴょこんとやって来たどこか不思議な男の子。

 それが彼だった。

 目で追ってみると、本当に不思議だった。

 ここ以外で見る彼は、校内で見かける彼は、目立たず、存在感が希薄だった。瓜二つの別の人かと疑ったほどだ。

 二重人格なのかとさえ疑ったこともある。

 或いは幽霊なんじゃないかと。

 だけど、彼はそこにいる。間違いなく。

 未無生の作った妄想じゃない。こんな場所で、ずっと一人でいて、悪霊にでも取り憑かれたかしたせいで見せた幻覚なのかと思っていたけれど、そうじゃない。そうじゃないのだ。

 だって、こうして触れたのだから。

 こうして、また、目の前に現れてくれたのだから。

 だったら――、


 いくらでも、やりようはある。

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