第2話覚悟

3,細い木

僕は貫かれた。だがそれは、エンの槍ではなかった。僕を貫いたそれはエンの槍にぶつかり、形状を変化させ、エンを結界のようなもので覆った。


何故かはわからないがそれに体を貫かれた僕は何の異常もなかった。


「ハァ、ハァ、ギリギリセーフね。」背後から息を切らした声が聞こえた。振り返るとアルテミスが弓を手に持ちながらも、ぐったりとしている。


「……今何が起こったの?」僕の口から自然と言葉が漏れる。僕の質問に対してアルテミスは丁寧に答えてくれた。


「『メタリアルシールディング』ていうある一定の物質に当たるとそれを結界で封じ込める矢でね。その物質とその付近に存在する物質を一時的に封じ込めるものなの。」説明を聞き、僕はエンの方へ視線を向ける。


どうやらその結界は音をも遮断するようで、エンが口を動かしているが何も聞こえてこない。


「君無茶しすぎよ。まったく。」呆れたようにそうアルテミスは体から力を抜いて僕にそう言葉を放つ。


僕は申し訳ないと思いながら俯いていると


「まあその勇気に免じて、君が私のお願いを一つ聞いてくれたら許してあげる。」アルテミスは優しく微笑みながらそう語りかけてくる。その微笑みはまさしく女神のように美しく可愛かった。


じゃなくて。とそんな邪念を払いながら、僕はアルテミスの方を向いて頷いた。


「ありがとう。さっきの木の所まで、私のことを運んでくれないかな?もう立つ力も残ってなくて。」僕は言われるがままアルテミスを抱えて、あの木のある公園へと向かって走り出した。


「あの聞きたいことが山ほどあるんですけど。聞いてもよろしいでしょうか?」向かいながら、アルテミスにそう尋ねると


「君の知りたいことを二つくらいに絞って、簡単に説明するとね。」アルテミスはそう切り出して説明を始めてくれた。


「まず一つ目は、あの木は君達の、人間の祖先アダムとイブが食べた知恵の実が宿る『善悪の知識の木』だと思っていたのだけれど。」そこまで言って、アルテミスは顔を曇らせ言葉を詰まらせる。


「さっきも言ってましたね。そうではないって。」エンと戦闘を始める直前に言っていたことを思い出して言葉を挟むとアルテミスは頷き、また話し始める。


「あれは『善悪の知識の木』と似ているけれど、まったくの別物なの。その証拠に金色のリンゴじゃなくて、光り輝くリンゴであったこと。もう一つ明らかに木の高さや太さとは異なること。」アルテミスは木のある公園の方を見ながら淡々と証拠並べて話し続ける。


木の太さに関しては本物を見たことはないけど、同意できる。あれは枝みたいに細いからな。


リンゴに関しては同じようなもんだと思えるけれど。金色=光っているみたいな単純な発想ではないらしい。


「そして、ニつ目。何故私達があれを回収しようとしているかなんだけど。」アルテミスは、話を戻して、説明の続きをしてくれる。


「地上で育つはずのない植物。つまり神々の植物なのよ。そしてあれが人間やさっきの悪魔にでも渡ってしまえば、世界の秩序が崩れてしまう。それを防ぐために回収に来たの。」だいたいのことはアルテミスの説明でわかった。


にしても、あのエンってやつ悪魔だったんだ。通りで黒い羽生やしてるわけだ。そんなことを思いながら僕は、もう一つ生まれた疑問を投げかける。


「地上では、育つはずがないですよね?でも今この地上で実を実らせたその原因はわかっているんですか?」僕の質問に対してアルテミスは首を軽く横に振る。


「それは、まだわからないのだけれど、世界の秩序のためにも、回収はしなくてちゃいけない。」そう冷静な顔で答えてくれる。


なるほど。確かにさっきの顔を曇らせた点などから見ても、まだ色々わからないことがあるみたいだなと一人で納得した。


そして、公園の入り口付近に着いてふと気になったことがあった。冷静に考えてみればわかったことなのだとも思える単純な発想。


アルテミスは立つ力すら残っていないくらい力を使い果たしていた。それに対しエンは余力を残した状態のように見えた。そんなやつが結界に覆われたからといって決して、破れないわけがない。


