第15話 母と赤子

「うおー、筋肉痛がぁぁ」




前日の薬の影響で苦しみながら歩くフルドにオタルは気をかけながら遅い旅路を進んでいた。




今、私達は人通りの多い、大道を避け、険しく滅多に人に会うことのない山道を進んでいた。




理由は簡単だ、オタルと共にいて、それが広まれば色々とめんどくさいのと、単純に険しいが、近道になる、単純に早い。




まあそれはフルドがいなければの話だが。




このペースだと大道を選んでも対して時間は変わらなかっただろう。




もう一つは、オタルが言うには、こういった人気のない道の方がオークの痕跡が見つかりやすいこともある、だそうだ。




「ねぇオタル、やっぱり置いていきましょ、こいつ遅い」




「え、でも」




私の半分冗談にオタルは困った顔でほほを指でかく。


この仕草はオタルの困った時の癖のようだ。




「元はお前の薬のせいだろうが」




「は?2回目はあんたからでしょ?ってオタル?」




フルドとの会話の途中、前を歩いていたオタルのピタリと止まった。


「急に止まらないでよ、どうしたの?」


「ご、ごめん、煙の臭いがする、人がいるのかも」


私はポーチから地図を開く。


「ほんと、村があるかも」


地図には小さくだが、家を表す四角の絵が小さく数個書かれてある。

しかし名前がない。おそらくは村と呼べる規模でもないのだろう。


「どうする?寄るのか?」


「別に補充したいものもないし大丈夫だと思う。二人はどうす・・・・・」


フルドの質問に答えるオタルの口が止まった。


そしてその顔がかすかに険しくなったことに私は気づいた。


「・・・・・血の匂いだ」




「・・・・何の血?」




オタルの表情を見た私は、その血の匂いが魔物同士の争いや狩で出たものではないと察した。




彼の表情から、私自身にも、その血が何の血かはある程度わかっていたが、一応オタルに聞いてみる。




「多分・・・人の血・・・ごめん先にいくね」




「私もいくわ・・・あんたは・・・」


馬の私とオタルならすぐに移動できるが、

それについていけないフルドに顔を向ける。


「わかってる。先にいけよ」


フルドも察してくれているみたいだ。


「オタル、案内して」


「うん」


力強く駆け出したオタルを追う。


私の相場クリシアでなくただの馬なら置いて行かれたかもしれない速度


森の小さな山道をから茂みの中に入る。


茂みに入ってすぐオタルは減速し、そして立ち止まる。




オタルと私の目の前には、想定の範囲内、予想していた光景が待っていた。




薮の中に女性がうずくまるように、そこに横たわっていた。






ーーーーーーーーー






重たい体と荷物を力一杯動かし、森の山道を駆ける。


薬を飲んで無理をし過ぎた影響だ、半分は自己責任だ。


だって仕方がないじゃん、あの時はきつさなんてほとんど感じなかったし。

なぜか楽しくて仕方なかった。


追うことに関してはなんら問題はなかった。


オタルの大きい足跡とあのフレイヤの愛馬、クリシアの足跡のお陰で二人を探すのは容易だった。




転生後、猟師の下で育てられた俺にははっきり過ぎる目印だ。


道を抜け茂みに入ってからも折れた枝や、踏み倒された草で、走りながらでも痕跡を見つけることができた。




そして茂みに入ってすぐ、オタルを姿が視界に入った。


フレイヤとクリシアの姿がなかったが、特には気にしなかった。




どちらかというと、オタルが手当てをしている女性ともう一人に殆どの気が向いていた。




「赤ん坊・・・いきてんのか?」




「・・・うん、息はあるけど、かなり衰弱してる」




女性、恐らく母親だろう。


母親と赤子は死んだようにおとなしい。




母親に関しては足からの出血がひどい、身体にも切り傷もある。




そして茂みには、長い距離をここまで来たのだとわかる這いずった跡と滲んだ血が森の奥まで続いていた。




「手伝えることはあるか?」




火はもう起こされていた。


大方、あの魔女がお得意の黒い包帯みたいなやつで、木材を集め着火したのだろう。


便利なことだ。


おそらくだが、いまここにいないのは、この母親がここでぶっ倒れてる原因を探しに向かったのだろう。




