#3 かどわかす者
「えっ?! 何これ? どういう事?」
私は驚愕の色を隠せなかった。いや、隠そうとしなかった。
私が間抜けな声を上げたのには理由がある。
金曜日の最終の講義を終えた私は、柚希との約束の時間まで図書館で読書と課題に取り組んで時間を潰していた。
そして、時間になったので、大学の最寄り駅にあるBASEという居酒屋さんに来た。
そこまではいい。予定通り、約束通り。
しかし、店員に予約名の宮田と告げ、案内された個室に入った瞬間、そこには私にとってはあり得ない光景が広がっていた。
部屋の上座に見知らぬ女の子。そして、その隣には柚希が居る。
そして、その対面には男の子が三人いた。
何で男の子がいるの? こんなの聞いていない。
私はすぐに柚希に問い詰めた。
一応周りには聞こえない程度の声量で話しかけた。
「柚希! これはどういう事? 何で男の子がいるの?」
「あれ? 言ってなかった? 今日は合コンよ」
「き、聞いてないわよ! 私には彼氏がいるって知っているでしょ?」
「そうだけど、そんな堅い事言わなくてもよくない? 彼氏がいても合コンぐらい普通よ?」
「アナタはそれでもいいかもしれないけど、私は嫌なの! 柚希には悪いけど私は帰らせてもらうわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。今ここで真桜ちゃんが帰ったら盛り下がっちゃうよ」
「知らないわよ。私は合コンだなんて一切聞いてないからね。それじゃ」
私が踵を返して個室を出ようとすると、男の子の一人に出口を塞がれた。
「柚希、どうした? トラブルか?」
その行く手を塞いできた男の子に私は見覚えがあった。
確か田ノ下って名前だったと思う。
私と同じ大学の二年生で、文学部ではなかったはず。
入学当初からしつこくサークルに誘ってきた人たちの内の一人。
頑なに断っていた私に最後までしつこく勧誘をしてきた人。
確かこの前の二学期が始まって早々に、また勧誘を受けた気がする。
しつこすぎて、顔と名前を覚えてしまった人物。
正直、関わり合いになりたくない。
「うん、武くん。大丈夫だよ。真桜ちゃんがちょっと勘違いしていただけみたいだから」
「なっ?!」
そう言って柚希が田ノ下と目配せをしたのを私は見逃さなかった。
騙された。この二人はグルみたい。
どういう意図でこんな事をしたか知らないが、ロクでもない事だろう。
「私、帰らせてもらいます!」
「ちょっと、ちょっとどうしたんだよ? とりあえず、座ろ?」
私は無理やりにでも帰ろうと田ノ下を押しのけようとしたが、彼は全く行く手を譲ってくれなかった。
後ろには柚希がいて田ノ下と挟まれる形となり、私は身動きが取れなくなってしまった。
「ほら! 暴れたらお店の人にも迷惑でしょ? とりあえず、座ろうよ」
私への迷惑は考慮してくれないのね・・・
「・・・・・・・・・・」
私は二人に誘導される形で渋々席に座った。
確かに、無駄に暴れてもお店に迷惑が掛かりそう。
状況的に仕方なかったとはいえ、隙があればすぐに帰るつもり。
私と柚希達のやり取りを見ていた残りのメンバーが怪訝な表情を浮かべている。
見た限りでは他の人達は私が騙されてこの場に連れてこられた事は知らなさそう。
単純に今日の合コンに呼ばれただけみたい。
完全に私の中で疑いが晴れた訳ではないけど、当面の敵は柚希と田ノ下。
この二人が何をしてくるか警戒する必要がある。
「じゃ、気を取り直して自己紹介していこうか」
沈黙が続いて気まずい雰囲気にしたくなのか、即座に田ノ下が司会進行を始めた。
「じゃ、一番奥の彼女から順番に女性陣からどうぞ」
「
赤井さんの簡単な自己紹介が終わると、男性陣が
バンド活動なんてカッコいいね、ギター?ベース?とか、どんな音楽をやってるの?とか当たり障りのない質問。
それに赤井さんは少し照れながら曲名らしき名前やアーティスト名っぽいものを挙げていた。
