第1章 立派な帝になってください(12歳 魔法喪失編)
第一話「目覚め」
「う~ん」
意識が戻る──意識がある!?
一気に覚醒した。
僕は、確か食事中に急に苦しくなって──あれ、トラックに撥ねられたんだっけ?
「ニコラ様! お目覚めになられましたか!?」
声をかけられ、そちらを向く。
声の主はいかにもなメイド服を着ていた。いや、メイドなのだから当たり前か。
でも待てよ、ニコラ様? いや、確かに僕の名前はニコラだ。
なんでこんなに混乱しているんだろう?
記憶が色々と変だ。
「3日も寝ておられたんですよ! 体調は大丈夫ですか?」
「うん、問題無いよ──あれ?」
「……? どうされました?」
首をかしげるメイドを脇に、周りを見渡す。
質の高い調度品が至る所に置かれた部屋、ヴィクテン帝国の第3帝子である僕の部屋だ。
ただどうやら記憶以外にもおかしなところがあった。
「なんか靄(もや)がかってない?」
視界に変なものが映っているのだ。
空気の流れのような目に見えるはずの無いものが映っているかのような、そんな映像が目に入ってくる。
「靄ですか……? 今日は良いお天気ですし、お部屋の中もはっきりと見えますが……。一度医師を呼んで参りましょうか?」
ただ、それは僕だけの問題のようだ。
これは何かの病気とかなんだろうか?
「うん、お願い。でもその前に少し一人にしてくれない?」
「わかりました。失礼します」
念のために医師を呼んでもらうことにした。
メイドが退出し、一人になる。
一人になりたかったのは整理する時間が欲しかったのだ。
ヴィクテン帝国を統治するウェレクス=マギスター家、その帝位継承権第3位を持つ現在12歳の帝子ニコラ。それが僕の名前だ。
だが、同時に今僕は日本の大学受験を失敗してトラックに轢かれた人間の記憶も持っている。
そこから単純に予想の付けられることと言えば……。
「転生した……?」
受験対策で難しい本ばかり読んでいた日本の僕は、息抜きに読む異世界転生のWeb小説が大好きだった。
強いスキルや魔法を持って、自由に旅やスローライフをする主人公たちが、受験生活でがんじがらめにされた僕にとっては羨ましくてしょうがなかった。
異世界転生できたら、と何度思ったことか。
そんな僕だからこそ、転生したんじゃないかとすぐに予想が付けられた。
まさか自分がこんなことになるとは思わなかったが。
だが、気になるのは──
「ニコラとしての記憶もしっかりあるし、違う人間だという感覚も無いんだよな」
今までニコラとして生きてきた記憶やその実感もあったのだ。
そしてニコラの記憶も食事中に苦しくなって途絶え、今に至っている。
同時に二人の途絶えた記憶が一気にやってきたような感覚で、だが別の人間の体験を一緒に味わっているというわけではないという変な気分を味わっていた。
「単に転生したわけでもなさそうだし、このタイミングで転生したことを自覚したとかそういうことなのかな?」
別々の人間という感覚が無い以上、ニコラの身体を乗っ取ったとかそういうことではなさそうだ。
ニコラも3日間寝込んでいたというが、こうして生きている以上、死んだわけでは無いのだろう。
ただ3日も寝込んだ理由には少し心当たりがあった。
「ニコラとしての僕も毒殺されかけたのかな……?」
現在帝子たちは帝位争いの真っただ中だ。
現在の帝には子供がおらず、帝の亡き弟の5人の子供が帝位継承権を持っている。
僕の上には兄と姉がおり、妹と弟もいる状況で全員が1歳ずつしか違わない。
本来であれば長子相続が当然なのだが、帝はあまり兄に継がせる気は無いようで、能力のある者を帝位につけると宣言した。
それで現在は血を血で争う兄弟喧嘩が起こっているという状況だった。
食事中に倒れて3日も寝込んでいたということは、おそらく僕もその帝位争いの中で毒殺されかけたということなのだろう。
「帝位なんて継ぐ気無いんだけどなあ……」
元々ニコラは帝位に対し、興味を示さない人間だった。
周囲の人間はなぜか僕を帝位にと推すが、僕は全くその気になれなかった。
「日本の僕には帝って響きはすごく魅力的だけど、それでも受験のあの記憶があって、いざ継ぎたいかと言われるとそうでもないな」
受験に縛られた人生の記憶があって、なおも帝といういかにも雁字搦めになりそうな地位に就きたいなどという気持ちは持てない。
もはや12歳で駄々をこねているのものではなく、18歳のしっかりとした考えを持つようになったことにより、一層帝という地位は全く良さそうに見えなくなった。
「第一、帝になんてなったら魔法もゆっくり修行できないしね──魔法!?」
そう、この世界には魔法が存在する。
ニコラは特に魔法が好きで、帝位争いそっちのけで常に魔法のことばかりを考えていた。
そして、幸運なことにニコラは魔法の才能に恵まれていた。
「魔法か……。まだ医師も来ないし、少しだけ練習したいな」
ニコラの魔法好きと、日本では見られなかった事象への好奇心が混ざり合い、こっそり練習しようと考える。
「部屋の中だし、問題ない魔法──ライトとかいいかも」
今まで読んできた小説では、その事象を深く知るほど魔法は洗練されると書かれていたが、ニコラの記憶でもそれは肯定されていた。
期待を持って魔力を集める。
「まだ僕は詠唱しないといけないけど、無詠唱が珍しくないのは残念だな」
魔法への理解が深まると詠唱をしなくて済むという仕組みだ。
得意な魔法がある人は大抵無詠唱でそれを発動させることができる。
無詠唱をして周囲を驚かせるなんて言う、お決まりの展開はできない。
少しだけがっかりしながら、されど依然期待を持って詠唱を口にした。
「『汝、小光を我が求むるところへ与え給え。ライト』…………へ?」
集まった魔力が霧散した。
「加減を間違えたのかな? 『汝、小光を我が求むるところへ与え給え。ライト』」
またも魔力は集まるが、発動に至らない。
その後、医師が来るまで何度も繰り返したが、結局発動することは無かった。
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