母親の血の跡にそって馬の足跡が森の奥へと続いている。




「身体を起こしたいんだけど、支えてくれる?」




「わかった」


母親の身体をオタルが優しく起こし、俺が支えた。

治療のため服を切っていて胸や腹、上半身の殆どが露わになっている。


そのため、支える俺の腕に母親の肩と胸が触れる。


普段の俺なら欲情していたかもしれないが、母親の肌から伝わる死んだように冷たい体温が、そんな気持ちの欠片すら感じることを許さなかった。


ただただ、オタルの治療を見守ることしかできずにいた。




ーーーーー






「どうだ?」




「・・・・うん、赤ちゃんの方は大丈夫だと思う。けどお母さんの方はまだわからない・・・」




オタルの治療は一応終わった。


しかしオタルは専門家じゃない、できる処置は限られている。




「まずは身体を温めた方がいいと思う。薪を増やさないと」




「あっためるなら抱いてろ。そんで、防寒着羽織れ、多分それが一番早い」




「あ、そっか」




オタル高い体温と焚き火の熱、そして防寒着羽織らせれば、この肌寒い気温でも十分に温もることだろう。




「薪は俺が集める」




オタルには、母子を温めることに集中させる。上半身を脱がせて、母親を抱かせる。




太い腕が母親を隠すように覆う。そして、母親と オタルの隙間に赤子を置いた。


その上から野宿用の布やウランダで買った防寒着を使って焚き火の熱が伝わる程度にオタルと母子を一緒に覆った。




これが一番温まるだろう。



焚き火を集めながら、目を覚ましたらすぐに飲ませられるように、もう一つオタル自身も中から温まった方がいいだろうとスープを作る。


出来るだけ消化に良さそうなものを噛まずに飲めるように潰してスープに入れた。


オタルの持っていた。漢方も入れておこう。身体を温める効果のあるやつだ。




生姜に似た風味がある。




味の保証はできないが、まあ今は温めることが先決だ。


そんなことをしているうちに、馬の蹄の音が聞こえ、フレイヤが帰ってきた。




「どう?二人は」




フレイヤは馬から降り、オタルに抱かれた母子を覗く。




「赤ちゃんは大丈夫です。でもお母さんの方はまだ・・・・」




「そお・・・・・」




数秒、間が空いた。




「で、どうだったんだ?見に行ってたんだろ?現場」




「ええ、薪集めたら来なさい、オタルはこのまま、二人を見ておいて」




「・・・・・は、はい、どうだったんですか?その・・・」




その・・・この母子がいた家は・・・


オタルはそう聞こうとしたのだろう。


だがフレイヤはそれを言う前に、俺への命令でオタルの質問を遮った。




「とりあえず私も薪を集めるから、フルド、あんたも急いで」




「・・・ああ、わかってるよ」




オタルには言いたくなかったような惨状だったのかと、ある程度想像はできていた。






煙の匂いがする。






オタルは血の匂いを嗅ぐ前にそう言った。


煙、ただの焚き火か暖炉の煙か、


それとも、家が焼けた匂いか。




答えは現場に着いてすぐにわかった。




数件あったであろう家や倉庫が全て全焼か半焼していた。




火は完全に消えていた。


多分もう、数日経っている。


するとあの母子はその数日間あの状態で生きながら得たと言うことになる。




「多分あの母親、あそこまで這いずって来たのね」




なにも聞いてもいないのに、フレイヤは馬の上からそう言った。


まあ、もうすこし間が空けば、俺が同じようなことを言ったかもしれない。




「だから・・・か、普通、あんな気温だったら子供の方が先に死んでるもんな」




俺は独り言のように呟いた


冬季に入り始めた頃だ。朝の冷え込みは俺でも寒い。


乳を与えながら、自分のことは顧みずに。




来る途中に草や木の実、食えそうなものを焦っていた痕跡があった。ネズミを食った後も、乳を出すために、栄養になるものはなんでも貪りながらすすんだのだろう。




あの母子はそうして数日もの間、あの状態を耐えたのか・・・・




あの母子に尊敬の念を感じながら、焼けた家々を見る。


崩壊した瓦礫の中から、数人の遺体が確認できた。