私は音楽には疎いので全く分からなかったが、男性陣からは驚きの声や、感嘆の声が漏れていた。
赤井さんの見た目は顎先まであるボブカットで、その黒髪の毛先だけ赤色に染まっている。
クールビュティーを彷彿とさせる切れ長の大きな双眸の目尻には朱色のアイシャドウをしている。
服装も所謂パンクファッションと言えばいいのか、黒字のTシャツに派手な絵柄が描かれたものを着ている。
黒のデニムには所々ダメージ加工が施されている。
今は着ていないが、彼女の物と思われるレザージャケットが壁に掛かっている。
「はい、は~い!次はわたしね。紅羽と同じ経営学部の二年生で~す。趣味は最近サークルに参加したBBQでキャンプとかも良いかなと思ってま~す。キャンプとかアウトドア系の男の子ってカッコいいよね?」
赤井さんへの質問が一旦落ち着くと、間髪入れずに柚希が自己紹介をした。
大学生にバーベキューは必須科目なのか、と思われるぐらい男性陣が柚希の言葉を聞いて色々熱弁している。
柚希に関してはある程度予想していたけど、ここまで相手によって態度を変えるとは思わなかった。
口調もそうだけど、その声音も猫なで声と言えばいいのか、甘えるような声。
服装はいつものホットパンツに、可愛らしい猫の絵柄のTシャツ。そして、ちょっと厚手の紺のシャツ。
「はい、はい!ちょっとキリがないから次行くよ。一通り自己紹介が終わってから改めて話をすればいいからな、柚希」
「うん、それもそうだね。じゃ、次は真桜ちゃん!」
そう言って、柚希が私の方へ手を向けて、自己紹介するように促した。
「・・・井手亜真桜です。文学部の二年生で、他大学に彼氏がいます」
私はこの場の空気がぶち壊しになる事も構わずに言いたい事を言った。
声音も明るく取り繕う事もなかったので、一瞬、場が凍り付いた気がした。
「も~、真桜ちゃん!彼氏持ちなら合コンなんて来てていいの~?彼氏さんに怒られるよ?それとも、新しい彼氏探し?」
どの口がほざいているのか・・・
柚希が場の雰囲気を変えようと冗談口調で明るく振る舞った。
それを見た他のメンバーも一瞬の緊張が解けて、じゃ、俺新しい彼氏に立候補!と言っている。
その冗談もそうだが、柚希に対しても返事をしていない。する必要などない。
ただ、赤井さんにちょっと睨まれた気がした。
女性陣の自己紹介が終わったので、今度は男性陣が順番に自己紹介をしていった。
奥の席から順番に、佐藤君と鈴木君で別段興味は湧かなかった。普通の大学生って感じ。
ただ、目の前のこの男は別。
恐らく、柚希とグルであろう
短髪の茶色の髪に、手入れしているであろう整えられた眉毛。
暖色系で統一されたチェックのシャツを着ている。
すでに悪印象しかない彼だが、何も知らなければ何処にでもいそうな普通の大学生といった印象を受けていただろう。
「俺は田ノ下武。法学部の二年生だ。高校までサッカーをやっていて、今はフットサル部とスノボーサークルに所属している。学内では顔が利く方だと思うので困った事があったら力になれると思うので、よろしく!」
「無理やり合コンに参加させられて困っているので、今すぐ帰らせてもらえませんか?」
「またまた、真桜ちゃんは冗談が上手いなぁ~」
冗談ではないのだけど。それと下の名前で呼ばないでほしい、気持ち悪い・・・
私の遠慮なしの発言としかめっ面でまたもや場の空気が悪くなりそうになった。が、すぐに田ノ下が乾杯の音頭を取った。
「とりあえず、今日の出会いを祝してかんぱ~い!」
「「「かんぱーい!」」」
田ノ下に続いて、皆グラスを突き合わせている。
私の目の前には何故かビールジョッキが置かれていた。
「ほらほら!真桜ちゃんも乾杯しよ」
「いえ、私お酒は一滴も飲めませんので、遠慮します」
「えぇ~?! 一滴もはウソでしょ? 一杯ぐらい飲めるでしょ?」
「いえ、全く飲めません。体質に合わないので遠慮します」
