第18話 人類最強の女


 シセル・ル・セルシエル。

 世間常識に疎い俺でも、彼女の話は聞いたことがある。

 曰く、”人類最強”らしいということを。


 曰く、世界を7日で滅ぼせる悪竜を、一太刀で屠ったという噂。

 曰く、3000万年の眠りから目覚めた魔王を、二太刀で倒したという逸話。

 曰く、宇宙ソラより飛来した邪神を、三太刀で封印したという伝説。

 曰く……と、その他にも数々の伝説を残している。


 彼女は生ける伝説だ。

 おとぎ話でも神話の中でも、彼女ほどの強者は存在しない。

 これまでの歴史もこれからの未来にも、彼女ほどの強者は現れないだろう。

 と、語られていたことが、妙に印象的だった。


 彼女はそのブッ飛んだ強さ故に、その存在を疑問視されていた。

 王国がでっち上げた、架空の英雄だという話が流れるほどだった。

 陰謀論者でなくとも、国民の半分はその存在を怪しんでいたほどだった。

 現に俺も、その1人なのだから。


「えっと……本当にシエルさん……ですか?」


「うん、そうだよ? 驚いた? 人類最強の女が、こんなところに現れたんだもんね、そりゃ驚くよね」

 

「驚く……というより、ごめんなさい。正直、怪しんでいます」


「あ~……、そりゃそうだよね。人類最強の女の名前を名乗る、ヤバい女が現れたと思っちゃうよね」

 

「……ごめんなさい」


「ううん、キミは悪くないよ。そうだね……」


 シエルと名乗る女性は、腰の鞘から一振りの剣を抜いた。

 それは刀身が漆黒に染まっており、サーベルのような片刃だった。

 ただしサーベルのように刀身は分厚くなく、かといってレイピアほど太くもない。その中間に位置するような、細剣だ。

 俺も詳しくはないが、東洋の”カタナ”がこんな形をしていると聞いたことがある。


 見た目は美しい剣だが、放つオーラは禍々しい。

 鞘から抜かれただけで、ギルド内の空気が重く苦しくなる。

 その剣を見ているだけで、気分が悪くなる。鳥肌が立つ。


「……魔剣、ですか?」


「うん。この剣は【神骸刃】っていう剣だよ。邪神の骨から作り出された、この世に一振りしかない貴重な剣なんだ」


「なんというか……禍々しい剣ですね。見ているだけで、気分が重くなります……」


 その感想を抱いているのは、俺だけではないようだ。

 先ほどまであれほど騒いでいた冒険者たちが、皆一様にして口をつぐんでいる。ある者は顔面蒼白となり、ある者は口元を両手で抑える。あ、1人吐いた。

 屈強な冒険者たちでさえも、その魔剣の邪気には抗えないようだ。


「あはは、ごめんね。それで……どうかな? 信じてくれたかな? かな?」


「えぇ……そうですね。そんな剣、見たことありませんし……まだ疑念は拭い切れませんけれど、多分あなたはシエルさんなのでしょうね」


「あ、そうか。最初からこれを見せればよかったんだ」


 シエルさんは胸の谷間から、冒険者カードを取り出す。

 おいおい、どこに隠してんだよ。


「ほら、これを見て!!」


 渡された冒険者カードを手に取り、記載されている内容を確認する。

 ……ほのかに湿っており、暖かい。


────────────────────


【名 前】:シセル・ル・セルシエル

【年 齢】:18

【種 族】:人間

【等 級】:SSS

【職 業】:隼剣士・聖騎士パラディン・闇魔法師

【レベル】:測定不能


【生命力】:測定不能

【魔 力】:測定不能

【攻撃力】:測定不能

【防御力】:測定不能

【敏捷力】:測定不能


【汎用スキル】:測定不能


【特殊スキル】:測定不能


【固有スキル】:測定不能


【魔法スキル】:測定不能


【職業スキル】:測定不能


────────────────────


「えぇ……」

 

 記載された内容が意味不明すぎて、ドン引きしてしまう。

 ほとんどの内容が『測定不能』じゃないか。

 よく確認したところ偽装もしていない様子だし、彼女はどれだけ強いんだよ。


 さらに言うと、職業が3つもある。

 どれも聞いたことないが、これは俺が世間知らずなだけなのだろうか。

 それとも俺の『配合術師』のように、まったく未知の職業なのだろうか。

 3つの職業……仮に『3つ目の職業サード・ジョブ』持ちと呼ぶことにするが、職業を3つも所持しているのだから当然ながら3つの職業の恩恵を受け取れるのか。

 

 何もかもが規格外で、意味不明。

 そんな理解しがたい強さを誇る彼女は、ニッコリと微笑んで俺を見つめていた。


「それで、どうかな?」


「どう……っていうのは?」


「もう! 忘れたの? 私とパーティを組んでくれないかっていう、話だよ!」


 プクッと頬を膨らませる彼女。

 かわいらしい。……じゃなくて。


「いや、でも……なんで俺なんかとパーティを組みたいんですか? 俺、ただのE級ですよ?」


 SSS級の彼女が俺とパーティを組む理由が、まるで理解できない。

 なんだ、やはり美人局つつもたせか?