炭になったもの、皮膚だけが焼け焦げ、収縮し、ひび割れた中からピンク色の肉が見える遺体もあった。




「まあ、なんとなくわかってだけどよ」




「人間の仕業だ、魔物の仕業じゃないのは確定だ。」




「やっぱり?」




「そうだな、地面が固まってて足跡がほとんどわかんねーけどよ、魔物じゃねーしオークってのも無しだ」




「・・・・ちなみにどうして?」




「オタルから聞かなかったか?オークは基本、女を出来るだけ殺さない。苗床になるからな、


お前、あの母親の足見た?」




「いや、見てない」




「綺麗に腱を切られてた。しかも丁寧に止血してあったよ。そんで身体中アザだらけ」




「・・・もういいわ」




フレイヤは彼女を見つけ火を起こし、生存者の可能性を示唆してこの現場に向かったため、母親を余り診ていないからわからなかったが。




おれは母親診て、最初から人間の仕業だとわかっていた。




これは憶測だが、ほぼ合ってると確信している。




ここを襲った者たちは、男は殺し、女は犯し、食料や金目の物は強奪した。


荷馬車の跡がある。


これに荷物を乗せた後、家を焼いたのだろう。




そしてあの母子、母親を満足するまで犯した後、腱を切った、丁寧に止血で行い。赤子を母親に返し、家を焼いた。




母親は子供のため、助けを求めるために街道を目指し、迂回する道ではなく最短のこの森を抜けようとした。




人に会うかもしれないが長い距離の道を進むか、もしくは距離は短いが人と会うことのない森の中を進むか、激しい葛藤があったはずだ。




その結果、自分と子供の体力、気温、道を人が通るかもしれない可能性を思考し、最短のルートの決断してあの場所までたどり着いたのだ。




そして襲撃者達はそれをゲームのように実行したのだろう。助かるか、死ぬか。それを賭けに使ったのか、ただ面白半分にやったのか。




どちらにしろ、胸糞悪い。




「シャベル残ってっといいな、とりあえず掘るか」




「そうね、2本あったら私にも頂戴」




「お前らあの黒いウネウネで簡単に掘れるんじゃねーの?」




「ふざけないで・・・そんなんじゃないでしょ、ちゃんと・・・自分の手で弔ってあげないと」




こいつは悪い奴ではない。




とても、冗談や悪態をつく気分にはなれなかった。




「・・・・そうだな、すまん」




彼女の言葉を肯定し、謝り、彼らの弔いを始める。




シャベルは外にあったお陰で無事だった。一つは家のそば、もう一つは遺体が持っていた。




彼は家族を守るために応戦したのかもしれない。彼だけが、家の外で焼けずに横たわっていた。




歳からしてもしかすると彼があの母子の夫で父親なのかもしれない。




「すまん、シャベル貸してもらうな」




硬直きた手からシャベルを取る。硬い指がなかなか取れなかった。








2人で8人分の穴を掘る、そのうちの一人はまだ10歳前後の子供だった。森を切り開きながら家も増設していた。いずれは村になるかもしれない集落だったみたいだ。




フレイヤは黙々と穴を掘っていた。


手と顔を汚しながら黙々と




そんな中俺は沈黙を破った。


何か話さなければ、この人達のことばかり考えてしまいそうだったからだ。




「なあ、猟師の間に弔い方に色々あるって知ってたか?」




「なに?口じゃなくて手動かして」




「どっちも動かせるだろ」




「・・・・・・・・・」




フレイヤは無視を決め込んだ。


まあいい。勝手に喋らせてもらおう。




「猟師には、循環派ってのがあんだけどな。


まあ、やることは他と一緒なんだけどな。魔物狩って、肉食って、皮剥いで売る。




違いってのはまあ、自分も自然の一部かどうかの考え方の違いなんだけどよ」




「俺のじいちゃんは循環派の中でも古いほうでよ。狩った魔物の肉の一部は森に献上すんだよ。季節に一回は必ずしてたな、

まあ考えとしちゃ、森から命を取っているから、それを返しますって考えなんだけど。

それなら最初から取らなきゃいいじゃんってのはあん時はいつも思ってたけど」




フレイヤは反応しない。


まあいい、話を続ける。






