鉄腕オーク
利
第1話 オタル・ハッシュドア
暗い洞窟、淀んだ空気が立ち込め、地面にはトロッコのレールが引かれている。その洞窟内を沢山の奴隷たちが掘り、その瓦礫をトロッコに積んでは、トロッコを使い運搬していた。
ほとんどの奴隷はホルム(人間族)ではない。肌の色、骨格、人間とは明らかに違う特徴を持つ。
魔族
と呼ばれる者たちだ。
そしてその洞窟の奥の奥。ひたすら深いその場所で、彼はつるはしを振るい黙々と採掘を進めていた。
赤い肌、口から伸びる牙、そして筋骨隆々な身体。
オークと呼ばれる魔物と分類される種の彼は、無言でひたすらにつるはしを目の前の洞窟の壁に打ち付け、軽々と地面を削っていく。
つるはしを振り上げ下ろす、その時、ビキリと言う音と共につるはしが折れ、地面にころがる。
「あーまた・・、怒られる」
そう呟き落ちたつるはしの先を拾う。
「まあ、今日はこのくらいでいいよね」
そう言って彼は落ちた鉱石の破片や石を拾い近くのトロッコへと詰めていく。数個あるトロッコ、その中のいくつかには、すでに石や鉱石が溢れんばかりに積まれていた。
まだ空きあるトロッコに鉱石たちを詰め終わると、トロッコの数は軽く10台はある。
全てのトロッコをレールの上に乗せ、一列に繋げると、それを全て押し始めた。ギィーと鉄の軋む音と共にトロッコが進み始める。
到底ヒュム一人では押すこともできないであろう重さのトロッコが10数台、さらに、上がり勾配になったレールの上を彼は顔色一つ変えずに押しているのだった。
しばらく押していくと、ちらほらの他の奴隷たちも見え始め、そのうちの一人がオークを見つけ声をかける。
「よー、オタル、相変わらずすげー量だな」
片手につるはしを持ったリザードマンが、親しそうに声をかけると、オークのオタルは笑顔でそれに答えた。
「今日は岩が脆かったから、なかなか捗ったんだ」
「へえ、何人分だ?これ」
「ははあ、とりあえず、半分置いとくね」
そう言ってオタルは連なったトロッコの真ん中の連結を切る。
それを見てリザードマンの男は申し訳ない顔で頭をかいた。
「ほんといつも悪いな、皆感謝してるよ」
「いいよ、これぐらい」
「ほんとに感謝してる。すげぇよお前」
「そんなことないよ、ぼくオークだし・・・・こういうことでしか皆の役にたてないし」
「・・・・でもよ・・・ま、それにしても今回は早かったな」
「うん、今回はそこまで奥にはいってなかったから」
オークの言葉をききながら、リザードマンの男はあるトロッコの中を覗き込む。
「うえ、グロ、見るからにくそ強そうだな」
トロッコの中には鋭利な爪と甲殻で覆われたムカデのようなモノから獣やトカゲのような魔物の死体が詰めれられていた。
「今回は案外楽だったよ」
「これで楽って」
カンカンと鉄を鳴らす音でリザードマンの男は話すのを途中でやめる。
鳴らしたのは近くにいた犬の獣人だ。
「おっと、じゃあ俺もそろそろ作業戻らねーと看守が来ちまう」
先程の鉄の音は看守が巡回しにくる時の合図だ。
「うん、じゃあ僕も行って来るよ」
「ああ、気いつけてな」
オタルはリザードマンに別れを告げ、残ったトロッコを再び押し始める。
洞窟を進んでいくと、オタルに気づいた亜人や魔族たちがちらほらとオタルに挨拶の言葉を投げかけ、ある者は挨拶するように手を挙げる。
「お、オタルまた魔物やったのか」
「オタルさん、お疲れ様です!」
オタルは気さくにそれを笑顔で答えながら先に進んでいくと、鎧を着た人間の兵士達が目に移る。
数人の兵士の元へ近づくと一人の兵士が声をかけてきた。
「よーオタル、相変わらずすげぇ量だな」
オタルに声をかけたのは頬に傷のある。無精髭の兵士だった。