「ほんと~?まぁ、いいや。それと何で敬語なの? 距離感じちゃうな~」
実際に距離があるから問題ない。
馴れ馴れしくされるのも嫌だし、変に馴れ合うと隙が生まれる。
お酒は絶対口にしないし、敬語や他人行儀な態度を崩すつもりはない。
合コンは私の意思に関わらず進行していった。
佐藤君と鈴木君が赤井さんと柚希と楽しそうに話をしている。
赤井さんは男慣れしていないのか、伏し目がちに照れながら受け答えをしている。
話し上手でもなさそうで、主に柚希が場を盛り上げている。
そこに男性陣も話に乗っかり、雰囲気は良さそう。
それに引き換え、私の気分は最悪。
「真桜ちゃんってスタイルいいよね。何かスポーツやってたの?」
田ノ下がしつこく私に喋り掛けてくる。
今は柚希たち四人と、私と田ノ下の二グループに分かれるような形になっている。
私なんてほっといて柚希たちの輪に参加すればいいのにと思うけど、一向にそんな素振りは見せない。
「・・・運動音痴なので全くスポーツはやった事がないです」
「へぇ~、そうなんだ。じゃ、スポーツ観戦とかもしない感じ? 俺さぁ、サッカーやってたから詳しいよ」
「いえ、興味ないです」
これは嘘。
ヒデ君もサッカーをずっとやっていたからルールや有名選手などは知識として知っている。
でも、ヒデ君との会話内容をこんな人と共有したくない。
こんな感じでいくら話を振られても
そのめげない根性はある意味凄いけど、今は迷惑でしかないのでやめてほしい。
でも、このままの姿勢を貫けば、無事に帰れると思っていた私は甘かった。
三十分もしない内に顔に火照りを感じてきた。
可笑しい。お酒は一滴も飲んでいないはずなのに。
私はウーロン茶しか注文していないから、それしか飲んでいない。
頭も少しボーっとしてきた。
もしかして、酒気だけで酔っぱらってしまったのかしら・・・?
一応、空気中にも微細にアルコールは漂っているだろうけど、そんな事あり得るのだろうか・・・
お酒が弱いと分かっているので、居酒屋などは今まで一回も来た事がない。
しかし、まさかここまでお酒に弱いとは思わなかった。
田ノ下が何かした可能性もあるけど、何か仕掛けをされる程油断はしていなかったはず。
嗚呼、ダメ。思考がまとまらない。
「大丈夫、真桜ちゃん? 顔赤いよ?」
大丈夫ではない。けど、この男にそんな事言えない。隙を見せてはダメ!
「ほら、この水飲んで。体調悪いなら送って行くよ」
「ありがとう、でも、大丈夫。一人で帰れますから」
私は田ノ下から差し出されたグラスに口をつけた。
「―――っ! こ、これお酒じゃない! な、何を―――あっ・・・」
急激なめまいに襲われて、視界が歪む。
田ノ下が差し出してきたのは、水ではなく透明なお酒だった。
お酒に詳しくないけど、父がよく飲む日本酒か何かだろう。
「ちょ、ちょっと真桜ちゃん大丈夫?」
田ノ下が心配そうな表情で私の横まで寄ってきた。
心配そうな顔をしているが、その瞳の奥が笑っている。
さっきのも絶対に故意にやっている。
腹ただしいけど、ダメ、意識が・・・
「どうしたの、武くん? 真桜ちゃん大丈夫?」
「う~ん、間違ってお酒を飲んじゃったみたい。大丈夫だと思うけど、心配だから一応俺が家まで送って行くよ」
「そう?じゃ、しっかり送って行ってあげてね。こっちも適当な時間で解散しとくから!」
「おう!そっちは任せたわ。じゃ、ごめんな皆。先に失礼するわ!」
薄れゆく意識の中では田ノ下と柚希の会話ははっきり聞こえない。
けど、私の意思など考えずに勝手に物事を進めているのは分かった。
「ほら、真桜ちゃん。俺の肩に掴まって」
意識が朦朧としている為、体に力が入らない。
私はされるがままに田ノ下に体を預けた。
嗚呼、ごめんね、ヒデ君。散々お酒の事を言われていたのに・・・
そして、私の意識は
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