「でよ、これは古い循環派の中じゃよくあって、死んだ時なんだけどよ、




埋葬しないんだ、裸にして、出来るだけ取ったばかりの獣皮で羽織らせてな、そのままよく使っていた狩場に持っていくんだ。




要するに自分を森に還すんだ。




肉食が来るように羽織の毛皮だった魔物の血を森への感謝をいいながら辺りに撒くんだ。




これも出来るだけ新鮮な方がいい。


しかも腐る前に獲らないといけないから苦労したわマジで」




「・・・・あんたの話?」




無視していたフレイヤが反応を示した。




「ああ、まあそういう話だ、多分この人らの誰かも猟師だったぽいからさ、


循環派だったら狩に行った方がいいのかと思ってな」




「・・・・・・どうなの?」




「この年なら違うだろ、古いのはほとんど死んじまった。多分普通の猟師だろ。」




「・・・・そういうのは早く言って」




「へいへい」




「循環派の人を普通に埋めたらどうなるの?」




「どうもならん」




「は?」




「循環派がそういう風にしてるはな、子孫をその地に縛らないためもあるらしい」




「どういうこと?」




「墓があるとな、子供達が縛られるだろ?ずっとその地にいなきゃならない。まあそんなこたないんだけどな、


言ったろ?古いって




だから墓を残さないようにしたのが循環派の始まりだってじいいが言ってたな」




「結局埋葬していいの?悪いの?」




「埋めよう、土に還るしかねえなら埋めても一緒だろうし、


どっちにしても一緒に死んだなら還るのも家族一緒の方がいいだろ」




「・・・・・まあ、そうかもね、手、止まってる」




「あ、はい」




いつのまにか手が止まっていたようだ。再び手を動かす。




しばらくの間の後ポツリとフレイヤ、話し出した。




「・・・・・あんたが転生者なら、この人達もガイアに還って、また生まれ変わるのかしら」




「・・・・・・じゃねーの、俺がこうして転生してるしな」




そういえば少しは気がまぎれるのだろう。


俺もそう思った。




せめて、幸せな次があることを


こんな死に方が最後にならないようにと、




だから俺たちはこうやって知りもしない赤の他人の墓をこうやって掘っているのだろうと。




静かに納得していた。




「手止まってる」




「あ、はい」




俺は口と手を一緒に動かすのは苦手なようだ。










ーーーーーーーー








どれほど時間が経っただろうか、


普段魔法ばかりの私にはなかなかの重労働だった。




「もう、いいぞ、先帰っとけ、あと一人だしよ、


暗くなってきたし石は明日集めるか、オタルの様子見てきてくれや」




「そ、・・・・・じゃあお願いね」




フルドとの埋葬作業の中、土が柔らかかったお陰かなんなく進んだ。


早めに私をオタルの元へ戻した。


あいつ肉体労働で疲れているだろうに、悪いやつではないようだ。




私はフルドに後を任せて先にオタルの元へと戻っていた。




すると、赤ん坊の泣き声が森の中きら聞こえ始める。


よかった赤ん坊は目を覚ましたのか。


ということは母親も目覚めているかもしれない。


深く安堵し、少しだけ気分が軽くなった気がした。




すぐに焚き火が見え、オタルの体躯の影が姿を確認した。あれから一歩も動かずに二人を温めていたようだ。




クリシアから降りる。




「もしかしてずっとそうしてるの?」




「・・・・・」




おかしい、オタルは振り向きもしない。




不安がよぎる。恐る恐るオタルを覗く。




オタルの頬に大粒の涙が伝っていた。










「・・・・そう、ダメだったのね」










子供の泣き声が森に響く中、しばらくの沈黙の後、私はそうオタルに言葉をかけると、オタルは言葉を出さずにコクリと頷いた。




私の目に映ったのは大粒の涙を流し、顎をを震わせるオタルの姿だった。




オタルノ腕の中で元気よく泣く赤子と母親






そして、






赤子を力なく抱く母親は安らかな顔で息を引き取っていた。


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