 美人で強い彼女が、俺を求める理由なんてそれくらいしか考えられない。


「アルガさんって、2匹の魔物を合体できるんでしょ?」


「まぁ、そうですね。正確には合体ではなく、配合ですけど」


「それで合体……いや、配合した魔物って元の魔物よりも強くなるんでしょ?」


「そうですね。概ねその通りです」


「やっぱり!! 噂は本当だったんだ!!」


 ぴょんぴょんとその場で跳ねる彼女。

 かわいい。……じゃなくて。


「ごめんなさい、話が見えてこないです」


「あ、ごめんね! そうだよね、最初から離さないと意味不明だよね」


 そうして彼女は少し、短い深呼吸をした。


「えっとね、私が人類最強だってことは知っているよね?」


「えぇ、有名ですからね」


「私はね、生まれた時から人類最強だったんだ。生まれた時から既に、今と同じようにステータスのほとんどが解析できなかったんだ」


「それは……スゴいですね。憧れます」


「……ううん、これは悲劇だよ」


 そう語る彼女の表情は、深く暗い。


「だって、退屈なんだよ。誰も彼も、親でさえも私には敵わない。スリリングな体験も、心躍るような危機感も私には無縁なんだ」


「……なるほど」


「目指すべきものが何1つなくて、本当に辟易へきえきとしたよ。既に私が頂点に君臨しているからね」


「そうですね……それはスゴい」


 ここまでの話を聞いていて、思ったことは天才にも悩みがあるということだ。

 どんなに偉大な人物でも、最強と謳われた少女でも、ヒトである以上悩みからは逃げられないのだろう。


「私は渇望したんだ、『敗北』の2文字をね。それで世界中を旅して、数々の冒険をしたんだよ」


「その冒険の最中に、悪竜や魔王、邪神を倒したという訳ですね」


「邪神から得た情報であの広い宇宙には、あの邪神よりも強い存在がごまんといることが知れたんだ。だけど残念なことに、この世界の技術では宇宙を自由に航海なんてできない。私よりも強いかもしれない存在がいることを知っているのに、出会えないなんて……。その時、私は深く絶望したよ」


「それは……残念ですね」


「さらに冒険を重ねている最中に、アルガさんのことを知ったんだ。魔物を配合して、最強の魔物を作ることができるキミのことをね」


「……なるほど、話が見えてきました」


 つまり彼女は、俺が配合の果てに作り出した魔物に、敗れ去りたいのだろう。

 最強に生まれてしまった彼女故の、望みを叶えたいのだろう。


「うん、そう!! 私はキミの魔物に負けたいんだ!! 敗北を知りたいんだ!!」


「変わった悩み……。いや、最強になるとそう思うようになるのか?」


「それでどうかな? 私とパーティを組んでくれる?」


 シエルさんは手を出し、握手を求めてきた。

 俺はその手を──握らない。


「……少し、条件があります」


「何かな!! 何でも聞くよ!!」


「1週間後、俺と戦ってください」


「……え?」


 シエルさんは困惑に満ちた表情をしている。

 

「俺は弱いです。レベルも10しかありません。とてもシエルさんの隣に立てるような、器ではありません」


「そんな!! そんなこと気にしないよ!!」


「ですけれど、1週間。この1週間で、見違えるほど強くなって見せます」


「……考えはあるんだね。それがキミの望みなんだね」


「はい」


 今のままシエルさんの隣に立っても、『シエルさんの腰巾着』だと揶揄されることは目に見えている。

 だったら、今よりも強く……もっと強くなって、シエルさんの隣に相応しい男になってみせる。その算段は既に考えている。


「……わかった。キミがそれを望むなら、私は受けて立つよ」

 

「1週間後、この街の中心にあるコロッセオでお待ちしています」


 周りの冒険者にも聞こえただろう。

 1週間で広めてくれるだろう。

 そして1週間後、俺の勇姿を見届けてくれる人が大勢集まってくれるだろう。


 1週間、短い時間だが十分だ。

 配合とレベルアップを行って、今よりもずっと強くなって見せる。

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