エンドロールは白紙のままで

七依茶子

『empty』



《デビュー作でありながら今年の文芸大賞を受賞し若者から絶大な支持を得ている、話題の大学生作家​の春那 所以子さん。圧倒的な透明感と豊富な表現力、更には人間の本質……と言いますか、まさに共感度100%の感性に、彼女を称賛する声が広がっています。『empty』は、人生挫折を繰り返す落ちこぼれ大学生:サエコが見た目だけでは好青年だけどフタを開けたら無職無一文のクズ男:マヒロと出会って、世の中の不条理を共有しお互いの空っぽな人生を埋めていくといったストーリーになっています。巷では、「マヒロの紡ぐ言葉に元気付けられた」「何も持っていない自分を嫌うのをやめてみようと思った」「自分を認めてあげたくなった」などの感想もあがっており、全国でも現在入荷待ちの書店が多数あるようです。さて、そんな大注目の春那さんですが、20歳の大学生ということ以外は謎に包まれています。SNSはやっておらず、受賞インタビューには猫のアイマスクを付けてきたという​───…》









​──ブチッ。音が途絶えた。



水曜日の昼下がり。春那所以子の特集をしていたテレビ画面を突然真っ暗にした女は、俺と一度目を合わせるとすぐにまた目を逸らし、目の前で湯気を立てるカップラーメンをズズッと啜った。一瞬の瞳が彼女の感情を物語っていた。こんなの違う、事実ではない。その瞳が、確かに訴えている。



「テレビも出版社も、それっぽいとこばっかり良い感じに切り取って使ってる」

「だね」

「人間が、春那 所以子と同じことを言いたいわけが無い。共感できる、はずがない」

「うん。だねえ」

「てかさ、このあらすじ酷いよねぇ。無職無一文のクズ男だって」

「すごい複雑」

「マヒロをクズのつもりで書いてはいなかったんだけどな」



あはは、ごめんね。君が笑う。春那 所以子の特集を見ていた時の険しい表情なんかじゃない。俺の知っている、柔らかい笑みだ。




「ねえ真秀(まほろ)。共感っていうのはさぁ、」



彼女は何も映っていないテレビ画面を見てため息を吐いた。




​───共感って、人の気持ちとか考えに『私も同じだよ』って言うことを指すんだよ。共感度100%って信じられる?日本は、世界はさ、十人十色とか個性とか、全く同じ人は世界には居ないって言うじゃんね。結局どっちなの?って感じだけど、私は圧倒的に後者だと思う。日々の中でふと気になったことがあったとして、それを文字に起こすのが私の趣味なわけね。人生の不条理を謳うだけの青春小説をたまたま評価されて、とりあえず応募したコンテストで受賞して、書籍化が決まって上手いこと編集される。ねえさっきの、聞いたでしょ。"人生挫折を繰り返す落ちこぼれ大学生:サエコが、見た目だけでは好青年だけどフタを開けたら無職無一文のクズ男:マヒロと出会って、世の中の不条理を共有しお互いの空っぽな人生を埋めていく"んだって。私と真秀は物語の主人公になるとそんな風に捉えられるんだ。こんな風に騒がれるなんて思ってなかった。他人に評価されることがこんなに辛いなんて知りたくなかった。ねえ真秀、私はね。




「安っぽい共感をされたかったわけじゃないんだよ」





春那 所以子(ハルナユエコ)は、空虚であった。

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