そう考えが纏まった直後に僕はその場から後ろに飛び、投げ飛ばされて来るであろう奴の槍を顔面スレスレで回避した。


そして、遠くからでも奴が何を言っているのか開幕検討がついた。


「勘のいいガキが。」


4,少年

少年の質問に答え続け、公園の入り口まで来た途端のこと。突然少年は後ろへ飛んだ。


少年が後ろに飛んだ理由はすぐにわかった。少年の顔ギリギリを奴の槍が通過したからだ。


「やっぱり抑えきれないわよね。」私はそう呟きながら奴の方へと目線を向ける。


「……エン。」奴の名前を呟いた。奴はこちらを向きながら、首を軽く回しこちらに叫ぶ。


「よく避けたな。下等な人間風情にしては勘がいいじゃないか。」少年の手が少し震えているのがわかる。


私はもう戦う力は残っていない。少年を守ってあげることはできないだろう。警察の姿でここを見張っていてくれた使い獣もやられているようだし、万事休すってやつかしら。


そんなことを思っていると少年は私をすぐ近くにあるベンチへとゆっくりと降ろした。


「君。何をしようとしているの?」私は少年に問いかける。少年は私の方へと振り返って、何も言わずに遠くにいるエンと向かい合うように立つ。


「アルテミス様。僕はあなた方のような力はありませんし、神様を守ろうなんておこがましいことは承知の上です。できるわけがありませんけど、あいつをなんとかしてみます。」そう言って少年は震える手を強く握り、拳を作ってエンを睨みつけた。


「無茶よ!君は人間なの!神でも悪魔でもないあなたが戦えるわけがない!」私は少年に強く叫ぶが少年は私の言葉が聞こえていないかのように構えをとり始める。


少年はただ目の前の悪魔。エンを睨みつけ、格上の相手に無謀にも挑もうとしている。


「この俺に戦いを挑もうというのか?下等な人間風情が…図にのるな!」エンは大きく叫んでこちらに向かってくる。


少年は息を整えながら構えをとり続ける。その額からは汗が滲んでいて、恐怖を抱えながら戦おうとしているのがわかる。


一瞬のうちに少年との間を埋めて、目の前に飛んで来たエンは少年に殴りかかろうとする。


「危ない!」私は無意識に叫んでいた。確実に殺されると思った。けれど少年は体を後ろに軽く沿って、間一髪でエンの拳を回避した。


人間が悪魔の攻撃を避けた⁉︎そんな風に驚いているのも束の間、すぐさまエンは空中で体を回転させて少年の横腹に蹴りを入れる。


少年の横腹から骨が砕ける鈍い音がなり、公園の滑り台へと少年は行き良いよく吹き飛んでいく。


少年がぶつかったことによって滑り台が崩れ、少年は下敷きなった。その地面には、少年のであろう血が広がっていた。


5,生死の賭け

僕はエンの攻撃を一度は回避したものの一瞬のうちにエンの空中回転蹴りをまともにくらった。


公園の滑り台に吹き飛ばされ、その滑り台の下敷きになる。


「ぐは。」吐血しながらも、何とか意識は残っていた。まったく化け物じみてる。僕は横腹を抑えてながらなんとか瓦礫をどかし、立ち上がる。


これ骨折れるどころか粉々に粉砕されてるよな。そんなことを思いながら息を整え、僕を吹き飛ばした奴を睨みつける。


「よく生きているな。」エンはそう微笑しながら僕を見る。アルテミスは心配そうに僕に視線を向けている。


僕は途切れかける意識を保ちながら近くの木に体を寄りかからせる。エンは念力か何かで投げた槍を手元へ引き寄せて掴みとる。


「次はない。確実に終わらせる。」エンは槍を構えてそう呟く。この場に生まれた静寂がその場を包み込む。


この状況を僕は不思議に思った。それもそのはず、いつになってもエンが攻撃をしてこないのだ。


やつならさっきのように一瞬で僕との距離を縮め、殺せるはずだ。そんなことを考えている途中、僕は気づいた。


途切れかける意識で、すぐに認識できていなかったが僕の寄りかかった木は、あの光り輝く実を実らせていたあの木だったのだ。


「…なるほどな。」僕はこの状況であることを思いつき、光り輝くリンゴを木の枝からもぎとった。


「何をしようとしているの?………まさか⁉︎」アルテミスは僕の行動から予測できたのだろう。僕が何をしようとしているのかを。


「すいません。僕は少し…かけを…してみます。」そう言って僕は体を起こし、体勢を整える。


「やめなさい!言ったはずよ!知恵の実とも違う未知の神々の植物だと!人間が食べたらどうなるかわからない!」アルテミスは必死に叫んで止めようとしてする。


「ほう。実験台のお出ましか。だが、それをお前が食ったとしても何も変わらん。それに貴様が死ねばまた実るかもしれんからな。下等で愚かなモルモットよ。その無様な死に様見せてもらおうか。」エンは微笑しながらそう言ってくる。


そんなことを言っている悪魔さんの言葉を聞いて僕は閃いた。ありがとうヒントをくれた悪魔さん。そう思いながら僕は軽く笑みを見せる。


「そいつはどうかな。」そう言った直後に僕は残りの力を振り絞り、寄りかかっていたその木を蹴ってへし折った。


そもそものこの木が異常に細いからこそ可能なこと。もう一度実る可能性があるならその可能性をこの木ごとへし折ればいい。


木を蹴り折って、すかさず持っていたリンゴを口に運ぶ。芯すら残さず食べ切って視線を前方にいるクソ悪魔に向ける。


やってやったぞと言わんばかりに笑みを浮かべていた直後。意識が完全に吹き飛び、その場に膝から崩れ落ち、倒れ込んだ。

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