「どうも、ザックス兵士長」
「魔物はでたか?」
「はい、ちらほらですが、」
「それでも結構いるな、お、これか・・・・おいおい、また素手でやったのか」
「はい、つるはしが壊れると悪い・・・あ」
「おい、またつるはし壊したのか」
「す、すみません!!」
「この量掘りゃそりゃ壊れるわな、・・・まあいい、気にすんな」
「・・・すみません」
「いいんだよ、お前のおかげで、上のやつも喜んでんだよ、こんくらい大丈夫だって」
「・・・ありがとうございます。」
「素手で無傷とはね、つるはしぐらい使っていいのによ、お前らだけでも武器持たせられたらまだ捗るのにな・・・まあいい、ほら食料」
人間の兵士はそういうとオタルに袋を渡す。
「ありがとうございます、いつもこんなに」
「いいよ、それなりの量だよ、どうせお前のことだから分けんだろ?」
「ははは」
「オークってのはもっと凶暴なはずなんだかな」
「そうみたいですね、前いたオークもそうだったし」
「あー、あいつか、確か暴れて・・・まあ、戻れ、もう終わる時間だ」
「はい、ではまた明日」
「おう、しっかり休めよ」
オタルは受け取った袋を肩に担ぎ、兵士に会釈をする。
兵士が手を挙げそれを返すとオタルは洞窟の奥へと消えて行った。
「いつも思うんですけど、兵士長って魔族に優しいっすね。」
兵士の後ろから若い兵士が声をかける。
「悪い奴らじゃないしな、特にあいつは異常な気がする」
「あのオークですか?オークって魔族じゃなくて魔物っすよね?・・・確かにオークの概念を覆しますね」
「どう言うわけだかな、オークってのは必ずと言っていい程凶暴な性格になるはずだが。ここの担当5年しているが、あいつが怒ってるところなんて見たことねぇ」
「母体が超穏やかな人だったんじゃないですか?」
「バカ、オークってのはどの種族から生れようが凶暴なオークなんだよ、」
「あーそんなこと言ってた気が」
「確かにあいつを育てたのはゲラルドだけどよ、教養とかでオークの本能まで変えられるもんなんだろうか」
「でも、見てくださいよこの魔物の倒し方、鎧砕いて引きちぎってますよ、戦ってる時は絶対凶暴オークですよ」
「確かにな、一回見て見たいもんだな、オタルが戦ってるとこ」
「あーそれ俺も興味あります。って話し戻しますけど、なんで優しいんですか?」
「うち、独立したろ、魔族も平民に戻される。」
「まあ、はい知ってます。」
「有能なのは上に迎えられる。」
「はい」
「ハイじゃねーよ、お前の上司になるかもなんだぞ、だからお前も仲良くしとけ、もしかしたらあのレオンとかリカードとかお前の上司になるかもよ。下手したらオタルも」
「はあ!?なんすかそれ!!」
「あいつらが望んだらだけどな、まず実力から言ってお前を飛び越すことは間違いないな、そん時のために媚び売っとけ、お、巡回帰ってきた、いくぞ」
「はーい、了解です。・・・え、なんか悪いことしたかなー」
「さあな」
==============
暗闇の広がる洞窟の中、微かな魔石の光が洞窟を青白く照らす。それでもなお暗い洞窟のさらに中を進むオタル、すると狭い洞窟から外にでる。先ほどとは違う赤い光がオタルを照らした。
照らしたのは夕日の光。
オタルは夕日の光が眩しく感じ、手で影を作る。
「・・・今日は早く帰れたな」
洞窟の外、崖の谷間にできた谷底の空間、岩壁には沢山の穴が掘られている。そこが奴隷達が住む住居になる。
奴隷区と呼ばれるこの場所がオタルが育った場所だ。
しばらく夕日を浴びながら奴隷区を歩く。
「あ、オタルー!!おかえりーー!!!」
前方の穴から聞こえた声、ひょこと頭を出したのは猪の獣人の少年。
