ぼったくり猫カフェ

すでおに

ぼったくり猫カフェ

 僕は動物に興味がありません。


 冷たい人と思われるかもしれませんが、嫌いなのではなく、興味がないのです。犬派でも猫派でもなく二刀流でもありません。怖いわけではなく、その気になれば平気で触れますが、その気があまり起きません。


 道ばたで猫を見かけて「テュッテュッテュッ」と、謎の舌打ちをすることもありません。実践している人が多いので「クマに会ったら死んだふり」とは違い、猫寄せ効果はあるようですが、カテゴリーは投げキッスに属すのでしょうか。


 子供の頃に住んでいた集合住宅がペット禁止で、動物と触れ合わなかったのが原因かもしれません。動物モノのテレビ番組も見ない無関心一家でしたし、周りも飼っていなかったので動物と触れ合う機会に恵まれませんでした。


 小学校3、4年生の頃に、ハムスターを飼いたいと思ったことはありました。せんべいの空き缶を利用してカゴを自作し、親に頼んだものの結局飼わずじまいだったのですが、蓋をすると密閉されて酸欠になってしまいますから、飼わなくてよかっと今更痛感します。


 しかし世間は実に動物好きが多い。


 短期バイトでカレンダーの販売員をしたことがあります。犬猫のカレンダーは品種別から壁掛けから卓上に川柳付きまで種類が豊富で、自然遺産や百名山などの風景モノと同じぐらいよく売れました。諸事情で飼えないためにカレンダーで我慢する、愛獣家にとっては禁煙パイポのようなものらしいです。



 そんな僕ですが、先日猫カフェに行きました。前述のように決して嫌いではありませんので、好奇心からと言ったらいいでしょうか、未知の世界に足を踏み入れるのは刺激になるものです。


 名前は聞いたことがあっても、どんなところか想像つきそうでつかない「猫カフェ」。「いらっしゃいませ」と迎えてくれるのが猫ではないことぐらいは分かります。獣医が獣でないのと同じです。


 店内は案外といったら語弊があるかもしれませんが、獣臭さはなく、清潔でした。ビルの3階にあって、内装はシェアハウスの集会所はこんな感じかなといった、円形のスペースを囲むようにソファーが並んでいる。部屋の隅の棚には漫画が並んでいました。平日の午後、天気は悪くないのに客は僕一人。店員は女性三人で、少しして一人帰って行きました。


 BGMも流れていない静かな部屋のそこかしこに猫がいます。全部で10匹ほどでしょうか、僕を警戒することもなく、リラックスした様子で寝転んだり部屋を徘徊したり、天井から吊るされた柵で寝ている猫もいました。

 タッチOKだし、嫌でもないけど、何となく気恥ずかしくて、ソファーに座って借りてきた猫みたいにじっと眺めていました。


 ふっと隣に猫が降ってきて、何事もなく立ち去りました。足音を立てないのも人間に愛される一因で、部屋の中をドタバタ歩き回ってはマンションでは飼えませんから猫人気は肉球の賜物でもあります。クッション性を調べようと『肉球 クッション』でスマホ検索したら肉球模様のクッションが列挙されたので調査は打ち切りました。


 地震が来る直前に騒ぎ出す、という話は聞いたことがないので猫にそういう能力はないのか、嗅覚はどうでしょう。猫カフェ帰りの飼い主を臭いで見抜くことはあるのか。服に着いた猫の毛を見付けたり。探偵力も気になるところです。


 1時間ほど過ごし、そろそろ退店しようと会計に行きました。


「1万7500円になります」


「え?!」

 たった1時間で?たしか10分200円だか300円だかで、ドリンクバーを入れてもせいぜい2000円そこそこのはず。

「どういうことですか?」


「こちらがお客様の利用料金です」

 女性店員は冷めた目でいいました。


「そんなはずないですよね」

 さっきまでの沈黙が嘘のように大きな声が出ました。


「お支払いください」

 慣れた口調でそういいました。


「正規の料金にしてください」


「こちらが正規料金です」


「こんなに払えませんよ」

 そういうと女性店員は大きくため息を吐きました。そしてそばにいるもう一人の店員に「ボスを呼んできて」と声を掛けました。いわれた店員が裏へ行くと扉が開く音がしました。そしてカチッカチッと金属がかち合う音ような足音がゆっくりと近づいてきます。


 こういう店にもその筋がバックについているのかと血の気が引いていきました。言われた通り払うしかない。金で済むなら御の字と覚悟を決めたその時、目の前に現れたのは2メートルを優に超えるであろう巨大なライオンでした。グルルルルルルルと唸り声をあげ、いまにも噛みつかんばかりによだれを垂らしています。目の前にすると迫力も一入で、襲われたらひとたまりもありません。


「1万7500円になります」

 再び冷めた目で店員が言いました。


 幸い手持ちがあり、僕はトレーに1万8千円置くと、釣りも受け取らず逃げるように立ち去りました。


 余計な出費のせいで、その日は風呂を沸かさずシャワーで済ませました。




 この物語はフィクションです。

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