第21話 SSS級への昇格


 数時間後、俺たちはギルドの地下訓練所にいた。

 シセルさんの推薦により、俺の昇格試験をすぐに行うことになったのだ。


「おいおい! 本当にこのデクの棒が、シセルの推薦かよ!!」


 階段を下ってやってきたのは、ガラの悪い男。

 身長は180センチほど、大剣を装備している。ちなみに何故か半裸だ。

 ……見覚えのある容姿だ。確実に初対面なんだがな。


「ハァ……。レント様、汚い御言葉を使わないでください」


 彼と共にやってきたのは、1人の巨漢。

 見覚えがある。確か彼は──


「お久しぶりです、アルガ様。その……見違えるほど、成長なさりましたね」


「お久しぶりです、ギルドマスター」


 ギルドマスター、ネミラス。

 以前は見上げるほどの巨漢だったが、今では俺より少し高いくらいの身長差だ。

 今回の昇格試験、彼が立ち会いをするのか。


「それにしても……驚きましたよ。まさか、たった数ヶ月でSSS級に挑戦なさるなんて」


「あはは、自分でも驚きです」


「思い出話に花を咲かせるな!!」


 ネミラスさんと他愛もない話をしているのに、邪魔をしてくるガラの悪い男。

 ガラが悪いだけではなく、空気も読めないのか。


「ネミラスさん、彼は?」


「今回アルガ様と戦う試験官、ラジハです」


「ちなみに彼もSSS級だよ。弱いけどね」


「お前が異常なんだよ!!」


 シセルさんの”弱い”は参考にならない。

 品性こそ低いが、仮にもSSS級だ。相当な実力者であることは確かだろう。


「では、立ち会ってください」


 ネミラスさんに従い、ラジハ試験官と立ち会う。

 うーむ、やはり見覚えのある顔立ち……あ、思い出した。


「お前、ラズルってヤツが知り合いにいないか?」


 こいつは数ヶ月前に俺に絡んできた、B級冒険者のラズルによく似ている。

 顔立ちや体型、身長など瓜二つだ。

 彼も半裸だったから、彼の血族は半裸にならなければならない掟でもあるのだろうか。


「テメェには恨みがあるぜ! よくも兄ちゃんをボコりやがって!!」


「あぁ、やっぱりそうだ。あのザコは元気か?」


「兄ちゃんをバカにするな! 兄ちゃんは……テメェに敗れてから病んだんだよ!! ずっと引きこもっている!!」


「自業自得だな」


「テメェだけは……殺してやる!!」


 ラジハが構える。

 なんだ、合図も無しに開幕か?


「勝手に始めないでください。ルールを説明しますね」


 と、落ち着いた口調で説明を始めるネミラスさん。ガラの悪い猿の躾は大変だな。


「ルールは簡単──」


「先手必勝!! 死ねェエエエエエエ!!」


 ネミラスさんの説明を遮り、ラジハは大剣を手にして駆けてきた。

 ……だが。


「……?」


 遅い。スピードが、速度が、限りなく遅い。

 ノロノロタラタラと、ドスドスノスノスと。

 あまりにもゆっくりな速度で、ラジハは駆けてきた。


「……あぁ、なるほど。これが試験か」


 あえて舐めた速度で襲うことで、俺の対応力を見ているというわけか。

 口調や態度こそ褒められたものではないが、試験管としては一流のようだな。


 熟考して対策を練るのも一興。

 何も考えず、正面からぶつかるのも一興。

 どういう選択をするか、猶予を与えてくれているのか。


「俺は──正面からぶつかる!!」


 以前から試してみたかったんだ。

 シセルさん以外のSSS級を相手に、俺がどこまで通用するのか。格上との戦いにおいて、俺がどこまで戦えるのか。

 今の俺がどれほど強くなれたのかを、試してみたかった。


 仮に愚直に戦うことが不正解で、ラジハが何らかの策を講じていても構わない。

 今の俺は柵に溺れてしまう、軟弱者であることを知れるからな。

 