その少年が声を上げながら走り寄ってきた。
その声を聞きつけたか、数人のリザードマン、ゴブリン、など様々な種族の子供達がオタルの元へと集結した。
「おかえり!!オタル」
「ただいま、皆いい子にしてた?」
「うん!してたよ!!」
「今日はなにして遊んだの?」
「えっとね!ずっとおじいちゃんがお話してくれた!!あと戦士ごっこ」
「そっか、みんなお腹減ったでしょ?今日も沢山貰ってきたんだ」
オタルは子供達に背負っていた袋を開けて見せると子供達は嬉しそうにその中を覗く。
「すごーい!!」「今日も一人一個!?」「パンが沢山ある!」
オタルは子供達を落ち着かせながら、袋から食料を子供達に配っていく。
受け取った子供の一人が嬉しそうに受け取ると口に頬張る。
「こら、いただきますは?」
「あ、ごめんなさい」
「みんなもいただきます言ってからだよ
「「いただきます!!」」
オタルの言葉に子供達は大きな声をいただきますを言うと手にあるパンにかぶりつく。
「みんなよく噛んで食べるんだよ」
「はーい!」
そう言いながらオタルは袋の中を確認する。
「すごい、野菜、燻製肉まで、明日ザックス兵士長にお礼を言わなくちゃ」
オタルは確認した燻製肉をを質素なナイフで細かく分け始める。
「ほら皆!今日はお肉もあるよ!!」
それを聞いた子供達は早々にパンを胃袋に入れるとオタルの元へと駆け寄る。
「すごい肉だ!」「今日はご馳走だね!」「オタルはやく!!」
目を輝かせながらはしゃぐ子供達を落ち着かせながら順番に燻製肉と野菜を配っていく。
受け取った子供達は、次いつ口にできるかわからない燻製肉を味わいながら幸せな表情で食す。燻製肉皆に行き渡たらせひと段落付いたオタルは皆の表情を見て、感無量とばかりに頬を緩めた。
すると脚を叩く感触にオタルはその方を向く。
そこには、まだ小さい獣人の子が、オタルに先ほど分けられた燻製肉を差し出していた。
「みんなオタルが一番働いてるから一番お腹減ってるって言ってた。僕パンでお腹いっぱいだから食べて」
オタルは子供の言葉に唖然とすると、その子供の頭を大きな手の指二本で優しく撫でる。
「ありがとう、でも、大丈夫、君が食べていいんだよ」
「僕お腹いっぱい・・・」
「僕は君ができるだけ沢山食べて、早く大きくなってくれると嬉しいな」
「でも、」
「大丈夫、僕もちゃんと食べてるから、」」
そう言って力こぶを見せるオタル、筋肉の繊維が分かるほどの凹凸、浮き出た血管、本来のオークににしては余りにも絞りすぎた筋肉、だが本来のオークを知らない子供にとっては逞しすぎる体をみて、獣人の子は安心したように手に持った干し肉を口にした。
「おいしい!!」
「うんよかった、頑張った甲斐があるよ」
==========
奴隷区のある小さな洞窟、その中に草を敷き詰めたベットに眠るゴブリンの老人がいた。
その部屋の中にオタルが入る
「ただいま」
ゴブリンの老人は静かに目を開けると寝たままその声の方を振り向く。
「おお、オタル、おかえり、どうだった」
「うん、何も問題なく終わったよ」
「そうか、それはよかった」
「ほらじいちゃんご飯にしよう」
弱々しい声のゴブリンの老人にオタル袋を見せる。兵士にもらった食料の袋をみて老人は口を開ける。
「お前は優しいな、分けなければたらふく食えるのに」
「おじいちゃんが教えたんだろ?余分なものは分け与えろって、それにみてよ、この量なら子供達も三日はおなか一杯食べれる」
「ははは、そうだな」
笑い声も力がない老人に袋から出したパンわ渡す。
「ちょっと待っててね、今日は燻製肉もらったんだ、野菜もたっぷり、煮こんだら柔らかくなると思うからちょっと待ってね」
「いらん、お前が食べなさい」
「僕はさっき十分に食べたから大丈夫だよ」
「嘘をつきなさい、どうせ子供達以外に動けん者にも配ったのだろう?」
「・・・」
「わしは昨日も食べた、大丈夫だ、それよりお前が倒れてはかなわん、お前が食べなさい」
「大丈夫、本当に食べてるから、健康は毎日の食からってじいちゃんが言ったんだよ」
「わしはもう短い、短い命よりお前のように未来ある物が食べるべきだ、何よりこれはお前が努力して貰ったものだ」
「・・・短いなんて言わないでよ」
沈黙が続く、オタル火をつけた上にかけた食器のせ湯を沸かしながら、燻製肉、麦、野菜を小さくちぎって入れていく。
「ほれ、食べてくれ、もうわしは食欲もないのだ。そんなことよりも、お前が元気に食べてる姿を見る方が余程栄養になる」
「じゃあ、スープだけでものんでよ!これなら食べやすいでしょ!」
「・・・わかった、いただくとしよう」
湯で肉が柔らかくなったころ、木で出来た不恰好なスプーンでオタルは老人の口にスープを運ぶ
老人には震える口で噛みしめるようにスープを味合う。
「美味い」
スープを味合わう老人の目から涙が頬を伝った。
「大袈裟だよ、ほら肉も食べないと」
そう言って涙を太い湯で優しく拭うと、再度スープを老人の口へと運ぶ、今度は肉を多めにして。
「わしは幸せもんだ、孫に食べさせてもられるなんてな」
「何じいちゃん最近おかしなことばっかり言ってるよ」
「ははは、年を取ると丸くなるんだよ」
「丸く?頭が?」
「お?言うようになったの」
二人の笑い声が静かに外に漏れる。
オークの少年とゴブリンの老人の会話は夜遅くまで続いた。この日は夜が更けるまで声が止むことがなかった。
============
日が登かけた朝、洞穴で静かに眠るオークのとゴブリンの老人、その洞穴に、慌ただしい声でリザードマンの男が訪問してきた。
「オタルおきろ!!すげーぞ!朗報だ!!」
その声にモゾモゾとまだ眠そうに起き上がる。
「なに?どうしたの?リカード??」
共にゴブリンの老人も目だけを開け、睡眠から起きる
「リカードか、慌ただしいな」
「まあとりあえず早くきてくれ、お前とっくに1区行ってるもんかと」
「え?・・・もう明るい!?」
「お前明るく前にはもう出てるもんな、ほらこい皆集まってる」
「うん!わかった!!おじいちゃん、じゃあ行ってくるね!これ置いとくから。ちゃんと食べてね」
オタルは昨日の残を老人の隣に置く。
「ほんとに世話焼きじゃのう」
「ちゃんと食べないとダメだからね!!」
「ははは、わかったわかった、何度も聞いた」
「そう言わないと食べてくれないから悪いんだよ!、じゃあいってきます!」
「ああ、いってらっしゃい、気を付けてな」
老人の返しを聞くとそそくさに洞穴からオタルは出ていった。その影を誇らしく見る老人
「本当にいい子に育ってくれた、本当に誇らしい、どうかあの子に幸せを・・・・」
そして、オタルが置いていったパンを震える手で掴み、口にもっていく。
「・・・はは、食わんとまた怒られるからな、」
そうやって一口一口、少しずつ咀嚼し飲み込んでいく。
味わいながら、そして噛みしめるように、
そして、パンの切れ端の半分を食べ終えた頃
老人は静かに目を瞑り、弱く細くなった手から力が消える。
そしてポトリと地面にパンが落ち、地面に転がった。
後書き編集
オタル・ハッシュドア
種族 オーク
身長200㎝以上
体重200kg前半
趣味は、料理、裁縫、人の役に立つこと
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