 むしろ、これはチャンスだ。

 弱点を、改善点を、知ることができるのだから。

 己の弱みを、知ることができるのだから。


 品性こそ死んでいるが、ラジハには感謝をしたい。

 この戦いが終われば、ありがとうと伝えよう。


「ハァッ!!」


 短剣を片手に駆ける。

 ラジハの動きは……以前として、変わらず遅い。若干表情に変化が見られるが、誤差の範囲だ。


 そのままラジハの懐に潜り込み、腹に一閃。ついでに発勁も与える。

 ラジハの動きは……ゆっくりと吹き飛ばされている。苦悩の表情を浮かべているが、これは罠に違いないな。

 

 鮮血と臓物を撒き散らし、吹き飛ぶラジハ。

 聡明な俺には、これが罠であることはお見通しだ。勝利を確信して慢心した途端、俺に襲いかかってくる算段なのだろう。

 SSS級がそんな簡単に死ぬわけないのだから、これは罠に違いないのだ。


「フゥ……」


 ここまで0.01秒。

 当然ながら俺はまだ合格していないので、最後の追い討ちをかける必要がある。

 相手はSSS級だ。殺すつもりで相手をしなければ、この試験は落ちてしまうだろう。


「ハッ──」


 短剣を片手に、攻撃を仕掛ける。

 狙うは首筋──


「──そこまで!!」


 その時、終了の合図が響いた。

 何故だ、何故こんな中途半端なところで!?

 まさか……落ちたのか!? 何か致命的なミスを犯したのか!?


「……アルガさん」

 

「ね、ネミラスさん……お、俺は……落ちたのですか!?


「いえ、合格です。ですが……やり過ぎです」


 や、やり過ぎ? だが、合格?

 理解が追いつかない。


「試験の内容は至ってシンプルで、『試験官を倒すこと』です。今回はラジハが説明を省き、アルガさんに攻撃を仕掛けましたが……結果は見ての通り惨敗です」


「惨敗って、彼はワザと敗北を演じていただけですよ? 品性こそ死んでいますけど、試験官としては立派でしたよ?」


「……彼は最初からアナタを殺害するつもりでした。その為に不意打ちという卑怯な手を使い、ルールを説明することも省いたのです」


「え?」


「端的に述べますと、彼に圧倒できたのは純粋にアルガ様の実力です。彼が策を練り、敗北を演じたわけではありません」


「つ、つまり……え?」


「アルガ様の圧勝です。その上で言わせていただきますが、やり過ぎです」


 改めて壁にめり込んだラジハ試験官を見ると、凄惨な姿になっていた。


 血が流れすぎたのか、肌は土気色に変色。

 臓物を失った影響か、生気を感じない。

 傷口から徐々に腐敗しており、死を迎える瞬間は残りわずか。


「いや、でも……アイツはSSS級で……これも罠なんじゃないですか?」


「いいえ、アルガ様の圧勝です。アルガ様、あなたは……SSS級を圧倒できる程に、強くなられたのです」


「は、はぁ……」


 実感は薄い。

 憧れだったSSS級の冒険者を、こうも呆気なく倒せてしまうとは。

 正直、いまだに信じられない。


「強くなられたことは賞賛しますが、少しは……自重してください」


「……はい」


 

 ◆



 その後、俺は冒険者カードを更新した。

 更新したカードには、虹色に輝く『SSS』の文字が記載されていた。


「ね? アルガくんなら、SSS級になれるって言ったでしょう?」


「えぇ、意外とあっけなかったですね」


「そんなもんだよ。それよりも戦闘中に、ラジハの動きが遅くなったよね?」


「えぇ。最初は試験の一環だと思ったのですが、どうやらそうじゃなかったみたいです」


「それは強くなった証だよ。一流の戦士は戦闘モードに入ると、みんな周りの動きが遅くなるみたいなんだ」


「そうなんですね。……そうか、俺は強くなったのか」


 他愛もない会話を続けていると──


「アルガ!!」


 どこからともなく、俺を呼ぶ声。

 そして、どこからともなく、スライディング土下座をする男女どもが現れた。


「助けてくれ!!」


 そう告げる男は──

 ──忌々しいカナトだ。

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